スレイヴイーター

鬼畜姫

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沈黙の聖女

パンドラの箱を望む者たち

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 親友の用意してきた袋の中身は、貴金属の箱に保管された古い本だった。
 その本はページが抜けていて、冒頭しか残されていなかったのだが――。

 冒頭だけでも衝撃のある内容なだけに、僕は興奮しながら叫んでしまっていた。

「マーリンって、とんがり帽子のマーリン!?」

 そう、僕が好きだった童話のタイトルだ。

「お前も好きだったろ? 俺もさ」

 僕はローリエに本を回す。
 やはり内容に驚いたようで、すぐさま親友に尋ねた。

「これは何だ!?」

「歴史的価値のある最古の文献ってやつかな」

「そんなものをどうして貴様が持っている?」

「俺のじゃないさ。これは色王の所有物だぜ」

「「「「色王!?」」」」

 奴隷を含めた全員が驚く中で、僕は冷静に「盗ったのか?」と尋ねる。

「いいや、と答えれば想像がつくだろ?」

 それはつまり、意図的に貸し出したということだ。

「まさか色王が計画に加担しているとはな。もちろん、貴様の計画とこの文献の内容を信じれば――の話だが」

 まあ、疑ってしまうのは無理もない。
 魔法の中に秘術アルカナと呼ばれる種類があることや、数字分けされた魔法の体系など魔法学校で教わらなかったのだから。
 それに加えて、人類を誕生させた人物が童話の主人公だと書かれているのだ。
 これで混乱するなと言う方が酷だろう。
 最初こそふざけてしまったものの、僕たちは自分たちの未来を見据える会食をしているのだ。
 本題でふざけるほど親友だってバカじゃない。
 だからこそ、冗談でないとすれば、歴代色王に騙されていないのだとすれば、これは本当に恐ろしいことなのだ。
 
 僕たちは今、世界の禁忌タブーに触れてしまっている。

「まず、敢えて僕は尋ねるからな? ここまで踏み込んでまでして、敵を大勢作ってまで世界を平和にするべきなのか?」

 魔法を消す方法を見付けたところで、国内政策の一環として利用するのだと思っていた。
 外国に行くにしても、その方法を見付けるだけの旅なら気楽なものだっただろう。

 しかし、宝の地図と比喩された文献は、見事なまでに財宝の詳細を語ってしまっていたのだ。

 他国も欲しがるものである、と。
 他国が妨害するものである、と。
 使い方を間違えれば世界を滅ぼしかねない危険なものなのだ、と。

 しかし――。

「平和の為だ」

 親友は言い切った。
 言い切ったが、そんなのは綺麗事だ。
 この財宝の使い道を示しているに過ぎない。
 果たして、その財宝を利用する時までに無事な民は何人生き残っているのだろう?

「平和?君は誰もいなくなった屍の山でも平和と呼べるのかい?」

 僕は首を横に振る。

「私もこの魔法を追い求めるのは危険だと思った。しかし、貴様が考え無しに選択するとも思えない」

 ローリエの方が事を冷静に分析していたらしい。
 息を整えながら「で、どうなんだい?」と僕は親友に真意を尋ねた。

「まあ、待てよ。貴族だけの意見で終わらせる話じゃないだろ」

 親友は答えをはぐらかし、奴隷の三人へと視線を向ける。

「じゃあ、べーたんも読んでいいっすか?」

「ああ、しかし読めるのか?」

 バカにしたわけではないのだろうが、ローリエの言葉が気に触ったのだろう。

「べーたんだって、これくらい読めるっすよ」

 頬を膨らませながら本を受け取ると、一瞥してマリアに回してしまった。

「やっぱり、古文は難しかったか?」

 読むのを諦めたのだと思ったローリエは、ベクティアに尋ねる。
 しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。

「ああ、ちょっと眼球の運動と脳の処理を魔法で倍速にしたっす。もう読んだっすよ」

「何だと?」

「信じてないっすか? マーリンの爺ちゃんって、若い頃は結構危ない性格してたかもって話があったっすよね?」

 きっちり内容は理解しているようで、僕もその便利な魔法の効果に思わず感心してしまっていた。

「いや、しかし……魔力を増やしたり、肉体を強化したりと、とんでもない魔法だな。オルソン、彼女は本当にSクラスで収まったのか? これではまるで――」

 ローリエのマリアを一瞥する目で、何を言わんとしているのかが良く分かる。

「ああ。マリアちゃんの時みたいに目立たなかっただけで、ベクティアだって俺の『溶解』がなければ屈服できない規格外の奴隷さ」

「そんなに凄いのか?」

 インチキ臭い能力だとは思うが、ベクティアの魔法は高次元過ぎて計り知れないんだよな。

「こいつの祖国。女王至上主義の島国ストリングランドでは、人型魔法兵器『オートマトン』を操って戦う部隊がいるらしい。少女のような見た目の人形に騙されて、他国の魔法使いは恐怖するんだと」

「えっ!?」

 ぎょっとして、僕はベクティアに視線を向ける。

 ――まさか……、この娘が人形?

「オートマトンは魔法を使わないっすよ。あくまでも、操られる側っす」

 彼女の言葉に僕はほっと胸を撫で下ろす。
 こんな可愛い兵器がいたらと思うと、寒気を感じてしまったからだ。

「じゃあ、自分も操れる便利な魔法ってわけだ」

「ん~、実はデメリットなんすけどね。この魔法はっす」

「えっ、でも実際に今、使ったよね?」

「矛盾しているな」

 そんな僕たちの疑問に親友は告げた。

「いや、矛盾しているようで、矛盾していない。ベクティは人間やめちまってるのさ」

「人間をやめた? まさか、自分を人形の体にして操っているなんて言わないよね?」

 さらっと思い付いた僕の異常な答えに、親友とベクティア以外の全員が強張った顔を見せた。

「――仕組みは合ってるっすよ。ただ、魔力を生み出す魂が解明されていないっすから、人形の体でこれをやったら、とんでもない魔力補給が必要になりそうっすけどね」

「『仕組みは』って……。人間の身体で人形になりきるとか? いやいや、そんな暗示みたいなもので――」

「なりきるんじゃねえ。こいつは人形そのものになったんだよ」

「いや、だから人形の体で魔法は無理だって言ったじゃないか……」

「じゃあ、人間と人形の違いってなんすかね?」

「え、そりゃあ生きていないから基本動かないってことだろう? 動力を取り付けたり、操ったりしても生物としては判断されな――」

 そこまで語って、僕は真の寒気に襲われた。

 人間が人形になりきる究極の形とは、つまり――。

「そういうことっすよ。べーたんは生命活動を一切行っていない身体を操っているっす」

 リビングデッド――。

 僕は『生きる屍』と呼ばれる魔物を最初に思い浮かべた。
 しかし、世界の果て、死線デッドラインを越えた先に生息する魔物とは別物なのだろう。

 僕はベクティアの説明に耳を傾ける。

「死んだべーたんの身体をオートマトンに見立て、姉ちゃんは姉妹一緒にストリングランドの女王を目指すって誓ったんす。べーたんの心臓を魔法で動かして、身体の機能を魔法で働かせて、植物人間状態のべーたんを愛でてくれたんすよ」

 遠い目でベクティアは語った。

「しかしある時、べーたんは自分の意識が残っていることに気が付いたんす。魂はそこにあったんすね。姉ちゃんに負担をかけまいと、べーたんは自分の身体を動かしてみたんすよ」

 ふう、とため息をついて。

「でも、最初は何もできなかったっす」

「ダメ……だったのか?」

 ローリエが自分のことのように苦い顔で尋ねると、ベクティアは笑って答えた。

「この肉体は自分のものではない。そう納得させるのに時間がかかったんすよ。ベクティア=ストリングとは恐れ多くも初代女王の名前っすから。後は分かるっすよね? よかれと思って自立してみせれば、操る対象を必要としない凶悪の魔法使いが誕生してしまったんすから。私は姉ちゃんと一緒に女王になる為に名前を付けたのに、姉ちゃんにとっては忌まわしいライバルが皮肉で付けた名前になってしまったんすよ」

