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もう一つの器編
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しおりを挟む項垂れたディーレインの心の内は自分はここで殺されるのだという恐怖心しかなかった。
天才と持て囃され、他人よりも魔法を扱えるという自負があったとしても彼はまだ子供だった。
突如現れた敵に味方が混乱する中、子供である彼の心が恐怖に屈服してしまっても仕方のないことだ。
突然の急襲に投降した味方兵は他にもいるらしく、闇よに紛れて降り注いだ敵部隊は戦闘もそこそこにすぐに終戦作業に移り出す。
ここで捕えられた投降兵は数日間拘留され、人質交換に使われることが多い。
初陣であるディーレインはそのことを知っていたはずだが、パニックに陥り自分は捕まって殺されるのだと決めつけてしまっていた。
「しかし、これが噂に聞くシドルト族ですか。あんまり怖くないですね」
「いやいや、最後まで戦い抜いた一部の兵を見ろ。死ぬその時まで相手を道連れにしようと殺気に満ちていた。恐ろしいよ」
ディーレインの目の前で二人の敵兵がそんな話をしていた。
ディーレインに既に戦意がないことを見抜いていたのか、全く警戒している様子はない。
突如現れた敗戦のショックと間近に感じる死の恐怖で抜け殻の様になったディーレインはボーッとその二人の会話を聞いていた。
そして気づく。
その二人の言葉には訛りがないのだ。
ビアルカ族、シドルト族は両方共に山間に住まう部族であった。
両者共に言葉に似た訛りを持ち、ハルバシオンの街に住む人間達とは話し方が違う。
ということは、目の前にいるのはビアルカ族ではなく王国派の兵士か、とディーレインはボーッとする頭で無意識に考えていた。
しかし、二人の敵兵のうち一人は「噂に聞くシドルト族」と言った。
ハルバシオンに住む兵士であればこの長い戦争の中で一度は必ずシドルト族を目にしているはず。
それなのに、男はまるで初めて見るかの様な口ぶりである。
自分と同じ新規兵だろうか……いやいや、新参者を大事な急襲部隊に起用するなど聞いたことがない。
それに目の前の男は明らかに落ち着いている。戦いに対する恐怖も、興奮も理性で上手に押さえ込んでいる様に見える。
そんなことができるのは戦いに慣れた兵士である証だった。
何かがおかしい、とディーレインは気づき始める。
それと同時にボーッとしていた頭の中が冴えてくる。
ディーレインは恐る恐る視線を上げた。
急に大きく動けば警戒を解いている敵兵といえど反応するだろう。
だから、ゆっくりと気取られない様に視線だけを動かした。
敵兵二人が身につけている漆黒の鎧は夜の闇に紛れるためであろう。
腰には剣を指し、反対側には魔法使いの使う杖がさしてある。
何か、何か手掛かりはないかとディーレインは視線を泳がせる。
そして、見つけた。
二人の敵兵の左の胸には紋章が刻まれている。
その紋章はハルバシオンの騎士のものではない。
どこかで見た覚えがある。
ディーレインは自分の記憶を辿った。
思い出したのはハルバシオンの街でワンドルと呼ばれる流れ者の魔法使いと話をした時のことだ。
彼は魔法使いでありながら定職にはつかず、世界中を旅して回っている変わり者であった。
その変わり者の魔法使いがディーレインに見せてくれたのである。
それは様々な国の紋章であった。
「これがナスニア王国、俺の故郷だ。そしてこっちがディゼイン帝国。それからレテイル教国にシドニカ魔導国だな。北のアルガンドにはまだ行ったことないが、いつか行ってみてぇな」
男はテーブルに置かれた酒を美味そうに飲みながらディーレインにその紋章を見せたのだ。
仲良くなったきっかけは思い出せないが、しばらくの間その男と会話を続けていたと思う。
その中の一つディゼイン帝国の紋章が正しく今、ディーレインの目の前にいる二人の敵兵が胸につけている紋章だった。
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