攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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番外編

初恋

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「何処の森だ、ここは?」

「えー?」

 聞き慣れない声が聞こえたから、俺は後ろを振り返った。

 季節は春。
 場所は俺が通う大学の温室。
 春と言えば出逢いの季節。
 花は咲き乱れて居ないけど、俺の手には赤い薔薇の鉢植えが一つ。
 完全に咲き切っては居ないけど、ふんわりと綻んだ花弁。
 そんなロマンチックかも知れない、シチュの中で俺が出逢ったのは…。

「…あの…どちら様ですか…?」

 頭から爪先まで、全身蜘蛛の巣に覆われた、青い髪の眼鏡を掛けた男だった…――――――――。

 ◇

「園芸サークルがあるから来てみれば、何だ、ここは。雑草だらけの伸び放題、花なんて、君のその鉢植えしかない。良くもまあ、園芸サークル等と名乗れたものだな。他の者は居ないのか?」

 温室内の一角に設置されている、休憩場所に彼を案内した。
 そこには椅子とテーブルがあり、花に水をやる為の水道もある。
 彼の衣服に付いた蜘蛛の巣を取り払い、蜘蛛の巣塗れの髪は水道で洗った。
 春先で冷たいだろうけど、温室内はあったかいし、ちゃんと髪を拭けば乾く筈。
 様子からして新入生かな? 俺が居る場所に真っ直ぐに来れば、蜘蛛の巣塗れになる事なんてないのに。きっと、ぐるぐると見て回ったんだろうな。物好きだな。
 椅子に座り、渡したタオルで頭を拭く彼の前に自分用の椅子を置いて、そこに腰を下ろした俺は軽く手を振って笑う。
 
「あはは。歯に衣着せてよ。俺が来た時から、こんな物だよ、ここは。花を愛でるのは好きだけど、育てるのは面倒みたいだね、みんな。虫も嫌いで怖いし、土弄りなんてとんでもない。花が咲いたら教えてって感じ。まあ、ここは所謂いわゆる令嬢様や令息様が通う処だから、仕方が無いのかも知れないけど。君は? 見た処新入生みたいだけど、入るの? 高等部からの持ち上がり?」

「ああ、まだ名乗ってなかったな。俺はカチョ・トイセ。この春からこちらに通う。高等部からの続きだが、そう聞くと云う事は君は外部からか?」

 そう聞く俺に、彼は軽く頷いて聞き返して来た。
 そっか、持ち上がりが当然だから、普通は、こう聞いたりしないのか。

「うん。俺はトナ国から来たんだ。ゴンべ・トナ。ゴンべって呼んで。この国と違って、家名は後ろに付くからね」

「…トナ国の第三王子か…」

 腰を浮かせる彼に、俺は軽く唇を尖らせる。

「ああ、やめてよ。この王立学園は、外はどうであれ、学園内では身分差なんて関係なく、誰でも平等にってルールなんでしょ? だから、ここに来たんだから。普通にしてよ。それとも、それは表面上の物だけなの?」

 俺の言葉に彼は浮かせた腰を下ろして、少しだけ口元を緩めた。
 笑えば、何処か冷たい印象ががらりと変わる。
 けど。

「…そうだな。失礼した」

 けど、何で、そんな寂しそうに笑うんだろう?

「俺、そんなキツイ言い方したかな?」

「ああ、いや、そんな事は無い。…ただ…夢で、似た様な事を言われた事があって、それを思い出しただけだ」

「ゆめ…」

「気にしないでくれ。俺も不思議だと思っている。さて。君の話を聞く限り、現状、このサークルで活動しているのは、君だけと云う認識で良いのか? 代表責任者は君と云う事で問題は無いか?」

 そう俺に聞きながら、彼はまだ湿っているであろう髪を三つ編みにして行く。
 乾ききっていないのに、そんな編み込んだりしたら、もの凄いカーリーヘアになると思うんだけど、良いのかな?

「うん、そうだね。俺一人だし、俺もそれ程熱心じゃないから、こうして、鉢植えで薔薇を育てているだけだけど。入るなら歓迎するよ。トイセ君は高等部でも園芸を?」

「部員では無いが、邪魔はしていた。そうか。安心した。それなら俺の好きにして問題ないな?」

「うん?」

 口の端だけで笑いながら、テーブルに置いてあった髪ゴムを手に取る彼に、俺は軽く首を傾げた。

「そのゴム、随分と伸びているけど、新しいの買わないの? 結び難くない? その内切れるかもよ?」

「…ああ…これはこれで良いんだ」

 そう言って笑う彼の笑顔がとても優しくて、でも、何だか寂しく見えて、俺の胸がドクンッて鳴った。
 
 …何だ、これ?

「さて。じゃあ、入部届け…いや、入会届けか? あるんだろう? 書くから出してくれないか?」

「あ、うん。ここには無いんだ。クラブハウスの方にあるから、そっちに移動しよう。こっちだよ」

 そう言って俺は立ちあがって、彼に背を向けて歩き出す。
 何か知らないけど、胸がバクバク言ってる。
 何だ、これ?
 俺、心臓、どっか悪かったのかな?
 まあ、俺の身体が悪かろうが、俺はおまけもおまけの第三王子で国には関係ないし、いっか。
 歩きながら、俺は思う。

 彼は、どんな花が好きなんだろう?
 見た目は冷たい感じだけれど、笑うと意外とその笑顔が優しい。
 けど、何処か寂しそうに見える。
 そんな彼が好きな花に興味が湧いた。

 大学からこっちに来た俺は、高等部の事なんて知らない。
 そこの園芸部がどんな活動をしていたかなんて、当然知る筈も無い。
 だから、その夏、大量のとうもろこしを前に呆然とする俺の事も、当然俺はまだ知らなかった。
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