レンタル彼氏、30日。

A

文字の大きさ
上 下
17 / 23
幼馴染①

【スピンオフ❶】irony-前編

しおりを挟む
※サブカップル雅臣×凪斗のお話です。
※ハル涼は出てきません。
※本編では涼弥に対してタチだった凪斗がこちらでは受けです。

幼馴染としても男としても凪斗をずっと大事に想ってきた雅臣 × 本当は雅臣のこと独占したいけど「友達」じゃなくなるのが怖くてふらふらしている凪斗
です。


========================


19年前
京都市某所

「あんな、これはナイショやねんからな。マサくんだけにトクベツに教えるんやから」
 凪斗はそう言って、頬を赤らめた。今年一番の夏日。盆地である京都は、30度を優に超える猛暑に見舞われていた。今はスクールバスの中で、冷房が効いているけれど、それでも子供の体には酷暑であることに変わりはない。
 雅臣は次から次へ額に浮かぶ汗をハンカチで拭い、凪斗の顔をた。
「なにぃ?」
「おっきい声出さんといて。みんなに聞こえるやん」
「ごめん、ナギくん」
 雅臣は、今度は水筒から茶を飲んだ。バスに揺られて溢さないように、慎重に口をつける。お手伝いのおばさんが作ってくれた麦茶が、雅臣のカラカラの喉に染み渡った。
 やがて、凪斗がお茶よりもうるうるした目をしながら話し始める。
「あんな、ぼくな……ゆりちゃんのこと好きやねん」
「え。……なんで?」
「遠足のとき、ゆりちゃんと同じ班やってん。手つないで歩いてん」
 凪斗の顔がじわじわと赤くなっていく。しかし、雅臣は自分の心の中に疑問符ばかりが浮かんでいることに気がついた。そして、まだ8歳の雅臣は、深く考えるということが得意ではなかった。
「それだけ?」
 そう言ってしまったことに、特に悪意はなかった。しかし、直後に凪斗の表情が固まったことで、「悪いことをしてしまった」ことは即座に理解した。
「マサくんの……あほぉ」
「えっ」
「うう……」
 凪斗の目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。それはやがて、大粒の雫となって彼の頬を滑り落ちた。
「うわぁ~ん! ゼッコウやあほぉ~!」
 凪斗が泣き喚いていることは、すぐにバスの車内全体に伝わってしまった。やがて、同じバスに乗っていた教師や、様々な学年の子どもたちが振り返る。
「な……ナギくん、ごめん。泣かんで」
 必死に取りなそうとするけれど、凪斗は一向に落ち着く気配を見せない。そのうちに、全員の視線が凪斗から、雅臣へと移った。2人並んで一番後ろの座席にすわっていたことが仇となったようだ。
「あ~あ、マサがナギ泣かした!」
「ナギくんかわいそう~」
 次々にそんな声が上がったが、雅臣は頭の中がいっぱいいっぱいだった。どうすることもできない。ただ、その日無邪気に凪斗を泣かせてしまったことは、雅臣の中で大きな傷となって残った。





