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入国編
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しおりを挟むそれ以来シミエールは魔法に魅了される。
自分にはその才能がないと知り残念にも思ったが、「自分には到底使えない特別な物」という魔法の存在がさらに彼を虜にした。
魔法に関する記述が少しでもある書物を見つけては読み漁り、時には旅の商人を王宮に招いて他国の魔法使いの話をせがんだりした。
シミエールの父親である当時の国王や兄であるアドルフはシミエールのこの行いを特に咎めたりしなかった。
内心ではよく思っていなかったのかもしれないが、次代の国王を継ぐ権利を持つアドルフにとって政治に関心を示さず、魔法にうつつを抜かすシミエールの存在は都合が良かったのだ。
当時の国王も兄弟が権力を争うよりはこのままアドルフに継がせた方が面倒でなくていいと思っていた。
そんなわけでシミエールは「使えない魔法」に心を躍らせ、それでもいつの日か魔法をもっと身近に感じたいと思いを馳せながら幼少期を過ごしたのである。
雲行きが怪しくなったのはシミエールが成人を迎えた頃である。
その当時、既に年齢を重ね体が思うように動かなくなっていた当時の国王に代わりアドルフが国の政治に口を出すことが多くなっていた。
事実上、次の国王として動いていたのである。
そんなアドルフを支えるべく、有力な貴族達は全員アドルフの背中を押しその後ろについた。
それに比べてシミエールを支持する者はほとんどいない。
日がな一日を魔道書を読み耽って過ごす日々。
時折お抱えの魔法使いを呼びつけては何やら訳のわからぬ実験をする。
王宮に出入りする貴族達にとってシミエールは国のことなど何も考えていない遊び人のようにしか見えなかった。
シミエール自身もそれでいいと思っていた。
政治には興味を持てなかったし、気になるのは国の情勢よりも魔法のことばかり。
自分が君主になる必要もなく、そんなことは自ら国王の座を望んでいる兄に任せておけばいい、と。
ただ、唯一気がかりな点があるとすればそれは兄の言動だった。
「魔法使いなどただの道具だ。適当な金を与えておけばあとは便利に使うだけよ」
口癖のようにそういう兄のことをシミエールはよくは思っていなかった。
シミエールと同じように魔法の才能には恵まれなかったアドルフ。
そんなアドルフにとって魔法とは「自分に使えないのだから大した物ではない」という認識だったのだ。
魔法を軽んじる兄と魔法に魅入られた弟。
この二人の魔法に対する価値観こそが国の命運を大きく分けてしまったのである。
アドルフが歳を重ねていくとその分年老いた当時の国王の力も衰えていく。
それを好機と見たアドルフはさらに国の内政に手を伸ばし、自分のやりたいようにしていった。
その結果として、アドルフの「平民は平民らしく、貴族はより貴族らしく」という偏った考えが国中に蔓延していく。
アドルフは王宮に出入りする貴族連中を優遇し、逆に仮にどれだけ素晴らしい力を持った魔法使いであっても身分が平民であれば冷遇した。
その事実にシミエールが気づいた時にはもはやシミエールにできることは何も残っていなかったのである。
「我ながら恥ずかしい。兄の愚行に気づいた時には私に逆らえる力は残っていなかった。それでもなんとか兄を止められないかと苦言を呈した結果、私は他国に島流しにされてしまったというわけだよ」
船の上、夕食の席でレオン達を前にシミエールは悲しそうにそう呟いた。
その表情の裏には何もしなかった自分を恥じる思いが確かにあった。
シミエールが他国……イリジュエル帝国へと強制的に送られたのはアドルフが国王になってから数年後のことである。
国を自分の肥やしにするアドルフに対してシミエールにできることなど何もなかったのだが、それでも毎日顔を合わせては
「今のままでは国は終わる! もっと平民にも魔法使いにも住みやすい環境を作るべきだ」
と説くシミエールの存在をアドルフは疎ましく思っていたのだ。
「そんなに魔法が好きならばお前の好きな魔法が多く集まる国へ行くが良い……ただし、我の目の黒いうちはこの国の敷居を跨ぐ事は許さんぞ」
とアドルフはシミエールを送り出したのである。
自らの弟ですら冷徹に突き放すアドルフ。
シミエールはその命令に従うしかなかった。
そんなわけで何年もの間、シミエールは国を離れなくてはならなかった。
ようやく戻ってこれたのはヒースクリフが王位を継いだからにほかならない。
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