Calling

樫野 珠代

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秘書編

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仕事がようやく一段落した頃、社長室のドアがノックされた。
「はい。」
「失礼します。」
低い声の人間が入ってきた。
なんだ上月か・・・。
「どうした。」
「そろそろ時間です。お帰りになられた方が・・・。」
「時間・・・。」
言われてようやく時計に目を向けた。
日付が変わっている。
「そうだな。そうしよう。」
「では車の手配を致します。」
そう言って上月は下がっていった。
ふとそこで違和感を覚えた。
なんだ?
恭介は書類を鞄に詰め込み、上着を腕に引っ掛けながら社長室を出る。
そこにはやはり上月が立って、恭介を待っていた。
「車は下に待機しております。行きましょう。」
そう言って上月は恭介を促す。
ようやくそこで恭介は違和感の理由が掴めた。
「風立はどうした。」
エレベーターを待ちながら、恭介は何気なく尋ねる。
すると、
「風立は本日、午後7時過ぎに退社なされました。」
「珍しいな。体調でも崩したのか?」
「いえ。急用のようで・・・。」
そこで上月は言葉を濁した。
恭介が問いただそうと口を開いたその時、チンっとエレベーターの扉が開いた。
恭介は無言でその中に入り、上月がボタンを操作する動作をじっと見つめた。
その視線に気づいたのか、上月がちらっと斜め後ろに視線を送った。
「あの・・・何か?」
「君は何かを知ってるのか?風立が帰った理由でも。」
「いえ、詳しくは。ただ・・・おそらくその・・・。」
「なんだ。はっきりしろ。」
「はい。携帯に電話が入って、それから慌てて出て行かれたのでおそらくその電話の相手に会いに行かれたのかと。」
「それで?」
「え?」
「君は想像がついているのだろう?その相手の。」
「はぁ。・・・おそらくお見合いをされた相手の方かと・・・。」
「なぜそう思う?」
恭介の思わぬ質問攻めに上月は戸惑いながらも答える。
「携帯に電話がかかってきた時、ちょうど隣りの席に座っていたので携帯の画面が見えたんです。その画面に表示されていたのが・・・児玉直人という名前だったんです。」
「・・・そうか。」
その時、エレベーターが1階に到着し、目の前に広いエントランスが広がる。
恭介は先にエレベーターを降り、車まで一直線に進む。
上月も慌ててその後を追い、入口の自動ドアでようやく追いついた。
そのタイミングで、車に待機していた木島が運転席から出てきた。
そして恭介が近づく前に車のドアを開けて待っている。
「お疲れ様です。」
そう言葉を投げかけた木島だが、いつも以上に表情の険しい恭介をみて、ちらりと後ろに控える上月を見据えた。
上月はそんな木島に首を傾げる。
車に乗り込む直前、恭介が口を開いた。
「木島。先に上月の家をまわれ。」
「畏まりました。」
「え・・・しかし・・・。」
「少しでも早く帰りたいだろ。」
そう言って車の奥へと体を沈めた。
木島がドアを閉めると同時に再び上月と視線を交わす。
しかし無言で頷き、二人はそれぞれの席に乗り込んだ。
前後のしきりがきっちりと閉まったのを確認すると、木島が口を開いた。
「一体、何があったんだ?」
「俺にもさっぱり・・・。」
肩を竦めて上月が答えた。
「今日は一日中あんなんだったのか?」
「いえ、先程までは普段と変わらずに。」
「はぁ・・・。上月も大変だな。」
木島は暢気に軽いため息を零した。
「いえ。」
苦笑しながら上月は視線を窓の外に移す。
「そう言えば、今日は風立じゃないんだな。」
その木島の質問に上月はぱっと顔を運転席へと向けた。
「そう、そうなんですよ!それなんですよ!」
「は?」
いきなり声を荒げた上月に運転していた木島も呆気に取られた。
「さっきも社長にそれを聞かれたんです!最初はいつも社長が仰られるように簡潔に答えたんですけど・・・。」
「ちょっと待て。話が見えないから最初から話してくれ。」
木島は話の内容が風立と関係があると分かったとたん、真面目な表情に変わった。
上月も上手く要約して話すことが苦手だったため、最初から話し始めた。
話し終わって、上月は不安げな顔を見せた。
「俺、なんか余計なこと言ったんですかね?まさか地雷を踏んだとか?」
「・・・・・・。」
「な、なんか言ってくださいよ!木島さん!」
沈黙で返す木島に上月は泣きすがった。
「あ?ああ・・・大丈夫、たぶんな。」
「たぶんって・・・そんなぁ。」
頭を抱える上月に木島は苦笑する。
「おまえは良い意味で地雷以上のものを踏んだかもしれないな。いや、ひょっとしたら功労賞ものかも。」
「え?」
「いや、こっちの話。」
木島は心の中でこれから何かが起きると確信をした。


