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極北の大地編

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ナッシャとナシェンは血を分けた実の姉妹だった。
姉は当然ナッシャの方で、ナシェンの愚行をよく注意している。

ナッシャはナシェンにより良い魔法使いになってほしくてレオンの付き人に推薦した。

同年代のレオンの賢明さや理知的な部分を学んでほしいと願ったのだが、そううまくもいかない。

実力的には次世代の賢者になるだけの力はすでにあるが、陽気で自由奔放、考えなしのその行動力が邪魔をしているのだ。

妹への思いが強いからこそ厳しく言う時もある。そしてそれは、アルガンドの街では日常的な光景だった。

レオンもすでに何度も目にしているのだ。

ナッシャに叱られたナシェンは一瞬だけ動きが止まり固まったがみるみるうちに表情が輝きだす。


「姉様‼︎」


そう言ってナッシャに飛びつくとその体にしかとしがみつき、決して離れようとはしない。

元々姉大好きで、常にその後ろについていたナシェンだったがナッシャが悪魔に体を乗っ取られて以降その思いは過度に悪化している。

ナッシャの言葉が賛辞でも説教でも関係なく、その姿を見ると嬉しくてたまらなくなってしまうのだ。

口では厳しいことを言うナッシャも、その実際はただの妹好きなのでしがみつかれると嬉しいらしい。

「ば、ばか者。人前では自重しなさいと言ってるでしょ。」

とナシェンを叱ってはいるが、その表情から照れ隠しであるというのがわかる。

仲の良さそうな姉妹を見ているとレオンはどうしても故郷のマルクスのことを思い出してしまうのだった。

カールとナッシャ、二人の賢者を加えて宴の席さらに盛り上がった。

数時間後、盛り上がりすぎて机に突っ伏したナシェン。ペースを落としながら真面目な顔で魔法論を語り合うリュウとカールを他所に、レオンは酒場の外に出ていた。

酒場の入り口前の階段に腰を下ろし、夜空を見上げている。

夜も更けて、人通りの少なくなった街中。冷たい空気がお酒で熱った身体を冷ましていく。

酔い覚ましも兼ねていたが、考えることが多すぎて少し疲れてしまったのだ。

故郷の家族に思いを馳せ、帰りたいと思うが賢者になってしまった今それは難しいのかもしれない。

そのことを考えるとどうしても表情が曇ってしまう。

そんなレオンの後ろからナッシャが姿を現した。


「浮かない顔ですね。」

ナッシャはレオンの横に腰を下ろすと、手に持っていた二つのグラスのうちの一つをレオンに差し出す。

「コーウというこの国でしか取れない薬草のお茶です。酔いと消化不良に効きます。」

レオンはグラスを受け取り、一口飲んでみる。少し苦かったが、温かくホッとする味だった。

「改めて、おめでとうございます。その若さで賢者になった人は少ないので尊敬します。」

ナッシャはレオンと同じように空を見上げて言う。アルガンドには十二人の賢者がいる。

次の賢者が生まれるのは既にいる賢者が死んだ時だけ。今回はランシャバドという老齢の賢者が死に、その代わりにレオンが選ばれたのだ。

ナッシャは賢者の中では若い方だが、それでもランシャバドとは何年も付き合いがあった。

レオンへの賛辞の気持ちと没したランシャバドへの気持ちを併せ持ち、複雑な思いだった。


「ナッシャさんもあの力を手に入れたんですよね?」


レオンは試練の間で精霊の力を手入れた時の話をした。「あの力」と濁したのは精霊から口止めされているからだった。

試練の間に精霊がいると知られれば、精霊達の平穏な暮らしが崩れてしまう。

そのため、力を貰い受けた賢者にはその力を他者に話してはならないという制約ができる。

賢者同士であればその限りではないだろうが、街中では誰が聞いているかわからない。

だからこそレオンは濁して話したのだった。
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