81 / 86
向日葵の零れ話
向日葵の散髪屋さん
しおりを挟む
パチリパチリとした音が部屋に響きます。
風が吹くと同時に、チリンチリンとした軽やかで涼やかな風鈴の音も。
「…こんな物かしら?」
茎の長さを調整した青色の桔梗を手に軽く首を傾げた時です。
「ひいっ!? 雪緒!?」
お妙さんの悲鳴の様な声が耳に飛び込んで来ました。
「お妙さん、ゆき君がどうかしたの!?」
手にしていた鋏を畳みの上に置いて私は立ち上がり、風を入れる為に開け放していた障子から顔を出せば、縁側に座るゆき君と、その後ろで鋏を持って立ち竦む青褪めた顔色のお妙さんの姿が見えました。そんなお妙さんとは対照的に、何処かきょとんとしたゆき君の表情が可愛らしいです。
「お妙さん、ゆき君?」
一体、どうしたのかしら?
何も無くてお妙さんがあんな声を出すとは思えませんし。
ゆき君は手が空いて縁側で涼んでいたのかしら?
「ああ、奥様! 坊ちゃんが、雪緒坊ちゃんが!!」
「落ち着いてお妙さん。ゆき君がどうかしたの?」
二人に近付いて行く私に、お妙さんが握り締めた鋏を見せて来ます。
「首にこの鋏を…っ…!」
「え?」
首に鋏?
「ゆき君、何かあったの!? どんな嫌な事があったの!?」
まさかとは思うけれど、そんな事はないと思うけれど…。
自分を傷付けようとしたの!?
気を付けているつもりだったけれど、至らない処があったの!?
ああ、何処が悪かったのかしら!?
無理矢理にお茶に誘っている事!?
ゆき君呼びが実は嫌だった!?
「いえ、何もありませんが。髪が伸びて来ましたので切ろうとしていただけです。お騒がせしてしまった様で申し訳ございません」
「は?」
「へぇ?」
立ち上がって頭を下げるゆき君の言葉に、私とお妙さんの何処か呆けた様な声が重なりました。
「…髪を切ろうとしたの…?」
「はい。こちらへ来ましてから、髪が伸びるのが早くなった様でして。後ろ髪が肩に付きそうなのです」
そう言いながらゆき君は私達に背中を向けて、襟足の辺りを指差しました。
まあ、確かに首が隠れてしまってますわね?
確かに、この時期なら暑くて気になるかも知れませんね。
…って…髪…。
…ああ、本当に驚いたわ…。
「…ああ~…そうかあ…なら、髪を切りに行くかい? お店で切って貰った方が綺麗に…」
ほっと胸を撫で下ろして、そう提案したお妙さんの言葉にゆき君は首を横に振ります。
「いいえ。これまでも自分で切っていましたし、時にはお世話になっています家人の方々が切って下さいましたから。そう言えば、何故か髪を切った後の僕を見て、指を差して笑っていましたけれど、あれは何だったのでしょうか? 髪を切って戴いて感謝しかありませんのに」
真面目な顔で語るゆき君の言葉に、私とお妙さんは言葉を失くしてしまいました。
「…それは…」
「解ったわ、ゆき君。それなら私が切っても構わないかしら? これでも手先は器用なのよ? 今もお花を活けていたのよ。後で見て感想を貰えたら嬉しいわ」
何かを言い掛けたお妙さんの肩に手を置いて、私は身を屈めてゆき君の目を真っ直ぐと見て笑います。
何の疑いも知らない、ゆき君の丸い瞳はとても綺麗で、胸が締め付けられます。
「いえ、奥様のお手を煩わす訳には参りません。僕が自分で…」
「あら。私の腕が信用出来ないと云うのかしら?」
散髪の経験はないけれど…ゆき君が鏡を見ずに自分で適当に切るよりは綺麗に切れる筈だわ。
「いいえ! その様な事は思っていません!」
頬に手をあてて、軽く目を伏せて溜め息を零せば、ゆき君が慌てて否定して来ました。
「それなら、構わないわよね? ほら、座って」
「は、はい…」
にこやかに笑う私にゆき君は観念したのか、素直に頷いてくれました。
「では、私は櫛や鏡等を用意して来ますね」
何処か緊張した感じで縁側に腰を下ろすゆき君を見て、お妙さんは安心した様に目を細めて必要な物を取りに動きます。
「ええ、お願いね」
ゆき君の伸びた髪を見て、私はそっと息を吐きます。
伸びるのが早くなったと、ゆき君は口にしました。
…それは、今まで行き届いていなかった栄養が髪にも回ったと云う事よね?
きっと、この白髪交じりの髪も、もっと黒く艶が出て来る筈だわ。
その頃には、もっとゆき君の表情も柔らかくなっているのかしら?
もっと、もっと、私達に打ち解けてくれているのかしら?
