19 / 86
ころがって
【一】旦那様と親馬鹿
しおりを挟む
「それでだ。空腹だからと言うからだな。親子丼を出したら、食うわ食うわ」
「…はあ…」
…一体俺は何を聞かされているのだろうか…。
「未だ足りないと言うのでな、オムライスとカツカレー、鉄火丼…」
「…はあ…」
俺はこの部屋に入った時に渡された写真を手に、ただ曖昧に頷いていた。
その写真には、一人の少年が映っていた。
年の頃は、雪緒と同じぐらいか。
高い位置で一本に結い上げられた黒い髪は、背中より下にある様に見える。
身体付きは華奢だが、雪緒と比べたら全然だ。普通に少年らしい体躯だ。
丸めの瞳は、やや吊り上がり気味か。福耳っぽいのが、また愛嬌がある様に思う。
「…で、だ。本日から、学び舎に通う」
「…はあ…は…? 誰がですか?」
「話を聞いておらんかったのか? 私の息子だ」
「………は………?」
司令に子供なぞ居なかった筈だが?
「…んもう! 写真見て? 可愛い息子がそれに映ってるよね? 名前は、星! きらきらでぽかぽかな名前! 私、頑張って考えた!」
「…何時…再婚なされたのですか…? それとも、隠し子…」
司令は確か、三十年前に奥方に先立たれて、それからずっと独り身の筈だが。
俺が知らないだけで、再婚していて、子を設けていたのだろうか。
それよりも、五十過ぎの厳つい親父がそんな喋り方をしても気持ち悪いだけだが。
短く刈り上げた髪に、四角いエラばった輪郭、毛虫の様に太い眉、細い瞳は眼光鋭く、きつく結ばれた唇は薄く細い。
そんな親父が、子供の様に机をバンバン叩くのは如何な物だろうか。
「失礼だな、君は! 遠慮と云う物を知らないのかね? 星は、先月だったか、もう先々月になるか? 君と天野君が連れてきた妖だ」
「…はあ……………は?」
俺と天野が…?
「は!? いや、待って下さい! 私達が捕らえた妖は二十代半ばの男だった筈ですが!? それに、一度人型になったら…っ…!!」
みくから聞いた話と違う!
みくは人型になれるのは一度だけだと、その姿から違う姿には変化出来ないと口にしていた。
あの男が、この写真の少年になった、だと?
「ああ。だが、星は、青年からこの少年の姿になった。会話をしていて、どうにも言動や仕草が気になってな。試しに、少年の姿になれるのかと聞いたら、な。まあ、まだ、幼体だったから、己に相応しい肉体になったのかも知れんがな」
「いや、ちょ、待って下さい。司令自らが、聴き取りを?」
「だって、暇だったんだもん」
親父が『もん』なぞ言うなっ!
「まあ、かつてない貴重な個体なのでな。幼体が人型になれるのを初めて知れたからな。私の養子にして観察する事にしたのだよ。それで、だ。雪緒君、星と仲良くしてくれるかな? 星、ぽかぽかに謝りたいって、言ってたんだけど、君、雪緒君にみくちゃんの事、妖だなんて言ってないよね? うん、そうなると、少年の星が雪緒君に謝るのはおかしいよね? だって、君の家に入った泥棒は大人だし。ああ、星が泣いちゃうかも~。泣きながら、ぽかぽかに謝って友達になりたいって、言ってたんだよ。でも、妖に襲われた経験のある雪緒君に、実はみくちゃんは元妖だなんて言えないよね? 話してくれていたのなら、星が元妖だって話をしても大丈夫かな、と思ったんだけど…今からでも、話す気、ない? ね? あ、そうそう星は物覚えが早くてね。まあ、知らなかったって事もあるんだろうけど、いやいや、凄いよ。渇いていた大地が水を吸う様に…」
俺は片手で額を押さえた。
何だ、この親馬鹿は。
観察って、息子観察か?
それよりも、ぽかぽかとは何だ、ぽかぽかとは。
雪緒が能天気だと言いたいのか?
ぽかぽかなのは、お前の頭だ。
「…いえ…。箱の件ならば、謝罪は不要です。雪緒も直ぐに立ち直りましたし…って、あの、何やら不穏な単語が聞こえたのですが…もう一度、お聞きしても宜しいでしょうか?」
学び舎とか、口にしてなかったか? この親父。
「ん? 何だね?」
話を遮ったせいか、心持ち眉を上げて大仰に胸を逸らして聞き返して来た。
息子自慢は、他所でやってくれ。
「…その、御子息が、今日は、どちらへ?」
「ああ、それね!」
おい。
何を可愛らしく人差し指を立てているんだ?
