妖精猫は竜の背中で爪を研ぐ

六山葵

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竜と王国

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ソーヤとの出会いが私とマオの生活に何か大きな影響を与えた……ということは全くなく、彼が帰った後も森とレイテオ山には平穏な日々が続いていた。

時折、森の中に何者かの気配はあったものの、「迷惑をかけない」というソーヤの言葉の通り、私やマオに危険が迫ることはなかった。

そのうち王国の様子でも見に行ってみるか、と薄っすら頭の片隅で考えつつ半年が過ぎた。

子供の成長とは早いものだ。
マオはあっという間に大きくなり、ミルクを卒業した。
そればかりか、私に習って狩りを覚え今では一人で自分の食い扶持を稼げるようになったほどだ。

「おとしゃん、これ」

眠っていた私の目の前にマオが獲って来た野兎を突き出す。
黒い髪に猫耳を生やした人間の少女の姿だ。

リディアの元に通う度に彼女がマオに魔法を教え、とうとう変身の魔法まで習得してしまった。
耳だけが猫のまま、と魔法はまだ不完全のようだったがマオはその姿を気に入っているらしい。

「マオ、いつも言っているだろう。一人で森に行ってはいけないよ」

私がそう言うとマオは目に見えてしゅんとする。うつむいて服の裾を掴み、時折上目遣いでこちらの様子を伺うのだ。
今にも大粒の涙を流しそうなその姿に私がいたたまれなくなり、「怒っているわけではない」と慌てて訂正すると彼女はすぐに明るくなり、

「うん、ごめんねおとしゃん」

と言って笑うのだった。

まったく末恐ろしい子だ。いったいどこで覚えて来たのか、男を手玉に取る方法を心得ている。
そのうち彼女が同族と出会い、それがオス猫だったならばマオの可愛さに簡単に堕ちてしまうだろう。

いや、彼氏など私は絶対に認めないが。

「おとしゃん、おばあちゃんのところに行こー」

マオがそう言うので私は腰を上げた。
私の背中にマオが乗り、しっかりと掴まるのを確認してから飛び上がる。

ここ最近ずっと人間の姿のままなマオとは反対に、私は本来の姿のままで過ごすことが多くなっていた。
本はだいたい読み終えて内容を覚え、ミルクを上げる手間も無くなったからだ。

何よりも、動きにくい人間の身体でいるよりもドラゴンの姿の方がいざという時にマオを守ってやれる。

「おとしゃん、あれなに?」

空を飛んでいると遠くの方に黒い霧のようなものが見えた。
私はちらりとその方向を見て、「あれはカンドリの群れだよ」と教えてやる。

暖かいところよりも寒いところを好む鳥で、これから夏が来るからもっと北に渡っているのだ、と。

マオは「へー」と呟き、それから振り落とされないように私の鱗にぎゅうっと掴まった。

彼女は私のことを「おとしゃん」と呼ぶ。まだ口がうまく回らず「お父さん」が言えないのだろう。
リディアが会うたびに私に向かって「お父さんみたいだね」とからかうので覚えてしまったらしい。

私はこの子の父ではない。……父ではないのだが、そう呼ばれるのが嫌ではなかった。

リディアの家の前に着地するとマオは大はしゃぎで背中から飛び降り、ノックもせずに扉を開ける。

「おばあちゃん来たよー」

そう言って彼女が家の中に入っていくとすぐにリディアの声が聞こえる。

「おお、マオ来たのかい。今日も可愛いね」

私はゾッと背中を震わせる。リディアの声が知っているそれとは違ったからだ。
声色というか雰囲気というか。なんというか会話のテンションが違う。

「うん、おとしゃんも一緒!」

マオがそう言うと、リディアの声がフッと消えた。
急にシン……とした空気が流れ、続いて家の中から顔を赤く染めた老婆が姿を現した。

「……なんだい、あんたも来てたのかい」

平静を取り繕ってそう呟くリディアに私は思わず吹き出してしまう。

私の顔を見れば「甘やかしすぎだ」「親バカもたいがいにしろ」と小言を言う彼女もマオを前にすると人が変わるらしい。

それはきっとリディアが私には見られたくない一面だったはずで、笑った私を彼女はキッと睨みつけた。
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