旦那様と僕

三冬月マヨ

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やがて

【四】旦那様と一人の夜

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「ふわあ…まるで蒸し風呂です…」

 お屋敷中の窓と云う窓を開けまして、僕はそう呟きました。
 今日も病院に泊まるつもりだったのですが、旦那様に『帰って家の様子を見て来い』と言われましたので、お屋敷へと戻って来ました。
 相楽さがら様から、問題は無いと聞かされて居たのですが、中の様子は解らないだろうと言われたのです。
 そう言われてしまいましたら、やはり気になる物です。
 鍵は掛けては居ますが、万が一と云う事もありますからね。
 ですが、無用の心配でしたね。
 お屋敷の中は何ともありませんでしたし、あの、青い箱も無事でした。
 旦那様は、明日帰ると言っていました。
 本来なら、背中の傷もあるし、まだまだ入院していた方が良いんだけどね~と、相楽様が肩を竦めていました。
 明日、お昼前に着替えを持って来いと言われましたので、その準備を致しましょうか。今旦那様が身に着けていますのは、病院で用意して下さった浴衣ですものね。そして、朝になりましたら、お布団を干しましょうね。ふかふかのほかほかになる事でしょう。ああ、そうです。お風呂も洗いませんと。帰ったらお風呂に入りたいと言っていましたからね。

「あ」

 僕は自分の腕を鼻まで持って来て、臭いを嗅ぎました。

「うぅん…」

 少し汗臭い気がしますし、この蒸し風呂のせいで、肌もべたついています。

「…どうしましょう…」

 僕一人だけの為に、お風呂を沸かすのは躊躇われます。
 では、水浴び…は、駄目ですね。もう陽が暮れますのに、その様な事をして、また熱でも出したら目もあてられませんし、今度こそ旦那様に呆れられてしまいます。
 仕方がありません。とても勿体無いですが、お風呂を沸かして入りましょう。
 お風呂場へと向かいまして、お水を溜めている間に明日の準備をしてしまいましょう。お着替えと、後は草履も必要ですよね。
 準備を終えまして、お水の溜まり具合を見てお風呂を沸かします。
 夜は…おにぎりを食べましたから、必要無いですね。お腹も空いてませんし。

 そうしてお風呂へと入りまして、その後にお風呂を洗いまして、明日の為にお水を張りました。こうして置けば、明日、旦那様がお帰りになられた時に、直ぐに沸きますからね。
 ああ、そうです。手拭いと下着も用意して置きましょうね。

「あ」

 下着を手に取り、僕は気付きました。

「…褌…片手では締められませんよね…」

 まあ、僕がお手伝いすれば良いですよね。
 お風呂のお手伝いは当然致しますしね。

 そうして、明日の予定を頭の中で組み立てながら、僕はお布団へと入りました。

「おやすみなさい」

 と、目を閉じて呟いたのですが、何故か胸がざわざわしました。
 何故でしょう?
 おかしいですね?
 一人で眠るのは何時もの事ですのに。
 閉じていた目を開けて、ぼんやりと天井を見ます。
 何時もの見慣れた天井です。何も変わった処はありません。
 それですのに、この落ち着かない感じは何なのでしょうか?
 むくりと起き上がりまして、台所へと向かいます。

「うぅん…」

 コップに汲んだお水を一口飲んで、僕は唸りました。
 お水を飲めば落ち着くかと思いましたが、まだ、どうにも落ち着かない感じがします。
 このままでは、眠れる気がしません。

「…はふぅ…」

 軽く息を吐いて、台所から茶の間へと移動をしまして、ふと気付きました。

「…これ程静かで…広かったでしょうか…?」

 僕が眠る時には、まだ旦那様が起きていまして、僕が『お先に失礼致します』と言えば、旦那様が『ああ』と、短くではありますが、そう返して下さいました。
 そして、お布団に入りまして『おやすみなさい』と、呟いてから、眠りに付くのです。
 それが無いから、落ち着かないのでしょうか?
 応えてくれる人が…ここに居ないから…。…一人だから…。
 …旦那様が…居ないから…。

「…ふぇ…」

 情けない声が出ました。
 明日になれば、旦那様は帰って来ますのに。
 このお屋敷に。
 旦那様のお屋敷に。
 たったの一晩です。
 それだけです。
 それだけ、ですのに。

「…ふえぇ…」

 ふらふらと、僕は仏間へと移動しました。

『ちぃん…』と、静かにおりんを鳴らします。

「…奥様、申し訳ございません」

 僕は顔の前で両手を合わせて、頭を下げました。

「…今夜だけ…今夜だけです…。ですから、お許しを…。後、旦那様にはご内密にお願い致します」

 そのまま、更に頭を下げて額を畳に擦り付けてから、僕は立ち上がって、旦那様のお部屋へと向かいました。
 押し入れを開けまして、中からお布団を取り出します。
 畳の上に敷きまして、仕上げに枕を押し入れから取り出して、ぎゅっと抱き締めました。
 不思議とざわついていた胸が落ち着いた気がします。
 枕を抱き締めたまま、お布団へと潜り込みます。
 そうしましたら、やはり、また、落ち着いた気がします。

「…おやすみなさい…」

 ぎゅっと、また枕を抱き締めて、僕は目を閉じて呟きました。
 思った通りに、眠れそうです。
 旦那様のお部屋で。
 旦那様の使用してますお布団の中で。
 ぽかぽかとした気持ちで、僕は眠りに付きました。

 そして、翌朝。

「ふえぇええええ…」

 僕はお風呂場で、情けない声を出しながら、粗相をしてしまった下着を洗っていました。
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