10年後

「おい、お前また恋人できたって? 今度は男か? 女?」
 昼休み。隣のクラスの教室へ入るなり、雅臣はそう言って凪斗に迫った。背の高い雅臣がずかずか歩いてくるので、周囲の生徒たちがちらちら振り返る。しかし、当の凪斗はいつも通りの飄々とした笑顔を崩さない。
「おー、マサくん背ェ伸びたねえ」
「は? 何言うてんねん。中学ん時から俺の方がでかいやろが」
「うんうん、そうやったね。昔はあんなちっこかったのに……」
「うっさいわ。ほんで? 多忙なはずのナギくんはなんでまた恋人作らはったんですか」
 棘を沢山剥き出しにして、雅臣は問い詰めた。凪斗は組んでいた脚を解いて、読みかけだった単語帳を閉じる。目の下には、うっすら隈が出来ていた。
「告白されたから」
「ハァ?」
「好きって言われたから、そうですかって。別に嫌やなかったし付き合おかなって」
「そんなん言うて、どうせまた長続きせんのやろ。今年受験生やで? そんなんしてる場合かよ」
「大丈夫。僕K大A判定やもん」
 それを言われてしまえば、雅臣は黙るしかない。これまで、同じように習い事や勉強をさせられてきたのに、いつのまにか差がついてしまっていた。雅臣は高卒で家業を継ぐつもりでいるが、凪斗は京都で一番の大学に進学しようとしているのだ。
「……でも、勉強時間減るんは変わりないやん」
「えーよ別に。受験あかんかったら僕も高卒で働こかな」
「そんなん……お前は家のこと気にせんでええって言われてるんやろ」
「言われてるよ」
 凪斗は制服のブレザーを脱ぐと、雅臣に手渡した。言われなくても何を頼まれているのか分かるのは、雅臣が雅臣だからだ。
「寝んの?」
「ん」
「ちゃんと飯食った?」
「後で予備校行く前に食べるよ」
 言うなり、凪斗は机に突っ伏した。雅臣はため息をついて、受け取ったブレザーを肩にかけた。細い肩幅だ。凪斗は、身長の割に華奢だと思う。
——恋人おっても俺にさせんねんな。
 雅臣は、先程まで胸裡で渦巻いていた苛立ちをゆっくり抑え込んだ。そうして、凪斗が眠り始めるまで、隣で見守ることにした。どうせ、チャイムが鳴るまで起きないつもりなのだろう。
 しばらく隣の席に座ってぼうっとしていると、突然見知らぬ女子生徒が現れた。雅臣に話しかけたそうに、おずおずと様子を窺っている。
「どしたん?」
「あ、今井くん……やっけ? 隣のクラスの」
「うん、そう。あーごめん、ここの席の人? すぐどくわ」
「ううん、違うねん。八代くんにこれ、食べてもらいたくて」
——ああ、この子。
 雅臣はすぐに気がついた。きっと、数日前凪斗に告白した女だ。腹の底から、沸々と汚い感情が湧き起こってくる。雅臣は懸命に表情を繕って、ゆっくりと口を開いた。
「残念やったな。ナギ、寝てもうたわ」
「そうやんな。お昼ご飯食べへんのかな……?」
「今日は食べへんねやと思う」
「うん、でも……後で渡しといてくれへん? せっかく作ったから」
——作ったんか。お前も受験生のくせに。
「ええよ。起きたら渡しとくわ」
「ほんま? ありがとう」
 女は弁当箱を雅臣の座っている机にしっかり置くと、もう一度「ありがとう」と言って立ち去った。彼女の気配がすっかりなくなってから、雅臣はチラリと弁当箱の中を検める。
「豚は食えへん、にんじんも嫌い、ソーセージも無理……卵焼きならいけるか」
 ため息をつくと同時に、雅臣はふっと口元を綻ばせる。
「ナギの食えるモンほぼ入ってへんわ」
「……うっさいわー」
 凪斗は机に突っ伏したまま、のんびりした声でそう言った。それから、欠伸かため息か分からない声を漏らす。
「あの子もう行った?」
「うん。あの子来るん分かってたから寝ようと思ったん?」
「んー」
 凪斗は顔を横に向け、雅臣をじっと見上げた。何か、探るような目をしている。
「マサ、今日昼飯ある?」
「今から買いにいこかな思ってた」
「ふーん。ならそれ、マサが食べてや」
「えぇ? それは流石に」
「僕がこっそりよりマシやろ」
 そう言われてしまえば、断れない。確かに、知らない女とはいえ、誰かの作ったご飯を捨てるのは忍びない。
「なんで好き嫌いめっちゃ多いって言わんかったん」
「そういう話にならんかったから」
「卵焼きだけ食べぇや」
「えー」
「せっかく作ってくれはったんやん」
 しかし、凪斗は何も言わない。まだ寝る体勢のまま、ふふんと笑う。
「それより、マサのビーフシチュー食べたいなぁ」
 これは甘える時の言い方だ。雅臣は咳払いをして、凪斗の頭を軽く小突いた。
「アホ。んなもん学校に持って来れるかい」
「ちゃうやん。マサん家行きたいねん。作ってーや」
「そんなすぐ作れへんわ」
「じゃあ明日。土曜日やろ」
「お前予備校ちゃうん」
「うん。でも、夕方には帰るし」
 彼女はええんかい、と低い声で呟くと、凪斗はさらに笑いを重ねた。
「平日だけ会ってりゃえーよ。受験生やからな」
 心臓がずんと重くなったように感じた。それから、ふわふわした感情が込み上げてきて、額が熱くなる。
 ふーん、俺とは土日も会いたいんや。と言いかけて、呑み込んだ。
「ほんなら、今日帰りに牛肉買ってったるわ」
「ほんま? ありがとぉ」
 凪斗はにこにこ笑ってから、再び机に突っ伏した。もう話は終わったらしい。雅臣が上着を掛け直すと、凪斗は今度こそ穏やかな寝息を立て始めた。




