聖女と悪役令嬢と婚約者

てと

文字の大きさ
7 / 8

007 聖女と悪役令嬢と婚約者

しおりを挟む

 ――目を覚ました時、最初に映ったのは黒髪の少女の顔だった。

 見間違えるはずもない。ミレーユである。彼女はこちらが意識を取り戻したのに気づいたのか――今にも抱きついてきそうな勢いで、がっと私の手を握ってきた。

「よ、よかったぁ! 気づいたんですね……!」
「…………ここは」
「医務室です! トラスさんが、怪我しているレーナさんを運んだんですよ。それで――」
「あなたが癒した……というわけね」
「はいっ」

 ニッコリと笑顔を浮かべる少女は、優しさに満ちた聖女そのものだった。……相変わらず、いい子ちゃんである。ドジなところがあるのが、玉に瑕だけど。
 いつもだったら、私は彼女に毒舌を吐いていたことだろう。だが、さすがに今の状況では罵るわけにもいかない。傷を治してくれた恩人なのだから。

「……ありがとう。助けてくれて」
「そんな……わたしも、レーナさんからいつも助けてもらってますから……」

 恐縮そうな顔で、謝意を口にするミレーユ。
 思い返してみれば、学園生活の中で私も彼女にけっこう干渉していた。ほかの貴族の女子グループが彼女をいじめていた時は、悪名を高めるためにこれ幸いと全員をけちょんけちょんに貶めたっけ。あとはミレーユにしつこく付きまとう男子貴族に対して、グランディス家の武勇を知らしめるのも兼ねて決闘でボコボコに負かしたり。

 …………。
 ミレーユをさんざん罵倒しているわりに、やっていることは完全にヒーローのそれな気がするわね……。

「――それはともかく」

 冷静に反省すると恥ずかしいので、私は話題を変えることにした。

「トラスは、どうしているかしら?」
「別室で先生たちから、事情を聴かれているみたいです。……あっ、レーナさんが目を覚ましたって報告しに行きますね」
「……ええ、お願い」

 ミレーユはニコリと笑みを浮かべると、ベッドから離れて医務室を出ていった。医師も席を外しているようなので、これで私ひとりだけの無人の部屋となる。ふっと気が軽くなり、私は大きくため息をついた。
 なんとなく脇腹に手を当ててみると、そこはいつもと変わらない状態だった。完全に傷が治癒されているようだ。さすがは聖女様の力である。

 ――生きている。

 あらためて実感し、私は笑みを浮かべた。この世界に生まれてから、自分の命なんてほとんど気にかけていなかったのに。“物語”を知っていた私は、どこか傍観者のように過ごしてきたというのに。死を間近に感じて、そして助かったことに安堵している私は――まるでこの世界の住人そのものだった。

 ミレーユも、トラスも。
 ただ神によって創られた人形ではなく、意志を持って生きている人々だった。死にかけていた私に対して、必死に力を尽くしてくれた二人は――レーナ・グランディスという人間にとって、かけがえのない存在だった。

 ふいに、体の奥から感情が湧き上がってきた。
 抑えてきたものが、あふれ出てくるように。
 今までの記憶と、思い出が蘇ってくる。心地よい感覚だった。まるで人間の心を取り戻したような。
 今の私は、素直な心境だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

処理中です...