焦らずに、ゆっくりと。
ゆき君と一緒に歩いて行きましょう。ね? ゆき君。
チリンチリンとした風鈴の音に顔を上げれば、空は何処までも青く広がっていて、これから先に広がる無限の可能性がある事を教えてくれる様な気がしました。
風が吹くと同時に、チリンチリンとした軽やかで涼やかな風鈴の音も。
「…こんな物かしら?」
茎の長さを調整した青色の桔梗を手に軽く首を傾げた時です。
「ひいっ!? 雪緒!?」
お妙さんの悲鳴の様な声が耳に飛び込んで来ました。
「お妙さん、ゆき君がどうかしたの!?」
手にしていた鋏を畳みの上に置いて私は立ち上がり、風を入れる為に開け放していた障子から顔を出せば、縁側に座るゆき君と、その後ろで鋏を持って立ち竦む青褪めた顔色のお妙さんの姿が見えました。そんなお妙さんとは対照的に、何処かきょとんとしたゆき君の表情が可愛らしいです。
「お妙さん、ゆき君?」
一体、どうしたのかしら?
何も無くてお妙さんがあんな声を出すとは思えませんし。
ゆき君は手が空いて縁側で涼んでいたのかしら?
「ああ、奥様! 坊ちゃんが、雪緒坊ちゃんが!!」
「落ち着いてお妙さん。ゆき君がどうかしたの?」
二人に近付いて行く私に、お妙さんが握り締めた鋏を見せて来ます。
「首にこの鋏を…っ…!」
「え?」
首に鋏?
「ゆき君、何かあったの!? どんな嫌な事があったの!?」
まさかとは思うけれど、そんな事はないと思うけれど…。
自分を傷付けようとしたの!?
気を付けているつもりだったけれど、至らない処があったの!?
ああ、何処が悪かったのかしら!?
無理矢理にお茶に誘っている事!?
ゆき君呼びが実は嫌だった!?
「いえ、何もありませんが。髪が伸びて来ましたので切ろうとしていただけです。お騒がせしてしまった様で申し訳ございません」
「は?」
「へぇ?」
立ち上がって頭を下げるゆき君の言葉に、私とお妙さんの何処か呆けた様な声が重なりました。
「…髪を切ろうとしたの…?」
「はい。こちらへ来ましてから、髪が伸びるのが早くなった様でして。後ろ髪が肩に付きそうなのです」
そう言いながらゆき君は私達に背中を向けて、襟足の辺りを指差しました。
まあ、確かに首が隠れてしまってますわね?
確かに、この時期なら暑くて気になるかも知れませんね。
…って…髪…。
…ああ、本当に驚いたわ…。
「…ああ~…そうかあ…なら、髪を切りに行くかい? お店で切って貰った方が綺麗に…」
ほっと胸を撫で下ろして、そう提案したお妙さんの言葉にゆき君は首を横に振ります。
「いいえ。これまでも自分で切っていましたし、時にはお世話になっています家人の方々が切って下さいましたから。そう言えば、何故か髪を切った後の僕を見て、指を差して笑っていましたけれど、あれは何だったのでしょうか? 髪を切って戴いて感謝しかありませんのに」
真面目な顔で語るゆき君の言葉に、私とお妙さんは言葉を失くしてしまいました。
「…それは…」
「解ったわ、ゆき君。それなら私が切っても構わないかしら? これでも手先は器用なのよ? 今もお花を活けていたのよ。後で見て感想を貰えたら嬉しいわ」
何かを言い掛けたお妙さんの肩に手を置いて、私は身を屈めてゆき君の目を真っ直ぐと見て笑います。
何の疑いも知らない、ゆき君の丸い瞳はとても綺麗で、胸が締め付けられます。
「いえ、奥様のお手を煩わす訳には参りません。僕が自分で…」
「あら。私の腕が信用出来ないと云うのかしら?」
散髪の経験はないけれど…ゆき君が鏡を見ずに自分で適当に切るよりは綺麗に切れる筈だわ。
「いいえ! その様な事は思っていません!」
頬に手をあてて、軽く目を伏せて溜め息を零せば、ゆき君が慌てて否定して来ました。
「それなら、構わないわよね? ほら、座って」
「は、はい…」
にこやかに笑う私にゆき君は観念したのか、素直に頷いてくれました。
「では、私は櫛や鏡等を用意して来ますね」
何処か緊張した感じで縁側に腰を下ろすゆき君を見て、お妙さんは安心した様に目を細めて必要な物を取りに動きます。
「ええ、お願いね」
ゆき君の伸びた髪を見て、私はそっと息を吐きます。
伸びるのが早くなったと、ゆき君は口にしました。
…それは、今まで行き届いていなかった栄養が髪にも回ったと云う事よね?
きっと、この白髪交じりの髪も、もっと黒く艶が出て来る筈だわ。
その頃には、もっとゆき君の表情も柔らかくなっているのかしら?
もっと、もっと、私達に打ち解けてくれているのかしら?
焦らずに、ゆっくりと。
ゆき君と一緒に歩いて行きましょう。ね? ゆき君。
チリンチリンとした風鈴の音に顔を上げれば、空は何処までも青く広がっていて、これから先に広がる無限の可能性がある事を教えてくれる様な気がしました。
41
あなたにおすすめの小説
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
【完結】君の穿ったインソムニア
古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる