スレイヴイーター

鬼畜姫

文字の大きさ
22 / 24
沈黙の聖女

笑顔が作る絆に

しおりを挟む
「どうして私の記憶を甦らせた!」

 正体がバレたから怒っているわけではない。
 忘れたかった記憶を掘り返されて怒っているのだ。
 ただ、掘り返されただけならまだ拳は収められた。

「都合良く忘れさせておいて、今更これかぁっ!」

 マリアから回ってきた本が記憶復活のトリガーだったらしい。

 色王によって記憶を消された私は、ローリエお嬢様の奴隷として何不自由なく過ごしてこれた。

 そこに安心があったのだ。

 死ぬことなど怖くないと思いたかった。

 テーブルなど障害足り得ない私にとって、音も揺れも感じさせずに殴ることなと児戯に等しい。

 故にオルソン侯爵は無抵抗のまま地面に崩れ伏せた。
 口の中を切ったみたいたが、それでも私は許してやれない。

 お嬢様たちが追うようにして反応したが、 私はそれを制止させる。

「殺すつもりならフォークを刺しています」

 私の言葉を聞いて、オルソン侯爵も手で合図を送る。

『救助は不要』だ、と。

「怒りはごもっともだ。楽しくない話題を振るにしちゃ、最初の方にはしゃいじまったな……」

「それを分かっていながら、あなたという人はっ!」

「そんなに死ぬのが怖いのか?」

「分かっていない。あの方の恐ろしさを何も分かっていないから軽々しく言えるのだ! もう半年以上も連絡出来ていないんだぞ!? 私は裏切り者とみなされ、殺される未来が確定してしまった! あなたは私に怯えて過ごさせたかったのか!」

