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もう一つの器編

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「それで、その悪魔が俺にいったい何の用なんだ」

ディーレインは声を絞り出すようにして言った。

妹にも仲間にも会えず、もう生きることを諦めたとはいえ目の前に現れた脅威に対し恐れるという感情はまだ残っていたらしい。

「そう警戒しないでくれ。私は何も君を取って食おうなどと考えているわけではない。君と契約が結びたいんだよ」


その悪魔の正体はア族の族長、ア・ドルマである。

ディーレインが連れてこられたのは魔界で、その城はア・ドルマの所有する物の一つ。

レオン達がア・シュドラと戦いを繰り広げた所とは違う場所だ。


「なに?」

ア・ドルマの言葉に疑いを持ち、問い返すディーレインに対して彼は説明を続けた。


「私はとある目的のために人間界に赴きたいんだが、一つ問題があってね」


ア・ドルマはディーレインにその問題について話す。

悪魔は人間の体を乗っ取らなければ人間界では存在できないという問題だ。

それを聞いたディーレインは納得したように頷く。


「なるほどな。それで俺を呼びつけて体を乗っ取ろうってことか」

そう言って笑うのはディーレインなりの強がりだった。

いくらこの世に未練がないとはいえ、自分の体を悪魔の好きにさせてやろうという気にはなれない。

相手の凄まじい魔力がわかった上でディーレインは抵抗するつもりだった。

しかし、ア・ドルマは首を横に振る。


「もちろん、最初はそうするつもりだった。しかし事情が変わってね」

もともとア・ドルマは人間界に侵攻するために器となる人間を部下達に探させていた。

条件は体の中に陰の魔力に対する適性を持っているということ。

そんな人間は決して多くはないが、探せばそれなりに見つかるものである。

しかし、新たな問題があった。

乗り移るア・ドルマの魂が強すぎるせいか並大抵の人間では例え陰の魔力に対する適性を持っていたとしても器として機能しなかったのである。

今までに三人の人間の体に入り込もうとしたア・ドルマだったが結果は全て失敗に終わっている。

ア・ドルマが体の中に入ってすぐ器となった人間の体は崩れ始め、一分もたたないうちにア・ドルマは体の中にいられなくなってしまうのだ。

より完全な依代を求めたア・ドルマは自らの器となる人間に新たな条件を追加した。

それは、より魔力量が多くかつ悪魔との関わりが深い人間を探し出すというもの。

ファ・ラエイルによって作り出されたレオンの体がファ・ラエイルを受け止め切れたように、魔力量が高く悪魔との関係性が高い者の体であれば自分の体を受け入れられると考えたのだ。

そして、数年の時を費やしようやく見つけたのである。

それがディーレインだった。

シドルト族の中でも天才として生まれたディーレイン。

その保有する魔力量は恐ろしく多い。
肉体の耐久度も申し分なく、器としてはこれ以上ないほどの存在だったのだ。


「ちょっと待て、俺には悪魔との繋がりなんてないぞ。仮に俺が陰の魔力とやらに耐性を持っていたとしてもお前の器には不十分なんじゃないか」


ア・ドルマの話を遮りディーレインは疑問を投げつける。

ディーレインは正真正銘の人間であり、生まれてから今までの一度も悪魔と接触した覚えなどない。

「いやいや、お前には確かに我らとの繋がりを感じる。そう……お前が生まれる遥か昔からの繋がりだ」


それはア・ドルマの言う通りディーレインが生まれるよりも遥か昔へと遡った出来事だ。

つまり、ディーレインの祖先である。

当時シドルト族には優秀な魔法使いが一人いたが、その男は族長ではなかった。

心の中に闇の部分を多く持ち、その心を先代の族長に見透かされて選ばれなかったのである。

族長になれなかった男は更なる力を求めた。

強大な力でねじ伏せれば先代の族長の意見など関係なく自分が族長になれるであろうと。

強大な力を求めた男が行ったのは悪魔召喚の儀式だった。

禁じられた儀式に手を染めた男は無事に召喚を成功させ、悪魔憑きとなり、その力を使ってシドルト族の族長に強引になったのだ。

そして、死ぬまで自身の体に悪魔を宿らせ最強の名を欲しいままにした。

ディーレインはその男の直系の子孫だったのである。
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