矢は的を射る

三冬月マヨ

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それが、幸せ

02.再会

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「な、んでいんだよっ!?」

 早足で校門まで行けば、門の柱に背中を預けて煙草を吸ってた羽間はざまの目が据わった。

「ああ? ここは俺の職場だ。居るのは当たり前だろうが」

 そうだけど、そうじゃねーよっ!!
 何で、帰らないで居るんだ!!
 生徒だけじゃなくて、先生達も今日は帰りが早い筈だろ! 

「ぶはっ! 煙草吸わないヤツに煙吹き掛けるなよっ!」
 
 羽間の目の前に立てば、ぷっは~と煙を吐かれた。
 俺、結構背が伸びたのに、まだこいつの方が背ぇ高いのかよっ! ムカつく!
 煙で涙が滲む目で睨めば、羽間は肩を揺らして笑った。

「ガタイは良くなったが、中身は変わらねぇみてぇだな? って、何だこの頭ぁ? いがぐりか? なら、緑か茶色に染めろ」

 羽間の手が、俺の頭に伸びて来たから、俺は慌てて払った。俺がどんな髪型しようか自由だろ。仕事柄、髪を短くしてんだよ。

「触んなよ! 触って良いのは先生だけだ! って、何でわざわざこんなトコで煙草吸ってんだよっ!!」

 クッソー!
 やっぱ、こいつを連絡役になんかするんじゃ無かった。
 卒業してからは、先生と直に遣り取りはしていない。先生断ちするって決めたから。けど。

『気が向いたら、たまにゃ様子を知らせてやる。おら、スマホ出せ』

 って、卒業の時に羽間にスマホ奪われて、あれよあれよと、羽間とメッセージアプリでやり取りする事になっちゃったけどな!
 まあ、おかげで約束のすっぽかしとかしないで済んだし、今日、俺がここに来るって事も、羽間を通して先生に伝えられたけど。

「んあ~? そりゃ、三年寝太郎がやっと起きて来たんだ。その寝ぼけヅラを見る為に決まってるだろうが」

「…三年寝太郎て…」

 だから、煙草の煙をこっちに向けんじゃねーよ。

「ほら、律儀に待っていやがあ"っ"!?」

「…は…?」

「てっ、め、この…っ…!」

 いきなり身体を跳ねさせた羽間を見て、俺の口から間抜けな声が出た。
 …何かデジャヴだな…。

「もう。久し振りに会えて嬉しいからって、はしゃぎすぎでしょう?」

 そうしたら、いつかみたいに、また羽間の後ろに笑顔の松重先生が居て、羽間の胸やら腹やらを撫でていた。
 うん、デジャヴだな。
 
「ま、つしげ先生…あの…」

 …どっから湧いて出たんだ…。
 いや、きっと門の陰にでも隠れていたんだろうけど。けど…怖ぇよっ!!
 
「こんなイケない大人は俺に任せて。的場先生が待っていますよ。場所は言わなくても解りますよね?」

「あ、は、い。あ、ありがとう!」

 ニッコリと笑う松重先生の笑顔が怖くて、頭を下げて礼を言った後、俺は一目散に走り出した。
 後ろから『てめ、この!』とか『まあまあ』とか聞こえたけど、聞こえないフリをした。
 これは、大人の処世術だからな!

 ◇

 初めてここに来た時の俺は、ちょっとやさぐれていた。
 親から解放されて、それは、ほっとしたり、嬉しかったりしたけど、でも、心の何処かでは寂しかったりもした。
 …厄介払いされたんだろって…。
 心機一転、新しい土地で…とかって思っても、何か怠くてやる気出なくて。部屋の荷物の片付けを途中でぶん投げて、学校に…ここに来たんだ。
 いきなり、とんでもないもんを見たけど…。
 でも。

「…先生…」

「久し振り」

 ここで、先生に会ったんだ。
 校舎と校舎の間にある中庭。
 幾つか置いてあるベンチ。
 その中の一つ。
 ちょうど日避けになる様に植えてある、木の下のベンチ。
 あの頃、毎日の様に座っていたベンチ。
 そこに、先生は座っていた。膝の上には、俺が来るまでに読んでいたんだろう本がある。
 卒業式だったからか、深い紺色のスーツに、淡いクリーム色のネクタイを締めた先生だけど、あの頃の様に眉と目尻を下げて優しく笑った。
 初めて見た時は、よれよれのスーツに便所サンダルだったのに、な。ピシッとしたスーツに磨かれた革靴に変わっても。それでも、その笑顔は変わらない。真っ直ぐと、俺を見て笑ってくれる。

「せ、んせ…あ、の…」

 やべー。
 嬉しいのと懐かしいのとで泣きそうだ。喉が痛くて声が出ねー。
 何度も何度も練習したのに、頭の中から言いたい事消えてしまった。

「ほら、座れ。空いているぞ」

 目の前で立ち尽くす俺に、先生はあの時の様に、ポンポンとベンチを叩いた。

「…うん…」

 頷いて、あの頃と同じ様に先生の隣に座った。
 久し振りのベンチは、何かちょっと小さくなった気がした。
 もぞりと動くと、先生が俺を見て眩しそうに目を細めた。

「背、伸びたな。顔つきも男らしくなって見違えたぞ」

 変わらない笑顔と声に、俺の声が跳ねる。

「あ、そ、そうなんだ! 卒業してから、俺、じゅっ、十センチ伸びた!」

 本当は七センチだけど、誤差だろ。
 見栄? 何それ美味しいの?

「そうか。良かったな」

 ポンッて、刈り上げた頭に手を置かれて、目の前が滲んだ。
 やべーって。
 そんな躊躇いもなく頭に手を置くなよ。
 俺が、今日、ここに来た理由知ってんだろ?
 良いのかよ?
 期待しても?
 本当に、あの時に言った様に、俺が望む返事をくれんのかよ?
 上げて落とすのは止めてくれよな?
 そしたら、あの夕陽より早く沈む自信があるからな?
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