「絶華……」

 ローリエお嬢様の視線が突き刺さる。

 違うのです、お嬢様……。

 あの方の予言は決して外れない。
 
 年内までに価値のある潜入報告が済まされなければ、私は確実に処刑されてしまうのです。

 私は――。

「怖くないって言ったら嘘になる。俺だってお前のところのリーダーには一度殺されかけた」

「殺されかけた? あの方が失敗するはずがない」

「まあ、そんなに神でもない人間を崇拝してくれるなよ。あいつだって失敗はする。色王が俺を助けてくれたんだ」

「色王…………か。確かに私を無力化した実力は認めるが――」

「信じてくれないか? 俺たちは君を本当の意味で恐怖から解放する為に、なぁ?」

 オルソン侯爵はお嬢様とフレデリック伯爵を見上げる。

「ああ、戦うぞ。絶華の敵は私の敵だ!」

「僕もさ」

 マリアも大きく頷いている。

 頼もしい言葉を受けて、私の気持ちが揺らいだ。
 しかし――。

 簡単に決定できるはずもない。

「あなたは納得できるのか?」

 どうやら年上らしい少女を一瞥して、私は尋ねた。

「納得? 何のことっすか? それよりも、嬉しいっすねぇ。うちの先輩を殺った一味がのこのこ現れてくれたんすから」

 ベクティアの殺気が膨れ上がり、私の身体を震わせた。

 盗賊団に潜入していた彼女は何を思ったのだろう。
 姪に正体を明かさぬまま――ただの後輩だと思われたままで後悔しているのだろうか。

 だからその口癖も、盗賊の頃の行儀の悪い態度も忘れたくないのだろう。

 憶測でしかないが――。

 大事な思い出だったに違いない。
 たとえその手を汚す日常に嫌悪していたとしても。
 きっと何かが彼女を引き留めていたはずなのだから。

 私はうつむきながら告げた。

「もう、いい…………。あなたに殺されるなら納得もしよう。似たような生活を送ってきた人間に怨まれる。きっとこれが私の――」

 パァンという乾いた音がして、顔を上げればベクティアがマリアに頬を叩かれていた。

 続いて、私にも平手打ちが飛んでくる。

『くだらない喧嘩は終わりにしましょう』

 マリアのメモ帳を読んで、「くだらない喧嘩? 彼女の復讐はそんな簡単に割り切れるものじゃないですよ?」と私は吐き捨てる。

「同情っすか?」

「そうですね。お嬢様と行動を共にしていた自分を重ねたのかもしれません」

「でも、同情や命乞いなんて、べーたん達にはまったく必要ないっすよね?」

 ――ああ、そうだ。

 だからこそじゃないか。
 同じように泥水をすすってきた人生だと思えるからこそ、道を譲れる気にもなる。

 しかし、マリアは納得していないようで、ベクティアの面前にメモ帳を差し出した。

「はぁ? それは無駄死にってことっすか?」

 何が書かれていたのかは知らないが、マリアは首を横に振って次の文章を書いて見せる。

「だからあの男装奴隷を許すべきって言いたいんすか?」

 マリアはまたしても首を横に振った。

 そして、次のメモ帳を読んだベクティアは押し黙ってしまう。

 しばらくの間、静寂が食堂を支配する。

「…………あんたみたいな悪人が一番やっかいっすね」

 苦笑いを浮かべ、「本当はべーたんよりババアなんじゃないっすか?」と告げるベクティアに、マリアはペチンと彼女の額を叩くのだった。

「分かり合えるチャンスを逃す人は愚かで下らない人間だそうっすよ?」

 なるほど、下らない喧嘩とはそういう意味か。

「分かり合えるチャンスがあったはずなのに、憎しみ合ったり、殺し合いになるような人間は救いようのないクズだそうっす」

「シスターが言うセリフではないな…………」

 ローリエお嬢様は恐ろしい者を見るような表情でマリアを評した。
 男性陣は腹黒いマリアの言葉に圧倒されて固まってしまっている。

 シスターにどんな清楚な幻想を抱いているのやら。

 私は呆れつつも、マリアの気持ちを代弁するベクティアの言葉に耳を傾ける。

「そういうクズに限って、無関係な人間を勝手に巻き込んで、中途半端な良心で後悔するらしいっすよ。だったらそうなる前に自殺してくれた方がマシなんだそうで――これが聖女とか呼ばれてたんすから、ウィンディズは随分と性根の腐った神を信仰しているんだと思わないっすか?」

 ベクティアは笑いながら私に尋ねた。

「なるほど、ふふっ! はははっ!」

 この聖女は遠回しに『お前ら、面倒臭いから死ね!』と告げたのだ。

 それはそうだろう。
 私とベクティアがいなければ外国や敵対勢力の話は深く掘り下げなかったかもしれないが、彼女の立場からしてみれば計画の妨げになるかもしれない遺恨は邪魔でしかないのだ。

 彼女にとっては御主人様に尽くす方が大事なのだろうから。

 しかし、どうやら私にも彼女が上品に映り過ぎていたようだ。

『私と御主人様の燃えるようなセックスを邪魔することは神であっても死で償ってもらいますっ!』

 そのメモ帳に大きく書かれた宣言に、私もベクティアも笑いが止まらなかった。
 オルソン侯爵に至ってはドン引きしている。
『マリアちゃん、あんな下品だったの?』みたいな視線をフレデリック伯爵に向けていた。
 フレデリック伯爵はそれを受けて、『その方が興奮しない?』みたいな視線を向けるが、オルソン侯爵は腕を組んで唸る。
 どうやら上品と下品のマリアを想像してどっちが興奮するか脳内会議を開いているようだ。

 ――心底、どうでもいい。

 一方、ローリエお嬢様は顔を赤くしていたが、あれは笑いをこらえて恥ずかしがっている顔だ。

 そうか、前にもこんなことがあったな。

 お嬢様は私を男だと勘違いして、奴隷商人に『女奴隷の中に男が混じっている!』と文句を言ったことがある。

 商人に言い負かされた時のお嬢様の顔ときたら――。

 今でも思い出しただけて笑いが込み上げてくる。

 そうだ。
 まだ死にたくない。
 私は自暴自棄になって死を受け入れた振りをしていただけだ。
 それを伝えずに死ぬのは、諦めるのと一緒なんだ。

「私は暗殺者として失格なのでしょう。あなたみたいに達観できないし、あなたの達観ぶりは私よりも長く生きてこられたからだと解釈してしまっている」

「随分と開き直ったっすね」

「私は生きていたいんですよ。今まで泥水をすすってきた分、笑っていたいんです」

「許されたいんすか?」

「いや、許されなくても構わない。あなたの姪を殺した作戦に加わっていないし、内容を知らされてもいなかった。それで今は怒りを鎮めてもらえないだろうか?」

「その代わり、知っていることは全部白状して協力してもらうっすよ?」

「私が自由になる為だ。是非もない」

 心を潜ませないで晒すことがこんなに心地良いとはな。

 ローリエお嬢様を一瞥すれば、自分ごとのように喜んでいらっしゃる。

 全員が笑顔だった。
 それが何よりも嬉しかった。

 この出会いに感謝を込めて。
 願わくば、この出会いが皆を巻き込む運命ではないと信じて――。

 これからも笑っていられたらと私は思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

真実の愛のおつりたち

毒島醜女
ファンタジー
ある公国。 不幸な身の上の平民女に恋をした公子は彼女を虐げた公爵令嬢を婚約破棄する。 その騒動は大きな波を起こし、大勢の人間を巻き込んでいった。 真実の愛に踊らされるのは当人だけではない。 そんな群像劇。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...