攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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攻略していたのは、僕

【11】※

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「メゴロウ君、怪我はありませんか!?」

「メゴロウ先輩!」

「大丈夫ですか!?」

「わ、わ、わ!?」

「メゴロウ君、上を見ていた様だが、誰かが居たのか?」

 ケタロウ様が閉めた窓を呆然と見上げていた僕の耳に、雑音が飛び込んで来た。知らず握り締めていた拳を開けば、じっとりとした汗が滲んでいた。

「…あ、いえ…僕が…見た時には…窓は…閉められて…」

 この間の事があったばかりなのに、ケタロウ様が居ただなんて言えない…。どうして、あそこに居たんだろう…? 小さな声は、ケタロウ様の声じゃ無かった…高くて…耳に障る…嫌な声だった気がする…。

「あそこは…美術室の備品庫です。私、見てきます!」

「え、デシコさん!?」

 僕がそう言った処で、デシコさんが走って行ってしまった。早い。毎日の活動で体力が付いたって、言っていた様な気がするけど。それにしても。

「あ、あの…苗も大丈夫ですし…あの…問題が無いのでしたら…品物を…」

「ああ、申し訳ない。前回と同じ物と…こちらの苗は?」

「これ、見た事ないです」

「私も。これは何ですか?」

 おずおずと業者が生徒会長に声を掛ければ、生徒会長はテキパキと答え始め、ブコさんとブオ君も、初めて見る苗に興味を示していた。僕も、そこに加わってこれは何の苗で…と話していたけれど、頭の中はケタロウ様の事で一杯だった。

 あの壺は、授業の課題等で使う物だけれど、やはり高価な物で、窓の側に置く様な物では無いし、風で飛ばされる様な場所にも置いたりしないし、飛ぶ様な重さでも無い。
 業者が帰った後に、デシコさんが箒とチリトリにバケツを持って来てくれて、割れた壺を片付けながら、生徒会長がそう話した。それは、つまり、誰かが故意に落とした…そうとしか考えられない、と。美術部の誰かが、資料として持ち出そうとしたのでは? と、言ってみたが、今日は美術部員は、全員中庭の噴水をスケッチしていた、と、言われてしまった。本当に誰も見なかったのかと聞かれたけど、見ていないと僕は繰り返した。
 だって、そんな事話したら、ケタロウ様が疑われてしまう。ケタロウ様は、あんな事しない。ケタロウ様は違う。
 何とも、もやもやとした気持ちを抱えながら、僕に怪我は無いし、大丈夫だよと何度も繰り返して、種を蒔いて、苗を植えた。

 ◇

 それから数日経った日の朝。何だか何時もより騒がしい教室で、僕は固まっていた。
 
 僕とデシコさんが朝の活動を終えて、何故か廊下に出ているクラスメイト達に首を傾げながらも、ざわつく教室へと挨拶をしながら入ったら、そこに残って居たクラスの皆が一斉に僕を見て来た。

「どうしたの? 皆、僕の机の周りに集まって…?」

 何だか、嫌な空気だなと思いながら、自分の机へと近付いて行けば、集まっていたクラスメイト達が、一人、また一人と机から離れて行く。

「きゃあっ!?」

 そこにあったに、デシコさんが悲鳴を上げて、両手で口を押さえて、床へと座り込んでしまった。周りに居たクラスメイト達が、デシコさんに声を掛けて、宥めて立たせて教室の外へと連れて行った。

「…な、に…?」

 僕の机の上にあったモノ…それは…天板を覆い尽くす程のゴキブリとネズミの死骸だった。踏み潰されたのか、叩き潰されたのかは解らない…けど…ゴキブリも、ネズミも…中身が飛び出ていた。

 …な、に…これ…?

 それを意識すれば、その臭いが鼻に付いて来た。
 慌てて鼻と口を手で覆うけれど、既に意識してしまった臭いは鼻の中に残って、漂っている。
 乾いた血と、まだ乾いていない血の臭いと、臓腑の嫌な臭い。
 窓は、多分、これを見た誰かが開けてくれたのだろう。全部開いている。けど、こんな近くにいたら、それは香って来る物で。

「…っ…!」

 どうしようもない吐き気が込み上げて来て、片手で口と鼻を塞いだ時、ざわめきが大きくなって『大丈夫』と言おうとした処で、肩に手を置かれた。

「何時まで、こんな物を晒している気だい? 君の地元では、これは普通なのかな? 生憎とこちらでは、この様な物を何時までも晒している習慣は無いのでね」

 言葉の内容は、多分、僕を責めているのだろうけど。
 でも、その声はとても優しく僕の耳に届いた。

「…ケタロウ様…」

 その声に安堵して、後ろを振り返ろうとしたら、銀色の物体が目の前に現れた。

「ほら、このバケツを持って」

「えっ、あ、はい!」

 差し出されたバケツを受け取れば、ケタロウ様が手にしていた箒を机の上に翳す。

「落とすから、バケツで受け止めて。それから、この机を焼却炉まで運ぶ。良いね?」

「は、はい!」

 颯爽と現れてテキパキと指示してくれるケタロウ様って、凄い。多分、皆も何とかしてくれようと思っていたんだろうけど、田舎者の僕でこれなんだもん、出来る訳ないよね。それなのに、顔色一つ変えないで作業をするケタロウ様って凄い。あ、ううん。眉間に少し皺がよってる。何か、可愛いな。
 酷い目に遭ったのに、ケタロウ様とこうして居られる事が嬉しくて、にやけそうになる顔を隠す為に、僕はずっと下を向いていた。
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