スレイヴイーター

鬼畜姫

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沈黙の聖女

猛毒の聖女

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 果たして――。
 外見だけを見て、一体、誰が信じるというのだろうか。

 僕が王に次ぐ権力を持った存在なのだと。

「確かに身なりは貴族だけれど、日陰者の僕に威厳なんて一生ついてこないだろうな……」

 僕は目立つことが嫌いだ。
 偉ぶりたくもないし、誰かの為に犠牲になるなんてナンセンス。
 貴族の義務ノブリス・オブリージュは、他の誰かに任せてしまえばいい。
 そんなことよりも、自分の為に知的好奇心をひっそりと満たしている方が性に合っている。
 カーテンを閉め切って、昼間にも関わらず灯りをつけながら、書斎に入り浸ることに愉悦を感じる日陰者なのだ。

 フラスコから吹き出す魔法冷却水のおかげで部屋も快適。
 紀行を読めば外に出た気分にもなれる。

 ほら、これで部屋を出たいと思う方が、僕はどうかしていると思うね。

 しかし、それでも――。

 日陰者の僕はバルコニーに出て、わざわざ白日の下に晒されに行くのだ。

 眼下で輝く、眩しい太陽を拝む為に。

 黒のワンピースに白のエプロンというクラシカルなメイド服を着た彼女は、肩まで伸びた亜麻色の髪をなびかせながら薔薇庭園の手入れをしていた。

 まったく、いつもながら下品な身体だ。

 胸元を飛び出すように強調させ、更にミニスカートといった――最近流行りのディアンドルなメイド服を不採用にした意味がないほどに、圧倒的なまでの胸の大きさは僕の視線を惑わせる。
 これでパニエも着けていなかったら、色気を抑えたロングスカートだって安産型の臀部でんぶをくっきりと浮かばせていたに違いない。

 しかし、そんな姿を酷評しつつも、慎ましい動きでテキパキと作業をこなしていく彼女に惚れ惚れしている自分がいる。
 だけどまぁ、こうしてこっそり覗いていれば、どっかで馬脚を現すだろうさ。

 ――なんて、僕の願望が実現するわけもなく。

 雑草はきちんと根元から抜き取られ、僕の育てた薔薇を雑に扱う様子もない。
 動きに品があって、僕よりも貴族らしい雰囲気の彼女は、薔薇に囲まれて美しさを際立てているのだ。
 彼女に失態らしい動きは見当たらず、むしろ褒めるところしか増えてこない。

 ――ほら、それどころか、もうこっちに気が付いた。

 上品に小さく手を振って見せ、ニコニコと笑うのだ。
 可愛くないわけがないし、悔しいが認めざるを得ないのである。

「ああ、わざと覗き見していたわけじゃないさ。君は頑張り過ぎるからね……」

 慌てて視線を逸らし、情けない言い訳を述べる。
 もちろん、自分にしか聞こえない声量で。

 ――奴隷相手に何を遠慮しているのだろう。

 そう、僕は彼女という最高峰の奴隷を買ったというのに、その用途を持て余していた。
 買いたくて買ったわけじゃない。
 誰も買う条件が満たされそうになくて、売れ残れば殺されるという境遇に同情しただけだ。
 そして、奴隷商人に脅されて仕方なく買ったのである。

 思えば――親友が奴隷市場へ僕を連れて行くことさえしなければ、彼女と出会うこともなかったわけだ。

 親友は僕を慰める為に屋敷から外へ連れ出した。
 命令に何でも従う奴隷を買えば、失恋から立ち直ると考えたらしい。
 貴族が仕えているメイドに振られたなんて聞いたら、そりゃ心配にもなるだろう。
 僕も女性嫌いを克服する為に、一度だけ信じてみようとしての大恋愛だったのだ。
 凄く落ち込んでいたし、それを見かねての強行だった。

 そうして、行き先も告げられずに僕は奴隷市場に向かったのである。

 しかし、まさかその原因が奴隷市場に向かわせただけでなく、奴隷商人に脅される要因にもなるとは思わなかった。
 失恋からクビにしたメイド――彼女の就職先が奴隷商人で、僕に満足できなかった腹いせからなのか、面接時に僕の秘密をあっさり奴隷商人の長に売り渡していたのだ。

 そして、運命は僕にマリア=クロスハートという奴隷を巡り会わせた。

 マリアと過ごした時間は、奴隷市場から帰る道中も含めて五日間。
 その間に分かったことと言えば――。

 マリア=クロスハートという名前。
 僕よりも二歳年上の二十一歳であること。
 残酷な境遇の末に奴隷になったこと。
 東の隣国、聖王国ウィンディズで聖なる魔法が使えるシスターだったということ。
 その中でも優秀な聖女と呼ばれる存在だったこと。

 そして――しなくていいと命令をしても、やたらと僕の世話をしたがるということだ。

 年上だからなのか、何なのか。
 その母性本能の塊のような――そんな彼女からの視線を受け取る度に、僕の心は甘く締め付けられるのだ。

 ――ほら、今だって。

『あの……、お世話――やっぱり要りませんよね』

 僕の『要らない』と言う視線に、しゅんと落ち込む彼女がそう言っている気がして。
 大人びた彼女の子供っぽい仕草に、背伸びしてでも頭を撫でてやりたい気分にさせられる。

 ――いやいや、冷静になれ。

 もう女性なんて信じてなるものか。
 外見どころか内面すら取り繕う生き物なんだぞ。

「これで処女だなんて、詐欺もいいとこだな」

 挑発的で、男の味なんてとっくに知っていそうな身体なのに、シスターとは処女にしかなれない職業なのだそうだ。
 さっき読んでいたウィンディズの紀行にそう書いてあったのだから、この魔法王国クリアステルに移送される間に乱暴されていない限りは処女で間違いないのだろう。

 ――まぁ、それを確かめるつもりもないが。

 奴隷購入後に最後のボディチェックができるのだが、僕はそれを断った。
 裸に剥いて、傷が無いかとか、処女を確かめるとか、そんなことをしていたら僕の理性は完全に吹き飛ばされてしまう。
 そんな僕だ。買った今でも風呂で体を洗わせたり、ましてや性欲処理をさせることなどできるはずがない。

 先手を打って、それらを『するな』と彼女には魔法で命令までしておいた。
 料理だって作らせない。
 僕の秘密を知ってしまえば、本来であれば命令に抗えないはずの魔法に隙があることがバレてしまう。

 そんな時に気を許して、毒でも入れられたらまずいだろう?

 だから――。

「そろそろお茶にしようか」

 僕は自分で料理を作る。
 雇ったメイドは全てクビにしたので、この屋敷は僕と彼女の二人だけなのだ。
 彼女の休憩にも丁度良い。

 僕の声を聞いたマリアは、ぺこりとお辞儀をした。
 そして、庭の手入れを切り上げる準備に取りかかる。

 返事の声はない。

 彼女の残酷な境遇の一つに、仲間からの裏切りがあった。
 その時、魔法を二度と唱えられないようにと、声を封印されてしまったのである。

 彼女の声を聞いたら、僕はもっと女性嫌いで苦しんでいたかもしれない。

 それはもう、美しかったのだろう。

『かしこまりました』

 お辞儀に込められた――そんな言葉に音色を付けるとしたら、きっと自分にとって心地よいものだったに違いない。

 そして、声が聞けないことを残念だと思ってしまう僕は、もう既に毒されているのかもしれない。

 沈黙の聖女が放つ妖艶なる猛毒に。
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