翌日

「ほんまに来たんや」
 玄関を開けると、本当に凪斗がそこに居た。疲れた顔色だが、いつも通りのにこにこした愛想笑いを浮かべて、重そうな学生鞄を軽々肩に背負っている。土曜日なのに制服を着るなんて、ご苦労なことだ。
「言質取ったったやん」
「言い方な。まぁええわ、俺の部屋上がりぃや」
「おいでやす~ちゃうの?」
「ここ店ちゃうねん」
「ふはっ、せやな。お邪魔しまぁす」
 凪斗は「勝手知ったる」という顔をして、足音も立てずに雅臣の部屋までついてきた。それから、雅臣が何か言うより早く、雅臣のベッドに腰を下ろす。
「眠たい」
「……はぁ?」
 人ん家来て最初に言うのがそれかいな、と小言をぼやきつつ、雅臣は床に座った。凪斗を見上げる格好で、いつものように寛ぐ。
「お疲れ様やな」
「ほんまに。起きてる間勉強しかしてへんほんま」
「偉いよ、お前は」
「マサに言われると変な気分やわ」
 そうして、凪斗はついぞベッドの上で力尽きたように寝転んだ。我が物顔で、雅臣が昔から使っているクッションを抱きしめる。
「おい、制服のまま寝んなや。皺くちゃなんで」
「どうせ洗濯するもん」
「せやけど」
 凪斗は深いため息をついて、不服そうに起き上がる。ブレザーを脱いで、ネクタイを解いた。首元のボタンを外して、解いたばかりのネクタイをくるくる巻き始める。
「暑いわ」
「クーラー付ける?」
「んーん」
 綺麗に巻いたネクタイを鞄に突っ込むと、凪斗は再びこてんとうつ伏せになってしまった。そのまま、横目で雅臣を見やる。
「マサも昼寝する?」
「せえへん。お前、ご飯は?」
「食べる。あとで」
 雅臣はため息をつくと、ベッドの端に腰掛けて、凪斗の頭に触れた。サラサラの髪は触り心地がいいけれど、彼がそれを嫌がるであろうことは知っていた。しかし、実際に彼が示した反応は、雅臣の予想とは違っていた。
「もー、なにぃ?」
 焦ったそうにしながら、凪斗はくすくす笑う。昔なら嫌がっていたのに。知らない間に変わってしまったのかと思うと、雅臣はどうしようもない苛立ちを覚えた。
「ナギ、お前さぁ」
「うん」
「……彼女とはいつもどんな事してんの」
「…………ハァ?」
 凪斗は珍しく、大袈裟に表情を崩した。胡散臭い笑みが消え、代わりに文字通りに不審げな目つきをする。
「そんなん聞いてどうするん……? まさかお前、僕の彼女になりたかったん?」
「は? ちゃうし。何言うてるん」
 うつ伏せになっていた凪斗を仰向けに転がして、無防備な手を掴まえた。彼が驚愕の表情を浮かべるのにも構わずに、腰に跨って逃げられないようにする。
「おい、マサ。何のつもり?」
「っ……お前が」
「……?」
 凪斗は怒らない。をされても平然としているのは、彼がこうして誰かに迫られることに慣れているからなのだろうか。
 苛立って仕方がない。雅臣は凪斗の両手首をシーツに押し付けて、じっと見下ろした。凪斗の匂いがする。少し甘くて、嗅いでいると眠くなるような匂いだ。
「こんなん慣れてるってこと?」
「何……? いきなりどうしたん」
「ナギは昔から恋人コロコロ変えとったもんな。女だけやなくて男とも付き合ったりさ」
「ちょお、痛いんやけど」
 ようやく凪斗が不快感を露わにする。けれど、抵抗らしい抵抗はしない。そんな凪斗だから、雅臣はいつも不安で、苦しくて、腹が立つ。なぜそんなに……。
「嫌がれへんの?」
「せやから……マサ、何の話してんの」
「お前がやめろって言わんかったら、俺やめへんで」
「何言うて……んっ」
 凪斗がはっきり拒絶しないのをいいことに、雅臣は凪斗の唇を塞いだ。初めて触れた感覚だ。思っていた以上に柔らかくて、熱い。
 キスの仕方なんて知らない。人の肌への触れ方もわからない。ただ闇雲に彼の唇を吸って、熱を味わった。
「んっ、まさ……待っ……ヘタクソッ」
