旦那様と僕~それから~

三冬月マヨ

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それぞれの絆

【旦】雪旦那と紫緒【四】

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 ぴちょん…と、俺の頭の上に天井に溜まった水滴が落ちて来た。
 冷えたそれが頭に浸透して、俺はぶるりと身体を震わせた。
 それによって、浸かっている湯舟に波紋が広がって行く。
 両手で湯を掬い、顔に掛け、何度か擦って俺は深い息を吐いた。

 ――――――――覚悟を決めろ。雪緒ゆきおは決めたのだ。

 ◇

 何とも気まずい夕餉を終えて、風呂が沸くのを待っていた。
 酒を呑む気にもなれず、茶を啜りながら艶のある黒豆を摘まんでいた時、雪緒が言って来た。

「…あの…僕にゆかり様の代わりは務まりません…」

 卓袱台を挟んで俺の前に座る雪緒は顔を俯かせて、両手で湯呑みを包みながらぼそりと、そう言って来たのだ。
 雪緒の沈んだ声に俺は内心で舌打ちをし、相楽さがらと天野と、ついでに五十嵐司令を呪った。
 相楽や天野が『姫初め』なぞと口にしなければ、俺もこうは意識しなかった。

「俺の代わりをしろなぞとは言わん。元に戻れるまで休んでいれば良い」

 腰を浮かし手を伸ばして、安心させる様に俺は雪緒の鼻を摘まんだ。…俺の鼻は硬いな…。

「…ひゃ、あ、の、で、ですから…その…あの…も、とに戻れます様に…その…よよよよよよよよよ夜のいいいいいいいいいいいいいいとな…よよよよよよよよよよよよっよ夜伽を…っ…!!」

 そんな事を思っていたら、雪緒が鼻を摘まんだ俺の手首を両手で掴んで、そっと離してそう言って来た。

「…は…?」

 目を瞬かせる俺に、雪緒は真っ直ぐと俺を睨む様にして、手首を掴んだままで、尚も言葉を続ける。

「僕にはあの様に皆様に指示を出すとかは出来ませんし、刀を揮うだなんて事も出来ませんし、何より、失礼ながら、紫様にも僕の代わりが務まるとは思えません」

 …おい…。

 と、つい口に出そうになったが、俺の手首を掴む雪緒の手が震えていたので、思い止まった。
 
「…簡単な傷の手当てなら、俺も出来る。それ以上の事は、病院へ連れて行けば良いのだろう?」

 そうだ。現場で治療隊に頼らずに済む程度の怪我や、応急処置なら何度でもして来た。専門では無いから、雪緒には及ばないだろうが、学び舎もとい、学校での日常生活での怪我なぞたかが知れているだろう。

「そうですけれど…それだけではありません。悩みを抱えた生徒のお話を聞く事もあるのです。紫様に、それが出来ますか?」

 …おい!

「…あのな、俺を何だと思っている? 俺の下にはせいや楠と云う問題児が居る事を忘れたのか?」

 あの二人に心を砕く事が出来る俺に、子供の悩みの一つや二つ、どうと云う事は無い。

「? 星様は確かにお元気が宜し過ぎるとは思いますが、それがどうかされましたか? 優士ゆうじ様はとても真面目な方ですよ?」

 …おい…お前、それ本気で言っているのか? 元気が宜し過ぎるで済むのか? 済ませられるのか? あれが? 楠は確かに真面目だが、その真面目過ぎるのが問題なのだ。何の躊躇いも無く、俺に難問をぶつけてくるのだぞ? あの、何の感情も見せない塩な表情と声でだ。お前はあれを真面目の一言で済ますのか? 済ませられるのか?
 首を傾げて、心底不思議そうに俺を見て来る雪緒の姿に、俺の苦悩等伝わらないのだと悟る。

「…あのな…その…」

 暫し遠くを見た後で、俺は再び雪緒を見て口を開く。

「…今の俺達がそれをすると云う事は、お前が俺を抱くと云う事なんだぞ!?」

「ふえっ!?」

 意を決して俺が放った言葉に、雪緒は細い目を見開き、何とも情けない声を出してくれた。

 お前に俺を…いや、お前自身を抱く事が出来るのか? 俺とて、俺自身に抱かれるのは御免被りたい。そんな恐ろしい方法より、元に戻れる方法が何かある筈だ。あって欲しい。あってくれ、頼む。

「…あ…そ、そうですよね…今は僕が紫様ですから…僕は…その…今の紫様が…その今の僕を…と、思っていました…」

「恐ろしい事を言うなっ!!」

 俺の手首を掴んでいた手を離し、その手で己の両頬を包みながら雪緒が放った言葉に、俺の全身の毛が逆立った。
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