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メイド編
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コンコン。
ノックを2回する。
すーっと息を吸うと、目の前のドアを凝視した。
「恭介様、コーヒーをお持ちしました。」
朱里がドアの向こうにいるであろう人物に告げた。
間もなく中から物音がしてドアが開いた。
朱里は意を決して見上げると、相手は携帯で誰かと話し中で視線で中に入るように促す。
音を立てないようにゆっくりと中へと足を踏み入れた。
初めて入る彼の書斎。
彼に付くメイド以外は決して入れない場所。
部屋をじっくりと見てみたい気持ちはあったが、今は仕事中。
コーヒーが冷めないうちにテーブルへと準備を始める。
電話が済んでしまう前にここから出なければ。
その気持ち一心にテキパキと手を動かす。
もう少し。
そう思った瞬間、携帯を切る音が後ろで鳴り響く。
あぁ、間に合わなかった・・・。
心の中で重い溜息を吐いた。
しかし外見は至って自然にメイドらしく振舞う。
あくまで私は風立朱里。
そう言い聞かせながら、最後の一滴をカップに滴らせた。
全ての作業が終わると、それを待っていたかのように恭介の声が降り注いできた。
「こんな遅くにすまない。」
「いえ、これも仕事ですので。」
朱里は表情を変えずそう答える。
そしてすぐさま一礼をして書斎から立ち去ろうとドアへと向かった。
しかしその行動は無意味なものだった。
「少し話をしないか。」
彼のその声で、体が固まって動けなくなったからだ。
話なんてとんでもない!私は早くここから立ち去りたいのよ!
そう叫びそうになるのを堪え、この窮地をどうやって切り抜けるかを思い巡らす。
落ち着いて・・・。
何度も心の中で繰り返した。
そしてゆっくりと彼の方へと体勢を向けた。
「何か不手際がございましたでしょうか?」
あくまでメイドという態度を崩さずに視線を下げがちに窺う。
すると視界に彼の足が見えてきた。
「いい加減にその口調は止めないか?」
「お気に障る言動がありましたのなら申し訳ございません。普段から言葉使いには特に気を付けているのですが・・・。」
「そうじゃない。いい加減に他人行儀な言葉を止めないかって言いたいんだ。久しぶりに会ったんだ、普通に話そう。」
言い終わる頃には彼がすぐ目の前に立っていた。
あぁ、彼は私が誰なのか、やっぱり気付いたんだ。
彼の言葉が全てを語っていた。
しかし朱里は意地でもメイドで接すると決意していた。
「恭介様。わたくしはこの屋敷の使用人でございます。ましてや恭介様はこの二階堂家のご子息。如何なる事があろうとそのような方を相手に普通に話す事など出来ません。」
「なるほどね。君の言いたい事はわかった。では、言い方を変えよう。今この瞬間からこの部屋を出るまで君は普段どおりに話すんだ。いいね?」
涼しげな顔でそう言い放った。
朱里は思わず拳を握っていた。
やられた・・・。
逆手に取られてしまった。
使用人は主人に逆らえない。
つまり主人に対し、絶対服従の姿勢を崩してはならない。
彼はそれを利用しているのだ。
やっぱり彼には勝てない。
久しぶりに味わった敗北感。
最初にそれを教えてくれたのもまさに彼なのだ。
仕方なく朱里は苦い言葉を口にした。
「わかりました。」
「違う。」
「・・・わかったわ。」
「それでいい。」
満足げに彼は微笑む。
その笑顔に朱里の心が騒ぐ。
10年前に1度だけ見た彼の笑顔が瞬間に思い出された。
あの時はまだ幼さの残る笑顔だった。
しかし今、目の前で微笑む顔は精悍で、あの頃の面影が薄っすらと残るだけ。
それでも懐かしいと感じ、心が温かくなる。
まさに10年ぶりのお目見えだわ。
「とりあえずそこに座って。」
恭介はそう言って、先程コーヒーを用意していたテーブルの方を指差した。
「使用人が同席することは・・・。」
できない、そう言おうとするのを恭介によって遮られた。
「俺が許す。さぁ、座って話そう。君の入れてくれたコーヒーも二つあることだし。」
そう言って、彼は手にしていた携帯を彼専用の重厚な机に置くと、さっさとテーブルの席につく。
出来る事ならすごく離れた席に座りたいけど、あいにくこの広い部屋に座れる椅子は彼の前の椅子のみ。
あとは彼専用の机に備え付けのどっしりとしたレザーチェア。
さすがにあの椅子に座るのは気が引ける。
はぁ・・・。
朱里は密かに溜息を漏らし、素直に彼の前に座る。
それを見届けると彼が口を開いた。
「久しぶりだな、片桐さん。いや、今は風立さんだったね。」
そう言いながら足を組み、その膝の上に手を組んで置いた。
椅子に座って朱里はふと気がついた。
彼と何を話すと言うの?
共通の会話なんてないわよ。
10年前でさえ、会話の内容は生徒会のことについてのみ。
お互いのプライベートなんて話に上った事もないんだから。
しかも10年というブランクもあるし、何より今の二人の立場も微妙だし。
上手く言葉が見つからず朱里は黙り込んでいた。
いきなり急に彼はくすくすと笑い出した。
へ?
ぽかんとする朱里を見て、さらに彼が噴き出す。
「悪い。思い出してしまって・・・くっくっく。」
「思い出す?」
「そう。今の君の顔で思い出したよ。生徒会で君とかなり遅くまで残った事があっただろう?そのとき君が・・・くっくっく。」
彼の笑顔を見た瞬間の事だ。
私のお腹が鳴って恥ずかしい思いをしたのに、彼のその笑顔ですっかり記憶の彼方に飛んでいってしまった、まさにあの時の事だ。
彼も覚えていたんだ。
さっき私がその時の事を思い出したように彼もまた同じように思い出していた。
それが嬉しく思えた。
「あの時も君は今の君と同じ顔をしてたよ。気まずそうな顔をしていたのに、思わず笑ってしまった俺を驚いた顔で見上げてきた・・・。」
「ソウデスカ。」
乾いた言葉を彼に投げた。
思った以上に素っ気無い反応だなと自分でも思う。
でも彼に対してはどうしてもこんな態度しか出来ない。
それは10年経っても変わらないようだ。
しかしこれ以上、笑われるのはさすがに避けたい。
朱里は顔を横に向け、彼の視線を受けないようにした。
「10年経っても君は変わってないな。」
「え?」
先程とは全く違ったトーンで彼が話し掛けてきたので朱里は怪訝に思い、ちらっと彼のほうへ視線だけを向けた。
それは、先程とあまり変わらない体勢で朱里をじっと見つめていた恭介と再会してようやくまともに視線があった瞬間だった。
感想
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