旦那様と僕

三冬月マヨ

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ころがって

【二】旦那様の心配の種

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「おわっ!?」

「おいら、ここが良い!」

 そうにこにこと笑いながら、杜川もりかわ様が僕の隣に座りました。
 …倫太郎りんたろう様を突き飛ばされて。

「ぽかぽかしてるここが良い!」

 ぽかぽか?
 ああ、窓際で陽射しがあたるからでしょうか?
 ですが、ぽかぽかというよりは、今はぎらぎらとしている様な気がするのですけれど。

「先生!」

「あー…えーと、杜川? そこは葉山の席で…」

 床に尻もちを付いた倫太郎様が、教壇に居ます先生に助けを求めまして、求められました先生が杜川様に声を掛けますが。

「おいら、せい! 星って呼んでほしいな! ぽかぽかの名前は?」

 星様には、そのお声が届かなかった様です。

 ええと? もしかしましたら、ぽかぽかとは僕の事なのでしょうか?
 周りをぽかぽかさせる程、僕の体温は高かったのでしょうか?
 知りませんでした。新たな発見です。これからますます暑くなって行きますのに、大問題です。どうしましょう? 体温を下げるにはどうすれば良いのでしょう? あ、毎朝お水を浴びれば良いのでしょうか? そうですね、早速明日からそうしましょう。

 さて。机に両肘を付いて、その手で頬を押さえて星様が、にこにこと僕に名前を聞いて来ました。
 聞かれたからには名乗らなければなりません。
 が。
 果たしてこのまま答えても良いのでしょうか?
 新しい勉学仲間だと、先程、星様を御紹介をされまして。
 星様に空いている席なら、どこでもお好きな処に座って良いと先生が言いましたら。
 星様は真っ直ぐとこちらへ歩いて来まして、倫太郎様を突き飛ばされて、空いたその場所、僕の隣の席へと腰を下ろしてしまいました。

「…高梨、自己紹介をしなさい。葉山は…まあ、先輩として後輩の顔を立てて、譲ると云う事を覚えなさい」

「うえええ…」

 先生の言葉に、倫太郎様が思い切り口をへの字にしましたが『しゃーない』と、僕達の後ろの席へと移動をされました。

「高梨雪緒ゆきおです。これから共に勉学に励みましょう」

 先生から自己紹介をと言われましたので、僕は星様に名乗りました。

「ゆきおか! おいらと仲良くしてな!」

「雪緒だけじゃなくて、俺達ともな! 俺は、葉山倫太郎。お前、もう人を突き飛ばすなよな。見た目の割に力あるな、お前」

 後ろの席に座りました倫太郎様が、軽く星様の背中を突きながら言いましたら。

「ん、解った! 悪かった! ぽかぽか見たら、我慢出来なかった! これから宜しくな、りんたろ!」

「お、おお…」

 星様は後ろを振り返りまして、倫太郎様に頭を下げました。その際に高い位置で結ばれました御髪がぴょこぴょこと揺れました。お馬さんの尻尾みたいですね。
 そう云えば、と、僕は自分の首筋に手をあてます。
 僕の髪も大分伸びました。着物の襟の下まであるでしょうか?
 いい加減切った方が良いかも知れませんね。
 暑い日が続く様になって来ましたし、丁度良い機会かも知れません。
 これまでは奥様に整えて貰っていたのですが、これからはまた自分でやらなければなりません。久しぶりですので、上手に出来るか不安ですが、習うより慣れろ、ですよね。

「私は相場瑠璃子るりこよ。星君、髪がとっても綺麗よね。触っても良いかな?」

 そんな事を考えていましたら、僕の前に座る瑠璃子様が振り返って来ました。
 それからも、他の皆様が星様に名乗りを上げて行きました。
 その度に星様も『宜しくな!』と、にこにこと笑顔で返していきます。
 その笑顔はとても眩しく輝いています。
 きっと、新たな出逢いに胸がときめいているのでしょうね。
 僕も、初めてこちらに足を踏み入れた時は同じでした。
 ですが、僕はこの様に笑顔でいられたでしょうか?
 今思えば、とても小さな笑顔を浮かべていた様な気がします。
 ああ、情けないですね。
 そうです。
 そんな自分が情けなく感じて、学び舎から逃げたくなったのでした。皆様が、今と同じ様に好意的に受け入れて下さったのに。
 そうして、旦那様に鼻を摘ままれてしまったのですよね。
 そう思いながら、そっと僕は自分の鼻に手をあてました。
 何故でしょうか?
 今、無性に旦那様に鼻を摘ままれたくなりました。
 顔が熱いのも、窓から射し込む陽射しのせいでしょう。
 今日も、また一段と暑くなりそうです。
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