悪役にもハッピーエンドを

三冬月マヨ

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悪役に乾杯・8

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「…燃え尽きたぜ…真っ白に…パスワードなんか解るかっ!!」

 へなへなと椅子の背凭れに手を掛けて、そこに掛けられていた毛布を掴み、俺は床に崩れ落ちた。
 リビングのパソコンには、そんなの設定されていなかったから、すっかり忘れていた。
 
「あんなにパスワードパスワード言う奴が、自分のパソコンにそれを設定しないなんて無かったんだ。リビングのパソコンは、俺の油断を誘う為のデコイ…いや、あのメモを見せる為に解除してあったってとこか…眼鏡めぇ~っ!!」

 ばふんっと掴んだ毛布を床に叩き付けて俺は叫んだ。
 きっと、あのドアの向こうではメガネコがドヤ顔を晒しているんだろうな。
 あいつのあの動きも、俺を誘うフェイクだったって事だ。

「くっそ~…あの野郎~。何か手掛かりになるような物は転がってないのか?」

 ブツブツ言いながら俺は立ち上がり、机を見るが特に目ぼしい物は無し。
 パーテーション代わりの本棚をぐるりと回ってベッドへと行く。
 資料なのか、参考とされた小説や漫画、クリップで止められた紙束等が目に入る。

「…ったく、他の部屋は綺麗なのに、自分のとこはこれなんだな…ん?」

 ベッドの上に散乱しているそれを、一つ手に取る。

「…銀ポメの原作じゃん…まあ、参考にしたって言ってたもんな…。んーと、これは…」

 紙束を手に取れば、まとめサイトにあるポメガバースの成り立ちとか、それぞれの特徴とか、webサイトに投稿されているポメガバース物をプリントアウトした物等が続々出て来た。

「…こんだけ読んで、ポメじゃなく、メインクーンに走ったのか…どうなってんだ、眼鏡の思考は…こっちは…ん…?」

 枕の直ぐ傍にあった紙束を手に、俺はちょっと固まった。
 一番上、表紙とも言うべきその一枚目には、こう印字されていた。

「…"君色の風(表)"…? 何だ、これ…?」

 ベッドの上に散乱していた資料達をよいせと避けて、空いたスペースに俺は腰を下ろした。

「えーと…主人公、セ・メゴロウ(仮)…なんじゃこりゃ…平凡を絵に描いたような容姿。何処にでも転がっている・黒髪・黒目・十六歳・大食らい・救世主。ライバル、ウ・ケタロウ(仮)…いや、名前…金髪・青い目・十七歳・高身長・冷血に見えるがお人好しのポンコツ。ヒロイン…ん? これ…キャラ設定の資料…? …え…? これ…」

 ごくりと唾を飲んでパラリと捲れば、生徒会長ルートと書かれた文字。

「…ゲームのシナリオか!?」

 前のめりになって、俺はそこに書かれている文字を読んで行く。
 
「…キャベツ? 何でキャベツ?」

 生徒会長との出会いは、パンを咥えて遅刻遅刻ではなくて、キャベツを齧りながら…どんな主人公だよ…と思いながら読み進めて行く。

「…ふんふん…」

 ここに書かれているのは、とりあえずプロットなんだろう。ざっと軽く最後までの流れが書いてある。所々に分岐とある事から、これは恋愛シミュレーションゲームで間違いないだろう。それも、十八禁の。

「マジか…あいつ、こんなの受けていたのか…久しぶりじゃね? ゲームのシナリオ…って、悪役はこのケタロウって奴なのか?」

 すっげー、気になる。
 ヒロインは全部で五人。
 金持ちが通う学園が舞台で、そこに主人公が転入して来た事から始まるロマンス。
 災厄から世界を救う為に、選ばれたヒロインと共に立ち向かう。

「…ヒロインとの仲を邪魔したり、主人公に嫌がらせをするケタロウを断罪して、その後に災厄と戦う…か…うう、ケタロウ、どんな奴なんだ…冷血…だがお人好しでポンコツってなんだ? これが悪役になるのか? 本当に? てか"表"ってなんだよ"表"って! って事は"裏"があるんだよな? それは続編で出るのか? それとも、クリア後の隠しシナリオとかであるのか? 発売日は何時だ? 何処から出るんだ? これは何時書いた奴なんだ? これはボツった奴なのか? ううううう~~~~~~~~~~っ!! ああっ、もうっ!!」

 紙束を手に俺は立ち上がり、ドアを開けて叫ぶ。

「おい眼鏡! お前、何やってんだよ! こんな仕事があるのに、猫になってる場合かよ!? キリキリ書けよっ!!」

「…ンニャ?」

 メガネコはソファーの上で、ヘソ天で寝ていた。
 おい、何寛いでんだよ? 何、後ろ脚をパッカンしてんだよ? タマタマ見えてるぞ。てか、良く落ちないな?

「じゃなくて! お前! これ! 気になるだろっ!! これ、完成しているのか!? 何時、何処から、出るんだよ!? まだなら、さっさと人間に戻って書けよっ!! ケタロウはどんな奴なんだよ!? 断罪って、どんなだよ!? 死ぬのか!? いや、お前の事だから殺すんだよな!? キリキリ遠慮なく、間違いなく、徹底的に、問答無用で、容赦無く殺すんだよなっ!?」

「ンファ~」

 ずんずんと紙束をぺシぺシ叩きながらソファーの方へと歩いて行けば、メガネコは起き上がり、スコ座りをして欠伸をして、後ろ脚でケシケシと頭を掻き出した。

「何、めんどくさそうに欠伸してんだよっ!? お前がどれだけ悪役を殺しても、俺は絶対に悪役を助けるからなっ!! って、だから、その下手くそなウィンクをやめろ!!」

 俺がこんなに目くじら立てているのに、メガネコは何処吹く風だ。
 何でだよ?
 お前、そのままじゃ何も出来ないだろ?
 それで良いのかよ?
 良い訳ないよな?
 話を、小説を書けよ。
 俺は、お前が書く話が好きなんだよ。
 お前が書く悪役が好きなんだよ。

「…っ…! お前が猫のままじゃ、お前のこれからの話が読めないだろっ!! 人間に戻れよ…っ…!! 俺、お前が…お前の書く話が好きなんだよ…っ…!! これからも読ませてくれよっ!!」

 そう叫んだ瞬間、ぐらりと頭が揺れた。
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