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007 聖女と悪役令嬢と婚約者
しおりを挟む――目を覚ました時、最初に映ったのは黒髪の少女の顔だった。
見間違えるはずもない。ミレーユである。彼女はこちらが意識を取り戻したのに気づいたのか――今にも抱きついてきそうな勢いで、がっと私の手を握ってきた。
「よ、よかったぁ! 気づいたんですね……!」
「…………ここは」
「医務室です! トラスさんが、怪我しているレーナさんを運んだんですよ。それで――」
「あなたが癒した……というわけね」
「はいっ」
ニッコリと笑顔を浮かべる少女は、優しさに満ちた聖女そのものだった。……相変わらず、いい子ちゃんである。ドジなところがあるのが、玉に瑕だけど。
いつもだったら、私は彼女に毒舌を吐いていたことだろう。だが、さすがに今の状況では罵るわけにもいかない。傷を治してくれた恩人なのだから。
「……ありがとう。助けてくれて」
「そんな……わたしも、レーナさんからいつも助けてもらってますから……」
恐縮そうな顔で、謝意を口にするミレーユ。
思い返してみれば、学園生活の中で私も彼女にけっこう干渉していた。ほかの貴族の女子グループが彼女をいじめていた時は、悪名を高めるためにこれ幸いと全員をけちょんけちょんに貶めたっけ。あとはミレーユにしつこく付きまとう男子貴族に対して、グランディス家の武勇を知らしめるのも兼ねて決闘でボコボコに負かしたり。
…………。
ミレーユをさんざん罵倒しているわりに、やっていることは完全にヒーローのそれな気がするわね……。
「――それはともかく」
冷静に反省すると恥ずかしいので、私は話題を変えることにした。
「トラスは、どうしているかしら?」
「別室で先生たちから、事情を聴かれているみたいです。……あっ、レーナさんが目を覚ましたって報告しに行きますね」
「……ええ、お願い」
ミレーユはニコリと笑みを浮かべると、ベッドから離れて医務室を出ていった。医師も席を外しているようなので、これで私ひとりだけの無人の部屋となる。ふっと気が軽くなり、私は大きくため息をついた。
なんとなく脇腹に手を当ててみると、そこはいつもと変わらない状態だった。完全に傷が治癒されているようだ。さすがは聖女様の力である。
――生きている。
あらためて実感し、私は笑みを浮かべた。この世界に生まれてから、自分の命なんてほとんど気にかけていなかったのに。“物語”を知っていた私は、どこか傍観者のように過ごしてきたというのに。死を間近に感じて、そして助かったことに安堵している私は――まるでこの世界の住人そのものだった。
ミレーユも、トラスも。
ただ神によって創られた人形ではなく、意志を持って生きている人々だった。死にかけていた私に対して、必死に力を尽くしてくれた二人は――レーナ・グランディスという人間にとって、かけがえのない存在だった。
ふいに、体の奥から感情が湧き上がってきた。
抑えてきたものが、あふれ出てくるように。
今までの記憶と、思い出が蘇ってくる。心地よい感覚だった。まるで人間の心を取り戻したような。
今の私は、素直な心境だった。
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