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高校1年-6月
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しおりを挟む梅雨の時期に入り、雨の音を聞きながら授業を受ける日々が多くなった。5限に予定の体育も当然の如く、屋内で受ける事になった。そして5限だけでなく、6限の特別活動の時間も担任の都合で体育となった。ぞろぞろと1クラス分の人数がまとめて体育館に集り、男子を受け持つ体育教師の木田が指示を出す。
「今日は女子を受け持っている村田先生が休みなので、男女一緒に授業をする。せっかくだから男女混合でバスケをやろう。ルールもそれに合わせて特別ルールを設ける。シュートの際の得点は、女子が入れた場合は2倍。もし3Pシュートを女子が入れれば、一気に6点入ることになる。それからチーム編成だがバスケ部は各チームに1人しか入れられないぞ。では、3分以内にチーム編成して。」
そう言って木田が愛用の笛を吹いた。その瞬間に拡がった光景に春菜は唖然とした。女子のほとんどが正臣と康平の周りに押し寄せたのだ。優香も春菜と同様に目をぱちりと見開いている。そしてまた指示をした木田もそれには苦笑していた。さすがにこれではいつまで経っても決まらないだろうと踏んだ木田は再び集合させ、まずバスケ部員を振り分けると、それ以外のメンバーはくじで決まった。そして各チーム毎に集まってみると、春菜はそこにいる人物を見て息を止めた。祐介がいたのだ。しかも祐介以外のメンバーとは、一度も話したことのない人たちばかりだった。
もっとも春菜が話した事のある人間の方が圧倒的に少ないのだが。
春菜は不安に思いながら、メンバーと少し距離を取って座った。1チーム8人いる為、試合中には交代で出るということになっていた。辺りを見回すと少し離れた所に優香を見つけた。
優香は正臣君と一緒のチームか・・・。
春菜はとても羨ましく思った。少なくとも知ってる人間が同じチームにいるというだけで全然違うのだ。バスケ部員は正臣、康平と女子一人の合計3人。そして編成されたチーム数は5チーム。つまりバスケ部員のいないチームが2チームあるということになる。その一つが春菜のいるチームだった。でも春菜は気付いていた。祐介がバスケ経験者だということに。以前、1度だけ見たことがある。家の近くの公園で学ランを脱ぎ捨て、ただひたすらシュートをし続ける祐介の姿。声は掛けなかった。いや、掛けられなかった。あまりにもその姿に魅せられて。ボールの扱いも、シュート姿勢も、ゴールを見る眼差しも全てが様になっていた。
「よーし、それじゃあ試合をするぞ。どうせなら総当たり戦をして、勝利数で順位を決めようじゃないか。」
「せんせー。もし優勝したら何かくれんの?」
「お前達は現金だなぁ。じゃあ勝ったチーム8人に俺から熱い抱擁をしてやろう。」
「うげー、いらねぇって!」
「わははは、そう遠慮するな。さて、早速はじめるぞ。対戦の順番はそこに書いておいたから見ておけよ。」
木田はそう告げ、生徒は各自チームで作戦を練り始めた。春菜が自分がどうすればいいのか困惑していると喧嘩腰の会話がだんだんと春菜に近づいてきた。
「なんで同じチームなのよ!クラスが同じだけでもうんざりなのに!」
「おまえのくじ運が悪いだろう?俺のせいじゃない。」
「ふん。あんたの負のオーラが私のくじ運を悪くしたんだわ。」
「負のオーラってなぁ・・・。あ、春菜。」
正臣が春菜に気付き、手を上げた。それにほっとして春菜も少しだけ手を上げた。
「春菜、分かれちゃったね。春菜のメンバーって誰・・・あ・・・。」
優香の目に一人の人物が止まった。とたんに彼女の眉間に皺が寄った。正臣もまたそれにつられるように同じ人物に目がいく。