「ほら。結局、蓋を開けてみればどこの国も魔法で苦しめられているってわけだ。ストリングランドのように攻撃的な国だと余計な情報は出てこないからな」

「そんな国でさえも君は救おうって言いたいのかい?」

 だから世界を相手に戦うと?

 僕は言葉を続けようとしたが、親友は首を横に振った。

「ベクティアを眠らせてやるという小さな幸せでさえ、願ってもいけないか?」

 その親友の言葉に驚いていたのは、ベクティア本人だった。

「はぁ……、あなた様は本当に目敏い方ですね」

 ベクティアの凛とした態度は、深いため息さえも上品に見せていた。
 さっきまでの子供らしい彼女は消え去ってしまっていた。

「こいつは人間が自動的に行っているものを全て自分の魔法で制御しなければいけない。臓器、筋肉の動き、神経伝達など全てだ。つまり、魔法で全力を出せば、肉体を維持できずに死んでしまうんだぜ。数分だって休める時間もないんだ。それでも長く生きてるんだから理由だってあるんだろう。そう考えたら自然と答えは出ていたんだ」

「魔力回復量三倍。魔力消費量三分の一。魔力総量三倍で、常人の二十七倍もの限界を持つわたくしは、常に魔力切れが起きないように計算しております。個人的には寿命を三倍になんてしたくはなかったのですが、目的の為にならば致し方ありません」

 そうか、この人は既に人間以上の年月を生きてしまったんだ。
 肉体が年をとらないだけで――。

「姉が他界したと聞き、私は彼女の忘れ形見である姪を見守る為に祖国へと帰りました。しかし、姪は酷く落ちぶれて、盗賊団などという下賎な輩の一味となってしまっていたのです。そんな姪の為に後輩として潜入した私でしたが、結局は助けることができませんでした。とある魔法使いの一味が押し掛けて、殺されてしまったのです」

「とある魔法使い? 盗賊討伐に乗り出したストリングランドの部隊ではないのか?」

 ローリエが首を傾げると、親友が否定した。

「どんな国にでも現れて、優秀な魔法使いを奴隷として売り付ける。そんな死の商人がベクティアの仇討ちの相手なのさ。そして――」

 怒りの表情を露にして、親友は告げた。

「こいつらが0番目の魔法を探していると言ったら、お前らは0番目の魔法を求める俺を非難するか?」

 そんな危険な相手に0番目の魔法を渡したら、世界はもっと争いの火種を撒き散らされてしまう可能性が高い。

 戦争を売り物にする奴が平和なんて求めるはずがないのだ。

 生まれるのは更なる混沌か――。

 0番目の魔法を手に入れる。
 きっとそれは、これからもマリアと一緒に暮らしていく上で必要なことなのだろう。
 ローリエだって、エルフの故郷である大森林が危険に晒されるかもしれないのだ。
 黙っていられるはずもない。

 マリアだって、ベクティアだって、絶華だってきっと同じ気持ちなのだ。

 全員の決意は固まった。

 しかし、そう思った僕の視線に苦しそうな表情を浮かべた人物が映される。

 に向けて、親友は尋ねた。

「なあ、そんな『節制商団』の『くの一』だった意見も聞かせてくれよ。霧隠絶華ちゃんよぉ」

 驚き、いち早く視線を向けたベクティアを合図として、全員がローリエつきの奴隷へと視線を向ける。
 ローリエに至っては困惑し、動揺の色を隠せない様子だ。

「嘘だろう、絶華?」

 苦しむ男装の奴隷は、主人であるローリエを見ていない。
 その視線に殺気を含ませながら、ただじっと親友を見つめていた。
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