旦那様と僕~それから~

三冬月マヨ

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それぞれの絆

【旦】旦那様と割烹着・完

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「ふわあああ~…」

 雪緒ゆきおの感嘆の声に、俺は内心で諸手を上げた。

「ああ、いい感じに出来てきたな。鮭のちゃんちゃん焼きと云うそうだ。料理長の郷土料理で、身体が温まるぞ」

 ストーブの上にフライパンを乗せて、じっくりと蒸し焼きにしたそれに、雪緒が目を輝かせていた。
 鮭を味噌で味付けるなぞと思ったが、料理長が作った物を食って考えが変わった。
 鮭にしめじ、えのき、人参にキャベツ、玉葱、隠し味にバターだ。
 食いながら、酒の肴になると思ったのは秘密だ。

「す、凄いです、ゆかり様! ふわああああ…凄い良い香りです、お腹がぎゅうって鳴りました!」

「そうか。それだけではないぞ。これも身体が温まる」

 俺は手にしていた土鍋を卓袱台の上へと置いて、蓋を取る。
 真っ白な湯気がむわっと広がり、少ししてから、その全貌を露わにした。

「ふわぁ…」

 これも、料理長の郷土料理の一つだ。
 鮭に玉葱、じゃがいもを中心とした、味噌で味を付けた鍋。
 料理長の郷土は冬が厳しく、冬場にはこれを食って身体を温めるらしい。
 具は他に、春菊に椎茸、白菜、豆腐、白子を入れた。

「これで全部…と言いたいが、もう一品ある」

「ふえ?」

 雪緒がストーブの上で湯気を立てているフライパンと、卓袱台の上で湯気を立てている土鍋を交互に見た。恐らく、食い切れないと思っているのだろう。
 俺は肩を竦めて軽く笑いながら、待っていろと声を掛け、台所へと行き、用意していたそれを手に茶の間へと戻った。

「腹が苦しくなる前に、食ってくれ」

 コトリと雪緒の前に置いたのは、伊達巻きが乗った皿だ。五切れ程用意して、後は冷蔵庫の中だ。

「ふわ…え? こちら…も…?」

 雪緒が更に目を輝かせて、伊達巻きと俺を交互に見る。

「ああ、安心して良い。完成版のこれは、皆、喜んで食っていたし、料理長にも太鼓判を押された。そら、食ってみてくれ」

 因みにその喜びは、もう厠に籠らなくて済むと云う類の物だとは口にはしない。
 手にしていた箸を雪緒の箸置きの上に置いて、俺はその正面へと腰を下ろした。

「…皆様でご協力されたと云う事ですか…? 僕の為に…」

 協力…まあ、協力には違いないのか?
 感動に打ち震える雪緒に水を差す事はせずに、俺は素直に頷いた。

「…では…戴きますね…」

 皿を手に持ち、上から横から伊達巻きを眺めた後に、雪緒はそれを卓袱台へと戻し、箸を手に取り、指で挟んで頭を下げた。
 雪緒の細くて白い綺麗な指が箸を動かし、伊達巻きの中へと吸い込まれて行く。一口大の大きさにしたそれが、形の良い唇を通り、口内へと入って行く。

「…ど、どうだ…?」

 ゆっくりと咀嚼をし、ほう…っと息を吐いた雪緒の様子に、俺は喉を鳴らし、身を乗り出す様にして聞いた。

「とても…美味しいです。何処か、懐かしい感じがしまして…胸が温かいです…」

 俺の様子に、目を細めて雪緒はふわりと胸を押さえて笑う。

「懐かしい…? その、みくの作った伊達巻きと同じか?」

 俺が目指したのは、みくが作るあの味だ。微妙に何かが違うとは思ったのだが、それが何かは解らなかった。しかし、皆、美味いと言うし、せいも一人で俺が潰した伊達巻きを八本食べて、お代わりを要求したぐらいだ。だから、これで、この味で妥協したのだが。

「みくちゃん様?」

 こてんと雪緒が首を傾げて、既に冷めた茶の入った湯呑を手に取る。

「ああ、みくの味に少しは近付けているだろうか? くどい甘さでは無く、何となく甘い…それを目指したのだが…」

 それでも、やはり、雪緒本人の口から、納得の出来る味だと云うのを聞きたかった。

「何故、みくちゃん様のお作りになられた伊達巻きと比べる必要があるのでしょう?」

「…は…?」

 首を捻って不思議そうに語る雪緒の言葉に、俺の目が点になった気がした。

「こちらは、紫様が皆様方とご協力して作られた物ですよね? 僕の為に作られた、その想いが籠められた、とても優しいお味です。そこに、何故、比較が必要なのでしょう?」

「…あ…」

 真っ直ぐな雪緒の黒い瞳が、俺を射抜く。
 人の想いを、心を比べる事なぞ愚かな事だと、その瞳が語っていた。

「勿論、みくちゃん様がお作りになられる伊達巻きも好きですよ? でも、それは、みくちゃん様が僕の為に作って下さった物だからです。それは、みくちゃん様しか、お作りになる事が出来ません。そして、それは、こちらの伊達巻きにも言える事です。僕は、このお味が好きです。ありがとうございます、紫様。これからも、また作って戴けると嬉しいです」

 一気に語り、恥ずかしくなったのか、こくりと茶を飲んでから『…あ、誕生日以外でも…』と、雪緒は赤くなった顔を俯かせてそう言った。

「…ああ…ありがとう」

 左手を卓袱台へ乗せ、身を乗り出し、俺は雪緒の柔らかな髪を撫でた。
 本当に、こいつには何時も驚かされるし、大切な事を教えられている気がする。忘れて居た何かを思い出させてくれる。
 そうだ。
 俺は、こいつの喜ぶ顔が見たかったのだ。

「少し、待っていてくれ」

 名残惜しく、雪緒の頭から手を離し、俺はまた台所へと向かう。

「そら、祝い酒だ。一杯ぐらいなら良いだろう」

 徳利に移した酒とお猪口を手に笑えば、雪緒も笑う。
 雪緒の酔い方は質が悪いから、俺はなるべく呑ませない様にしている。が、こんな日に呑まないのは、やはり勿体無い。
 トクトクと先に雪緒の分を注ぎ、その後で俺の分を注ぐ。

「誕生日おめでとう。何度も言うが、生まれて来てくれた事、感謝する」

「…僕の方こそ、ありがとうございます。待っていて下さって…」

 コツリと、鍋の上でお猪口を合わせて、二人で笑う。
 これからも、二人でこうして笑って過ごして行ければ良い。
 鍋を食いながら、俺はまた伊達巻きを作ろうと心に誓った。

 ◇

 冬になる前に里に戻ったみくが、その年の暮れに大量の伊達巻きを作り、あの親父に預けて、それが届けられる事等、この時の俺はまだ知らなかった。
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