寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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募るもの

【完】とある冬の朝

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「あ」

 瑞樹みずきは水道の蛇口を捻って、眉を顰めた。
 やってしまったと思った。
 確かに、今朝はやたらと冷えた。

「仕方が無い。まだ早いけど、出て食堂で食べるか」

 ポリポリと右手で後頭部を掻いていたら、ピョンと飛び跳ねている寝癖に気付いたが、水道が凍っていて水が出ないのでは直しようがないと理由を付けて、瑞樹はその寝癖をそのままに着替えて外へと出た。

 ◇

 季節は秋を過ぎ冬を迎えていた。
 一つ年を越え、最初の一月ひとつきも半ばに差し掛かっていた。
 夏の休暇は二人同じだった為、地元には二人で一緒に帰ったが、冬の休暇は当然の事ながら二人同じとはならなかった。
 だが、それで良かった。
 瑞樹が地元へ戻った二日後に優士ゆうじが戻って来た。
 そこで二人は久しぶりとか、何処か照れながら近況を報告し合った。
 約束等無く、こうして出会う時間が嬉しく幸せだと思えるから。

 また、週に一度の食事を共にと約束をした夜の時だったが、それは守られていない。
 それは週に二度になったとか、三度とかになったとかでは無く、毎日になったとかでも無く。
 優士が退院して、初めての約束となるその金曜日の夜。

『今夜はこれを食べてくれ』

 と、優士が土鍋を持って来たのだ。
 瑞樹が目を丸くして蓋を開ければ、中身はおでんで、それを見た瑞樹は思わず噴き出していた。
 噴き出す瑞樹に、優士が『何だ』と、塩を吐き散らせば瑞樹は『悪い』と謝って、台所のコンロに置いてある土鍋を取りに行き『じゃあ、優士はこれな』と、それを優士に渡した。塩になった優士はそれを受け取り、自分の部屋でその中身を確認して、金平糖を吐き散らかしていた。その中身は、おでんだった。
 瑞樹の休み等関係無く、その次の週に優士が湯豆腐を作って持って行けば、やはり湯豆腐の入った土鍋が渡された。
 その次にカレーを作って持って行けば、やはりカレーの入った鍋を渡された。
 これは一体何の攻防なのかと思うが、当人達は至って真面目に『相手とは違う物を』と思って作っているのだが、悉く被ってしまうのだった。
 そんなこんなで、毎週金曜日は『二人の手料理』の交換の日となった。
 互いが互いを想いながら作った物を、一人で相手に想いを馳せながら食べる日となった。
 相手が目の前に居なくて、寂しいと云う思いは、無い。
 ただ、この時間を何処かはにかみながら愛おしいと思うだけだ。

 ◇

「あ」

 時間があるので病院の方では無く、討伐隊の食堂へと来れば、そこには既に隊服へと着替えた優士と高梨が向かい合って同じ席に着いていて、朝の定食を食べている処だった。瑞樹は同じく『久しぶりだな!』と笑う小野に朝の定食の注文をして、温かなお茶を湯呑に注いでから、二人が居るテーブルへと向かう。

「優士が水を出し忘れたのは解るけど、高梨隊長もですか?」

 高梨はともかく、あの生真面目そうな雪緒ゆきおが、凍えそうな夜に水を出さずに居られるのだろうか?  と、首を傾げて瑞樹が尋ねれば、高梨は僅かに瑞樹から視線を逸らして『…今日は日曜日だからな…』と、ぼそりと呟いた。

「なるほど?」

 と、答えの様なそうでない様な高梨の言葉に、瑞樹が頷き掛けた時『兄ちゃん、出来たぞ~!』と、活きの良い声が食堂内に響いた。

「あ、はい!」

「瑞樹、寝癖」

 くるりと踵を返した瑞樹の背に、優士の注意する声が届く。

「気になるなら、優士が直してくれよ」

 軽く肩越しに振り返って、眉を下げ笑って見せてからカウンターへと向かう瑞樹に、優士は軽く呻いて口元を押さえて俯いた。

「ふっ」

 と、軽く息を吐く音が聞こえて顔を上げれば、高梨が微笑ましい物を見る様な目で優士を見て、豚汁の入った椀を手にしていた。

「…聞きたかった事があるのですが」

 何だか背中がむず痒くなった優士は、背筋を伸ばして高梨を真っ直ぐと見据えて口を開いた。

「何だ? 俺で答えられる事なら答えるが」

 そう返答して、椀に口を付ける高梨に優士は塩の様な声で言う。

「男同士の乳繰り合いについて、詳しく教えて戴きたいのですが」

「ぶふ――――――――――――――――っ!?」

「高梨隊長!?」

 優士の『教えて先駆者第二段階』の発動に、高梨は口に含んでいた豚汁を噴き出し、瑞樹は目を見開いて驚き、小野は『食べ物を粗末にするな!』と、カウンターの向こうで怒鳴っていた。

 春はまだ遠く、寒く凍える日はこれからも続くだろうが、心まで凍える日は来ないと瑞樹と優士は思った。
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