攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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攻略されていたのは、俺?

【10】

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 時間が止まった気がした。
 メゴロウがカップを手にしたまま、動かない。目も開いたままだ。渇かないか? 大丈夫なのか?
 いや、カチコチと時計の針が動く音が聞こえる。静かな部屋には、その針の音と、コーヒーの匂いが漂う。起きた時に開けたのであろう、寝る時にはカーテンに遮られていた窓からは、まだ柔らかな春の朝の陽射しが降り注いでいた。今日も、良く晴れそうだな。

 …ああ…俺って、詩人だなあ…。

 ちょっと、遠い目をしながら、俺は指に摘まんでいたクッキーのカスを口の中へと放り込んだ。今朝は何を食べようかな。サクサクのクロワッサンが良いかな。後はベーコンとほうれん草の入ったオムレツにシンプルにケチャップで、スープはミネストローネで。メゴロウは朝からミートソースかな? ハンバーグもいくのかな? 後はラザニアとか?

「ケッ、ケッ、タ、ロウさ、ま…っ…!」

 クッキーのカスなんて、直ぐに無くなるから、俺はクッキーの箱から一枚、指に摘まむ。

「顔が赤いよ、メゴロウ君。それに、それだ」

 俺は手にしたクッキーを、メゴロウの口元へと持っていった。そうしたら、餌付けされたメゴロウは、かぷりとクッキーを咥えて、もぐもぐと口を動かし出した。

「"様"は、要らないと何度言えば解るんだい? 私は君と対等でありたい」

 うん。親友なら対等じゃないと駄目だろう。身分差なんて関係無いんだ。

「君と何でも話し合える仲になりたい。君が困っていたら、手を差し伸べるのは私でありたい。私が困っていたら、手を差し伸べてくれるのが、君だったらとても嬉しい。共に笑いあい、共に涙を流したい」

 それが、親友ってもんだろう。俺達は運命共同体。一蓮托生。旅は道連れ、世は情けだ。

「…ケタロウ様…」

「私に、気を使う必要は無いよ。遠慮なんてしなくて良い。あ、でも、本当に君が淹れてくれるコーヒーは美味しいから…これからも、私に淹れて欲しいかな…」  

 ふっ…と、目を伏せて笑って、またクッキーを一枚手に取り、メゴロウの口元へと持って行けば、またもかぷりと齧り付きながら、首を小刻みに縦に振った。うん、赤べこみたいだな。こんなに可愛いメゴロウが、あんな事をする筈がないだろう。全く酷い夢を見たもんだ。

「だから、私が居たらマスターベーションが出来ないと言うのなら、私は何時でも部屋を空けるよ」

「ぶほぅっ!?」

 俺がそう言えば、メゴロウは口に含んでいたクッキーを思い切り噴き出した。

 うん。誰かの気配があると、それが気になって集中出来ないものだ。俺と同室になって、一週間。その前は、あんな部屋だし、メゴロウは間違いなく一発も抜いていないだろう。いい加減発散したい筈だ。だから、俺は気を利かせて言ったつもりだったのだが。純粋なメゴロウには刺激が強すぎただろうか? まあ、抜いていないと言えば、俺もそうだが、何か、シたいとは思わないんだよな。何時も、すっきりのお目覚めだ。って、最後に抜いたの何時だっけ?

「ケ、ケタロウ様…っ…!」

「ケタロウ」

「いいえ、ケタロウさ、まっ!」

「ケタロウ」

「ケタロウさ、んっ!」

「ケタロウ」

「ケ…ケタロウさ…ア、アニキ!」

 …何て?

「はああああっ! す、すみませ…っ…!!」

「ああ、謝らないで。アニキ、か。私は君の兄になりたい訳ではないけれど…」

 アニキって、お前は俺の舎弟かよ。何処のヤンキー兄ちゃんだよ。

「…メゴロウ君の兄君は…確か出奔して行方が知れないのだったね…」

 そうだ。ゲームの小冊子のプロフィールに書いてあったな。まあ、ケタロウも調べたってか、調べさせた。何処ぞの馬の骨が来るからと、事前に知らされていたからな。農場を営む両親と五つ年上の兄との四人家族。この兄が家の金を持ち出して家出…と、調書にあったか。女と遊ぶ金欲しさに、経営に必要な金を持ち出した、と。碌でもない兄だ。プロフィールにも、調書にもないが、親は親で、メゴロウの支度金を兄が金を持ち出したせいで支払いが滞った金の返済へと回して…と、知るのはどのヒロインとのエンディングだったかな? だから、メゴロウは新しい着替えも用意出来なくて…まあ、そんな身内が居るのなら、メゴロウ自身も碌でもないと決め付けて…言ったんだよな、ゲームの俺は。転校初日の、あの日。メゴロウに足を引っ掛けた後で。

『…薄汚い梅が。無事に過ごせると思うなよ』

 って。
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