妖精猫は竜の背中で爪を研ぐ

六山葵

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竜と猫

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森に入ると、マオは嬉しそうに鳴いた。
ご機嫌だ。

普段私が薪を拾っている短い間だけ、マオは洞穴で留守番をしている。
だから新しい場所に来ると新鮮で楽しいのだろう。

「マオ、そんなにはしゃいでいると獲物が逃げてしまう。もっと冷静に、気配を消して鋭い視線で獲物を探すんだ」

私がそう言って試しに気配を消して見せるとマオは私の肩の上で真似をする。
上手いもんだ。元々小さいからか気配は完全に立ち消えて見える。

これならそこらの獲物に逃げられることもないだろう。

狙っているのはシカやイノシシなどの普通の生物だ。
森には知能の高い魔法生物なんかもいるが、彼らを食うことはない。

魔法生物は基本的に種族として認められていて、特に言葉を話せるものは人やエルフ、ドラゴンと同じ扱いになる。
そういった者たちを狩ることは相手の種族への宣戦布告を意味し、下手をすれば種族同士の戦争にまで発展する。

特に、力の強いドラゴン族の私から手を出したとなれば、他の種族もこぞって私に牙を剥けるだろう。
ちゃんとした理由がなければ同族だって手を貸してはくれまい。

そうなればいかに私とて苦しい思いをするので手は出さないというわけだ。
まぁ、マオと出会う前から魔法生物を食べたいと思ったことなど一度もないが。

マオを肩に乗せたまま森を歩いていると程なくしてシカの群れを見つけた。
茂みに身をかがめ、様子を伺う。

ドラゴンの姿なら上空から一度火を吹けば済むが、人間の姿ではそうはいかない。
気付かれないように近づいて、魔法で一瞬のうちに仕留める必要がある。

そういえば、リディアがいい魔法を使っていた。
魔力を武器に見立てる奴だ。

記憶を頼りに、彼女の魔法を模倣する。

弓の魔法だ。姿勢を低くしたまま、私は弓を引き絞る。矢も魔法で作られたものだ。

リディアはこの魔法で多くの魔族と魔物を倒していた。弓を使うのは初めてだが、彼女が放つ姿は見ていた。簡単そうだった。

私は狙いを定め、群れの一番後ろにいたシカ目掛けて矢を放った。

「あれ……」

矢はまっすぐ飛び……と思えば急に狙いを逸れてシカの足元に刺さった。魔法で作られた矢はそのまま空気に溶けるように消えてしまう。

驚いたシカが草を食べるのをやめ、一目散にかけていく。

「なんだ。意外に難しいぞ」

そう思ったのも束の間、私の方からマオが飛び降りた。

「おい、マオ! ダメだ。戻ってこい」

私の制止も聞かず、マオはシカを追って森の中に消えていく。
仕方なく、私もその後を追った。

思っているよりもすばしっこい。ついこの間までよたよたと歩いていると思ったが、いつの間にかシカと変わらぬ速度で走れるようになっていた。

ドラゴンの姿ならともかく、人間のままでは追いつけない。

あの子の魔力を辿って後を追えるからまだいいが、魔力の痕跡さえ見失うようになったらいよいよ変身を解かなければ――

そう思っていた時だった。

森の奥の方で大きな叫び声が聞こえる。
森の奥の方。男性のものだ。

この森に私たち以外の誰かがいる――

そう思って足を速める。
脳裏に浮かんだのは町での一件だ。またあの子を襲う者がいたら……そう思うと心が荒立った。

幸いにもマオにはすぐに追いついた。
森の途中であの子が足を止めたのだ。

その理由はすぐにわかる。

マオの前に人間の男が一人、背中を向けて尻もちをついていた。

その前には杖を持った魔法使いの少年が、同じく背中を向けて立っている。

目が合ったのは唯一こちらを向いた異形の化け物だった。

「早く逃げて! ここは僕が引き受けますから」

少年が叫ぶ。しかし、後方の男は腰を抜かして立てずにいる。
その前にマオが飛び出して、フシュ―と聞いたことのない唸り声を上げて威嚇する。

どうやら、マオが飛び出したのは彼らの危険を察知したからのようだった。
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