 やがて、凪斗のほうが主導権を握った。雅臣が手を離すと、彼は雅臣の首に腕を回して、優しくゆっくりとキスをし始めた。優しくて、あたたかい。呼吸と体温が重なって、蕩けそうだ。
——あ、これがキスか。
 気持ちええな、とぼんやり考えながら、雅臣は必死で凪斗に合わせた。悔しいけれど、彼のキスは上手だった。これを他の、雅臣のよく知らない人間と幾度もしてきたのかと思うと、また嫌な感情が湧いてくる。
——俺が一番ナギのこと知ってるはずやのに。
 3歳から今まで、ずっと凪斗の隣にいたのは雅臣だ。2人の間には、きっと誰も入る隙間などない。そのはずだ。だからずっと、凪斗には雅臣が必要なのだ。そして、雅臣にとっても……。
「っは……やっぱ慣れてんねや」
 唇を離しても、まだ熱は続いていた。体の奥が疼く。しかし、頭の中は嫉妬でいっぱいだった。
「? マサ、お前なんで……」
「嫌なら止めてみろって。……なぁ、なんでキスしただけでこんなんなってんの?」
「っ……!」
 雅臣は、服越しに凪斗の股間に触れた。すでに兆して膨らんでいるそれは、今の凪斗の心情を目つき以上に雄弁に語っていた。
「誰とでもキスしたらこうなるん?」
「ちが……っ、んなわけあるかアホ」
「言うてもお前、今彼女おるんやろ?」
 分かっている。最低なのは雅臣だ。勝手に嫉妬して、恋人がいると分かっている親友に手を出して。けれど、ここまで来たらもう引き下がることなどできなかった。
 凪斗のシャツをはだけさせ、スラックスを脱がせた。下着が中の膨らみに押し上げられていて、苦しそうに見える。
「おい、雅臣……!」
 凪斗は雅臣を睨み付けたが、相変わらず「やめろ」とは言わなかった。雅臣も、止まることなどできない。凪斗の無防備な首筋を舐めて、歯を立てた。血の味がする。なんだか、自分がとても歪な化け物のように感じた。
「痛っ……おまえ」
「やめろって言わんの?」
 いくらだって逃げるチャンスはやる。それでも、凪斗は逃げようとしない。もう手首を拘束してはいないのに、雅臣を押し退けようともしないのは、彼の方だ。
——どう考えても卑怯やんな。
 良心はそう言っているけれど、それでも雅臣の嫉妬心は、「これは凪斗の所為だ」と主張する。最低だ。
 雅臣は凪斗の胸を舐めながら、下着の中に手を入れた。これ以上は本当に駄目だ。取り返しがつかない。分かってはいても、凪斗が止めようとしないので、そのまま行為を続けることにした。







しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

恋愛 / 完結 24h.ポイント:795pt お気に入り:19

悪魔に祈るとき

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:15,188pt お気に入り:1,043

愛の鐘を鳴らすのは

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28,834pt お気に入り:1,749

【完結】私がいなくなれば、あなたにも わかるでしょう

nao
恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,310pt お気に入り:934

改稿版 婚約破棄の代償

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,540pt お気に入り:856

【R-18】僕と彼女の隠れた性癖

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:681pt お気に入り:26

最上級超能力者~明寿~ 社会人編 ☆主人公総攻め

BL / 連載中 24h.ポイント:553pt お気に入り:233

先輩と苦手な訓練②

BL / 連載中 24h.ポイント:1,519pt お気に入り:6

処理中です...