旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【二十】

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 両親の訪問の理由は、案の定と云うか、想像の斜め上も行かない安定過ぎる物でした。

『ゆき君を養子にして下さい。そして、今、ここで遺言状を書いて下さい。財産は全てゆき君へと。万が一、私より先に貴方が逝ってしまっても、あんな亡者にビタ一文行かない様にして下さい』

 両親が帰った後、塩を撒いて私の部屋に戻って来たゆかり様の着物の袖を掴み、これまでに無い強い口調でそう言っていました。
 ゆき君はその権利をきっと放棄するでしょう。いいえ、何処かへ寄付をするかも知れません。
 けれど、それで良いのです。私からのちに彼らの手に渡るよりは、その方が良い。そちらの方が遥かに役に立ちますからね。
 紫様は一にも二にも無く頷いてくれました。
 金銭に拘るなんて、私も彼らと同じなのかも知れません。
 いえ、同じだからこそ、こう云った事が出来るのだから、これで良かったのかも知れませんね。
 ごめんね、ゆき君。
 汚い物、醜い物は見せたくないと思っていたけれど、我慢が効かなかったの。

 ◇

『向日葵は偉いです』

『どうして?』

 夏の暑い頃、縁側でゆき君が用意してくれた水の入ったたらいに足を浸していたら、杓子を使ってお庭に水を撒くゆき君が、微笑を浮かべてそんな事を言って来ました。

『こんなに暑いのに、こんなに眩しいのに、何時もおひさまを真っ直ぐと見ているのです。…奥様の様で…とても偉いのです』

 細やかな風に風鈴が揺らされて、涼し気な音を奏でる様なゆき君の声に私は頬を綻ばせます。

『あらあら、そんなに褒められたら舞い上がってしまうわ。冷蔵庫に冷やしたチョコレートがあったわよね、取って来るわね』

 盥から足を抜いて立ち上がろうとした私を、ゆき君が慌てた様子で止めます。

『ふわわわわわ…! その様なつもりはなくてですね…! 奥様は何時も真っ直ぐと前を見て…僕の事も見て、優しく笑って下さっていて…えぇと…それを僕は嬉しく思っていましてですね…その、えぇと…っ…!』

『あらあら。ゆき君には私が向日葵に見えるのね』

 私が笑っているのは、自然と優しく笑えていられるのは、それは、そこにゆき君が居るからだわ。一生懸命なゆき君を見ていると、自然と頬が緩んでしまうのだもの、仕方が無いわ。そして、ゆき君が笑えば、私もまた嬉しくて笑ってしまうのだもの。
 人が太陽を見た時に自然と目を細めてしまう様に。
 こんな風に暑い時に、不意に涼しい風が吹いてほっと息を吐く様に。
 木枯らしの吹く中で陽だまりを見付けて、自然と強張っていた身体が弛緩する様に。
 凍える寒さの中、差し出された掌の温もりに何故だか泣きたくなる様に。
 それは、とても自然に溢れてしまう物だから。
 そう、意識する事無く、ただただ、そうなってしまう物だから。
 ゆき君がそう言うのなら、私は太陽に焦がれる向日葵の様に、ゆき君を見ていましょう。真っ直ぐと目を逸らさないで。ゆき君のその笑顔を見守っているわ。じわじわと、ぽかぽかと、胸がほんのりと温かくなるその笑顔を。

 ――――――――――――――――だから…。
 
 だから…泣かないで…?
 私が思い出すゆき君が何時も笑顔である様に、笑って?
 ゆき君が思い出す私が何時も笑顔である様に、笑って?

「幸せで楽しかったです。弟のお嫁さんも見られましたから」

 本当に…本当に…幸せで楽しかったわ…。

「…だから…笑って下さいな…」
 
 言葉として届いたかどうかは解らないけれど、重く閉じられそうな瞼から見えたのは、紫様の呆けた様な表情と、その後ろで、眉を下げて困った様な顔をしながらも、両手を頬にあてて、一生懸命にそれを持ち上げているゆき君の姿でした。

 そんなゆき君が可愛くて愛しくて、自然と頬が綻んで、胸の奥がぽかぽかとして来て、あれ程重かった身体が軽くなった気がして…気が付けば私はキラキラとした光に包まれていました…――――――――――――――――。
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