「今日からね、雪緒君と同じ学び舎に通う事になったから、宜しくね。いやあ、可愛らしい二人が並ぶと、更に可愛らしくなるよね。写真撮りたいな。講師に頼もうかな。幾らかでも握らせれば撮ってくれるかな。君は撮って貰ったのかい? 君が親馬鹿になるのも、星を迎えて、ようく解ったよ。食堂の栄養士に色々と聞いたりしていたそうだよね。同じ年頃の子を持つ隊員にも話を聞いたりしてて。果ては自分はあの頃はどうだったのかとか。何時も仏頂面の君がね。うんうん、本当にね。いやあ、幾ら鼻の下を伸ばしても伸ばしたりないよね。むさい男ばかりに囲まれてると、神経もささくれだってくるし、現場には出させて貰えないし、せっかく鍛えた筋肉美が崩れて行きそうで怖いよ。まあ、もう、見せる機会もないのだけど、それでも見せたい気持ちはあるから、日々の鍛錬は欠かしたくな」
「失礼します」
段々と愚痴になって行く司令の言葉を遮って、俺は司令室を後にした。
後ろ手に扉を閉めて、頭を押さえて長い息を吐く。
朝っぱらから呼び出されたと思えば、これだ。
何の因果で朝っぱらから、むさい親父の子供自慢やら愚痴やらを聞かねばならんのだ。
大体、あんな姿を見せられた日には、隊員の士気が下がるだろうが。親馬鹿も大概にして貰いたい。
と云うか、誰が親馬鹿だ、誰が。親馬鹿なのはお前の方だ。だらしなく眉を下げて、目を細めて垂れ下げて、鼻の下を伸ばして、口元は緩みまくって、とても見ていられた物では無い。
それに、さりげなく仏頂面とか言って無かったか?
悪かったな。俺は誰かさんと違って、愛想笑いなぞ浮かべられないからな。そもそも意味も無いのに笑顔になんぞなれるか。楽しい事、嬉しい事があった時で良いだろう、そんな物は。
それよりも、今日から学び舎に通う? 元妖が? 雪緒と同じ処に? 大丈夫なのか?
司令が問題無いと判断したのなら、間違いは無いと思うが。
思うが…不安だ。
雪緒に何事も無ければ良いのだが。
痛む頭を押さえて、窓の外を見る。
もうすっかり夏の陽射しのそれは、容赦無く、俺の身体を突き刺していた。
「…はあ…」
…一体俺は何を聞かされているのだろうか…。
「未だ足りないと言うのでな、オムライスとカツカレー、鉄火丼…」
「…はあ…」
俺はこの部屋に入った時に渡された写真を手に、ただ曖昧に頷いていた。
その写真には、一人の少年が映っていた。
年の頃は、雪緒と同じぐらいか。
高い位置で一本に結い上げられた黒い髪は、背中より下にある様に見える。
身体付きは華奢だが、雪緒と比べたら全然だ。普通に少年らしい体躯だ。
丸めの瞳は、やや吊り上がり気味か。福耳っぽいのが、また愛嬌がある様に思う。
「…で、だ。本日から、学び舎に通う」
「…はあ…は…? 誰がですか?」
「話を聞いておらんかったのか? 私の息子だ」
「………は………?」
司令に子供なぞ居なかった筈だが?
「…んもう! 写真見て? 可愛い息子がそれに映ってるよね? 名前は、星! きらきらでぽかぽかな名前! 私、頑張って考えた!」
「…何時…再婚なされたのですか…? それとも、隠し子…」
司令は確か、三十年前に奥方に先立たれて、それからずっと独り身の筈だが。
俺が知らないだけで、再婚していて、子を設けていたのだろうか。
それよりも、五十過ぎの厳つい親父がそんな喋り方をしても気持ち悪いだけだが。
短く刈り上げた髪に、四角いエラばった輪郭、毛虫の様に太い眉、細い瞳は眼光鋭く、きつく結ばれた唇は薄く細い。
そんな親父が、子供の様に机をバンバン叩くのは如何な物だろうか。
「失礼だな、君は! 遠慮と云う物を知らないのかね? 星は、先月だったか、もう先々月になるか? 君と天野君が連れてきた妖だ」
「…はあ……………は?」
俺と天野が…?
「は!? いや、待って下さい! 私達が捕らえた妖は二十代半ばの男だった筈ですが!? それに、一度人型になったら…っ…!!」
みくから聞いた話と違う!
みくは人型になれるのは一度だけだと、その姿から違う姿には変化出来ないと口にしていた。
あの男が、この写真の少年になった、だと?