「春菜・・・大丈夫?」
春菜の不安が伝わったのだろう。優香が心配そうに顔を覗き込んできた。優香にこれ以上心配をかけたくないと思い、春菜は頷いた。
「大丈夫だよ。それにほら、メンバーが余ってるから必ずしも私が試合に出るとは限らないし。」
その言葉に優香は大きな溜息をついた。
「春菜・・・自分のチームのメンバーを見て気づかない?8人中、明らかにやる気のないメンバーが3人もいるじゃない。つまり春菜が出ないと試合にならないのよ。」
小さめの声で優香がそう言う。優香の指す人物はおそらく祐介を筆頭に後は女子2人だろう。しかしひょっとしたら・・・そんな僅かな期待を春菜は未だ持っているのだ。優香達と言葉を交わし、彼女達は自分のチームの所へと戻っていった。それを見送ると春菜は自然と祐介のいる方へと足を向けた。
「あ、来た来た!五十嵐さん、ちょうど試合に出るメンバーを決めてたところなんだ。」
春菜を手招きしながら元気な声でそう語りかけるのは春菜と同じチームになった小坂 綾女だった。
「あ、ごめんなさい。遅れてきて・・・。」
春菜は慌てて謝り、すぐに皆と同じように座り込んだ。そして気付く。祐介が隣りに座っているということに。春菜は息を呑んだ。
どうしよう・・・。
そんな春菜の心情を他所に話は進んでいた。
「ううん、大丈夫。それでさ、五十嵐さん。試合出てくれない?実はさ、私、今足をケガしてて出られないんだ。それに田村さんと木下さんはバスケが苦手で出来れば出たくないらしくて・・・。」
思ったとおりのことが現実となったが、そこに祐介の名前が出なかった事に僅かだが驚いた。
そうは言っても小坂が出ないということは結果的に春菜が出ざるを得ないということに変わりはない。
「足手まといになると思うけど、それでも良いなら出てもいい・・・かな。」
「良かったぁ。ちょっと不安だったんだ。ありがとう。これでメンバーは決まったわね。古賀君と大久保君、赤城君、庄司君、そして五十嵐さん!」
春菜の両手を取り、ギュッと握り締めてきた。
「よし!じゃあ後は作戦ね!」
「小坂、やる気満々だなぁ。勝っても何も出ないんだぜ?」
古賀 篤のその意見に同じチームの大久保 健一も頷いている。
「そうだけどさぁ、勝負に負けるって悔しくない?しかもうちのチーム、バスケ部いないんだよ?なんか見返してやりたくない?」
「まぁ、気持ちはわからなくもないけど。」
「でしょ?バスケ部がいなくても勝てるんだぞ!ってとこ見せてやろうよ。ね?」
「ってゆーか、おまえ試合に出ねぇだろ?」
「そうなのよ~、残念。この足の怪我さえなければ!だから今日はこのチームのマネージャーに就任します!」
綾女はそう言ってガッツポーズを取った。それを笑いながら見ていた健一が口を開いた。
「ま、おまえの分は五十嵐さんに頑張ってもらうしかないな。」
「え・・・。」
急に名前を出されたことと会話の内容に驚きを隠せなかった。
「ちょっとぉ、大久保君!五十嵐さんにプレッシャー与えてどうすんのよ。」
「ははは、冗談、冗談。気楽に楽しんでいこうぜ。」
そう言って健一が笑いながら春菜に声をかけた。それからも話は続いていたが、その輪に入ってこない祐介が気になり、春菜はちらりと横に座る彼に視線を向けた。祐介は『ただそこにいるだけ』の存在だった。全てのことに無関心、そんな感じを春菜は受けた。溜まらず、春菜は彼に声をかけていた。
「ゆ・・・あ、赤城君。」
小声になってしまったが、それでも隣りにいる人物には聞こえただろう。しかし返事はない。
「バスケ、うまいんだね。」
春菜のその言葉に、祐介が初めて反応した。春菜を振り返り、怪訝そうに春菜を見てきた。その視線に気まずさを覚え、春菜は俯いた。
「あ、その・・・ぐ、偶然この前、見たの。」
うろたえながらもなんとか答えるが、祐介の言葉はない。ちらっと祐介を覗き見るが彼はすでに正面を向き、先程の無関心な状態へと戻っていた。
あまり触れられたくないのかな・・・。
興味本位で言った事を春菜は後悔した。それ以上春菜は何も言えず沈黙が流れた。2人の空間は異様な雰囲気に包まれていた。話すわけでもないのに隣同士で座り、お互いの間には目に見えない壁が作られている。そんな空気を祐介もさすがに感じ取り、ほぅっと息を吐いた。
本当に調子が狂う。無視しようと思ってもこれじゃあ無視できないって・・・。
彼女を突き放したい一方で、なぜだか放っておけない自分がいる。そしてその気持ちをさらに追い詰めるのが、偶発的な遭遇。絶対に会うはずのない所で会ったり、この前のように中傷を受けている彼女を目にしたり。
今日のこともそうだ。同じチームになった上に試合に出ざるを得なくなった。俺に有無を言わせない環境がすでに整えられている気がする。それらにわざわざ逆らってまで彼女を拒絶する理由もない。諦めに近い気持ちで祐介はゆっくりと口を開いた。
「中学の時、バスケしてたんだよ。」
その声に弾かれるように春菜はぱっと顔を上げ、祐介を見つめた。彼は相変わらず正面を向いたまま話を続ける。
「と言っても遊び半分でやってただけなんだけどな。」
祐介が久しぶりに話し掛けてくれたことが春菜には嬉しかった。先程の反省も忘れ、思わず口を挟んだ。
「でも3年間、やってたんだよ、ね?」
「まぁ、一応ね。」
「そっかぁ。じゃあ相当上手いんだろうな。」
「普通だって。3年間もしてればそこそこサマにはなるさ。」
そう言って祐介は両手を後ろの床に付いて、重心を後ろに置く。
「そういやおまえは?バスケ、経験ないの?」
「私?ううん、ないよ。」
「そっか。それにしては・・・。」
ボール捌きが上手いよな。
そう言いそうになり、祐介はそこで言葉を止めた。
梅雨入りしてからの体育はいつも体育館で、男女それぞれ授業を受けていた。祐介はというと、普段からのやる気ゼロの姿勢を崩さない。体育の授業も然り。コートの片隅に座り、気だるげに時間を潰すことが多い。だからなおさら中心に近い場所で動き回る人間が目に入る。見るつもりはなくても同じ空間にいれば、視界の片隅に自然に入ってくるもの。その時、春菜のバスケをしている姿を見たのだ。真剣な眼差しでボールや人の動きを見ながら素早く反応していた。スポーツ全般に言えることは、それぞれの性格が素直に表れるということ。春菜の場合は、シュートの時にそれが最も表れている。正確なのだ。まるで教科書に出てくる基本例の写真の様な体勢、腕の動き、手首の使い方だった。それを見て、てっきり春菜もバスケの経験が少しはあるのかと思っていた。
「どうか・・・した?」
春菜が不思議そうな顔で覗き込んできた。その声で祐介ははっと我に返った。
「いや、ちょっと考え事してた。」
「あ、ごめん。声、かけなければよかったね。」
春菜はバツが悪そうに視線を下げ、下唇を噛んだ。
また自分を責めて・・・。
春菜の考えが手に取るようにわかるだけに無視できない。祐介はお手上げと言わんばかりに春菜への拒絶心を解いた。
「考えすぎ。」
「え・・・?」
「前に言っただろ?もっと気楽に構えてろって。だいたい周りのことに気を遣いすぎなんだよ。ちょっとは自分中心で物事を考えるようにしろよ。でないといつまで経っても治らないぞ。」
祐介はじっと正面を見据えたままに告げた。それを春菜はしばらく呆然と見つめながら聞いていた。その言葉や口調はキツイが、彼なりの優しさが伝わってきた。
「ありがとう。」
春菜が祐介の方を向き、感謝の意を伝えたちょうどその時、集合の合図である笛の音が聞こえてきた。
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