二階堂の屋敷に到着すると、恭介は木島が車のドアを開ける前に自分で開けて外に降り立った。
そのまま恭介は木島に目もくれず屋敷へと向かう。
それにはさすがの木島も驚きを隠せない。
いつもなら必ず一言声をかけて屋敷に入っているからだ。
やはり彼女の事が気になるのか。
木島は恭介の只ならぬ雰囲気に一抹の不安を覚えた。
そんな木島の心配を知る由もなく、恭介は屋敷のドアへと突き進んだ。
屋敷には予め上月から連絡が入っている為、恭介の帰宅は周知の事で使用人たちは入口の所で待機している。
それらの視線を如何に受けていようと恭介の眼中には入らなかった。
「お帰りなさいませ。」
各人が口々に言う。
それさえも無視し、ようやく自分の部屋へと体を滑り込ませた。
鞄を投げ捨てる様にベッドへと置き、そのまま自分の体もそこへ横たえた。
限界だった。
自分でも理解できないものが体中を渦巻いている。
これが何なのか。
誰か説明してくれ。
恭介は目頭を押さえながら、必死に自分を落ち着かせようとしていた。
「何なんだっ・・・」
言葉を口から吐き出すと同時に恭介は体を起こした。
じっとしていられない。
何かをして気を紛らわせなければ。
恭介はそう思い、持ち帰った仕事をする為に書斎へと足を踏み入れた。
しかしそこでまた恭介は胸の奥に黒い靄が広がる。
その原因は一つ。
書斎が暗いのだ。
電気を点けていなくてもいつもなら隣りの部屋から漏れる明かりで薄明るい。
それが今日はないのだ。
恭介は無言でもう一つの部屋と繋がるドアへ歩み寄った。
そして少し強めにノックする。
しかしドアの向こうにいるべき人間の声もそして音さえも全く聞こえない。
恭介はドアノブを捻り、ゆっくりとその先を見つめた。
広がるのは暗闇のみ。
照明で明るくしても住人がそこにはいなかった。
まだ帰ってないのか?
もう夜中だろ・・・。
ドアを元に戻し、恭介は書斎から松井に内線をかけた。
『はい。』
「遅くにすまない。恭介だ。」
『どうかなされましたか?』
「風立を見なかったか?今日は早めに帰宅しているはずなんだが。」
感情が出そうになるのを堪え、恭介はなるべく平静を装った。
『風立でしたら、先ほど連絡がありまして知人の家に泊まるとのことですが。』
「知人?」
『ええ。何かあれば携帯に連絡してほしいと言付かっております。』
「っ・・・そうか。わかった。」
『恭介様?あの・・・風立に何か御用が?』
「いや。大した事じゃない。悪かったな。」
恭介は受話器を置いた。
すでに体中の血液が騒ぎ出していた。
汗も異常なほど、体から噴き出す。
「はっ・・・ははっ・・・。」
無性に笑いたくなった。
彼女は違うと・・・彼女だけは違うと信じていた。
その辺の安っぽい女共と違うとそう思っていたのに・・・。
「・・・くそっ。」
ドンと机から音が響き、そこに乗せられていた紙達がはらりと漂い床に落ちた。





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