「ああ。だが、星は、青年からこの少年の姿になった。会話をしていて、どうにも言動や仕草が気になってな。試しに、少年の姿になれるのかと聞いたら、な。まあ、まだ、幼体だったから、己に相応しい肉体になったのかも知れんがな」
「いや、ちょ、待って下さい。司令自らが、聴き取りを?」
「だって、暇だったんだもん」
親父が『もん』なぞ言うなっ!
「まあ、かつてない貴重な個体なのでな。幼体が人型になれるのを初めて知れたからな。私の養子にして観察する事にしたのだよ。それで、だ。雪緒君、星と仲良くしてくれるかな? 星、ぽかぽかに謝りたいって、言ってたんだけど、君、雪緒君にみくちゃんの事、妖だなんて言ってないよね? うん、そうなると、少年の星が雪緒君に謝るのはおかしいよね? だって、君の家に入った泥棒は大人だし。ああ、星が泣いちゃうかも~。泣きながら、ぽかぽかに謝って友達になりたいって、言ってたんだよ。でも、妖に襲われた経験のある雪緒君に、実はみくちゃんは元妖だなんて言えないよね? 話してくれていたのなら、星が元妖だって話をしても大丈夫かな、と思ったんだけど…今からでも、話す気、ない? ね? あ、そうそう星は物覚えが早くてね。まあ、知らなかったって事もあるんだろうけど、いやいや、凄いよ。渇いていた大地が水を吸う様に…」
俺は片手で額を押さえた。
何だ、この親馬鹿は。
観察って、息子観察か?
それよりも、ぽかぽかとは何だ、ぽかぽかとは。
雪緒が能天気だと言いたいのか?
ぽかぽかなのは、お前の頭だ。
「…いえ…。箱の件ならば、謝罪は不要です。雪緒も直ぐに立ち直りましたし…って、あの、何やら不穏な単語が聞こえたのですが…もう一度、お聞きしても宜しいでしょうか?」
学び舎とか、口にしてなかったか? この親父。
「ん? 何だね?」
話を遮ったせいか、心持ち眉を上げて大仰に胸を逸らして聞き返して来た。
息子自慢は、他所でやってくれ。
「…その、御子息が、今日は、どちらへ?」
「ああ、それね!」
おい。
何を可愛らしく人差し指を立てているんだ?
「今日からね、雪緒君と同じ学び舎に通う事になったから、宜しくね。いやあ、可愛らしい二人が並ぶと、更に可愛らしくなるよね。写真撮りたいな。講師に頼もうかな。幾らかでも握らせれば撮ってくれるかな。君は撮って貰ったのかい? 君が親馬鹿になるのも、星を迎えて、ようく解ったよ。食堂の栄養士に色々と聞いたりしていたそうだよね。同じ年頃の子を持つ隊員にも話を聞いたりしてて。果ては自分はあの頃はどうだったのかとか。何時も仏頂面の君がね。うんうん、本当にね。いやあ、幾ら鼻の下を伸ばしても伸ばしたりないよね。むさい男ばかりに囲まれてると、神経もささくれだってくるし、現場には出させて貰えないし、せっかく鍛えた筋肉美が崩れて行きそうで怖いよ。まあ、もう、見せる機会もないのだけど、それでも見せたい気持ちはあるから、日々の鍛錬は欠かしたくな」
「失礼します」
段々と愚痴になって行く司令の言葉を遮って、俺は司令室を後にした。
後ろ手に扉を閉めて、頭を押さえて長い息を吐く。
朝っぱらから呼び出されたと思えば、これだ。
何の因果で朝っぱらから、むさい親父の子供自慢やら愚痴やらを聞かねばならんのだ。
大体、あんな姿を見せられた日には、隊員の士気が下がるだろうが。親馬鹿も大概にして貰いたい。
と云うか、誰が親馬鹿だ、誰が。親馬鹿なのはお前の方だ。だらしなく眉を下げて、目を細めて垂れ下げて、鼻の下を伸ばして、口元は緩みまくって、とても見ていられた物では無い。
それに、さりげなく仏頂面とか言って無かったか?
悪かったな。俺は誰かさんと違って、愛想笑いなぞ浮かべられないからな。そもそも意味も無いのに笑顔になんぞなれるか。楽しい事、嬉しい事があった時で良いだろう、そんな物は。
それよりも、今日から学び舎に通う? 元妖が? 雪緒と同じ処に? 大丈夫なのか?
司令が問題無いと判断したのなら、間違いは無いと思うが。
思うが…不安だ。
雪緒に何事も無ければ良いのだが。
痛む頭を押さえて、窓の外を見る。
もうすっかり夏の陽射しのそれは、容赦無く、俺の身体を突き刺していた。
66
あなたにおすすめの小説
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
【完結】君の穿ったインソムニア
古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる