42 / 53
第三章 溺れる部屋
濡れた幽霊
しおりを挟む
チラシに記載されている連絡先を控えてから、灼は夜一と共にシェアハウスに向かった。
物件に到着して、改めて外観を眺める。綺麗だし、おしゃれだ。この中に、いわくつきの部屋があるなんて誰も考えないだろう。
玄関を開けると、しんと静まり返っていた。平日の午前。住人たちは皆、出勤した後のようだった。
部屋に入った途端、夜一の顔色が悪くなったのが分かった。気配を感じたのだろう。また、不可思議な現象に遭遇するのかと気が重くなる。八家から聞いた「溺れる」というワードが頭をよぎった。
慎重に部屋の中に足を踏み入れたが、水が噴出するどころか、水滴のひとつも見当たらない。
良かった、と胸を撫でおろしたとき。
ふいに首元に違和感を覚えた。馴染みのある感覚だ。寧々がなにか、伝えようとしている。
「……どうした?」
灼の口調で、夜一も勘付いたらしい。
「寧々ちゃん?」
真っ青な顔をしながら、灼のそばに寄ってくる。
「え……」
ビクッと夜一の体が硬直した。しばらくして、小刻みに震えだす。
「部屋の中に、おるんやって」
幽霊が、いる。
「……マジかよ」
灼は、周囲をぐるりと見回した。リビング、寝室、トイレ。洗面所と浴室も確認したが、見当たらない。玄関にもいなかった。寝室のクローゼット、カーテンの後ろ、バルコニー。部屋中を探したが、どこにもいなかった。
そういえば、まだキッチンを確認していない。
このシェアハウスは、キッチンに垂れ壁を採用している。煙が室内に広がらないよう、防煙壁として設けているのだ。デザインも凝っており、丸みのあるアーチ型はナチュラルで柔らかい印象を与えている。
垂れ壁があるため、キッチンとリビングは空間が区切られたようになっていた。
そのキッチンを特に期待せず、灼は覗いたのだが……。
「……うわっ」
思わず、灼は後ずさった。
区切られたような空間の中、まるで隠れるようにして立っていた。女の幽霊だった。
青白い顔の女が、たしかにそこに存在していた。
「灼くん、どうしたん?」
灼の声を聞いた夜一が、慌てて駆け寄ってくる。
「お、おるん……?」
夜一の問いに、灼は静かにうなずいた。
「どんな顔か、分かる……?」
「あぁ」
これといって特徴のない顔だ。
それぞれのパーツが小さく、印象に残らない。地味といえば地味で、けれど粗もない。間違いなく、さっき駅で見たチラシの顔と同じだった。
「じゃあ、やっぱり。このひとが……」
「間違いねぇな」
このシェアハウスの最初の住人。行方不明だと思われていた人物。
谷上結花だ。
チラシに記載されていた連絡先に、連絡したほうが良いのだろうか。でも、なんと言えば良い?
お宅のお嬢さんはすでに死亡しています。幽霊になって、シェアハウスのキッチンにいます。
そんなことを伝えたって、いたずらだと判断されるに決まっている。無駄に家族を傷つけるだけだ。
灼は、改めて女を見た。
そうして、違和感に気づいた。
「濡れてる……」
白いワンピースを着用しているのだが、その裾から水が滴っていた。髪もぐっしょりだった。
視えない夜一のために詳細を伝えると、納得したようにうなずいた。
「やっぱり、水に関係してるんやな……。もしかして部屋の中で、溺れて亡くなったんやろうか」
「そうだとしたら、発見されてるはずだろ? 行方不明扱いにされる理由がない」
「理由ならあるよ。たとえば、事故物件にしたくなかったとか。価値が下がるやん? それで管理会社か、この物件の持ち主が遺体を隠したとか……」
「まぁ、価値を下げたくない気持ちは分かるけどな。でも、死体遺棄になるんだぞ。犯罪をおかしてまですることか?」
夜一と議論していたら、再び灼の首元に違和感があった。無意識に首に手をやる。
「寧々ちゃん……?」
夜一も反応した。
「なんて言ってるんだ?」
灼が問うと、夜一は「それがなぁ」と言いながら、首をかしげた。
「手を見て欲しいんやって」
「……手?」
「ある方向を指さしてるって、寧々ちゃんが言うねん」
なにかを伝えようとしているらしい。
灼は、ぼんやりと立っている幽霊を見た。その、指先。
たしかに、右手で指さしていた。ほとんど真下を示している。そこにあるのは、床下収納だった。
物件に到着して、改めて外観を眺める。綺麗だし、おしゃれだ。この中に、いわくつきの部屋があるなんて誰も考えないだろう。
玄関を開けると、しんと静まり返っていた。平日の午前。住人たちは皆、出勤した後のようだった。
部屋に入った途端、夜一の顔色が悪くなったのが分かった。気配を感じたのだろう。また、不可思議な現象に遭遇するのかと気が重くなる。八家から聞いた「溺れる」というワードが頭をよぎった。
慎重に部屋の中に足を踏み入れたが、水が噴出するどころか、水滴のひとつも見当たらない。
良かった、と胸を撫でおろしたとき。
ふいに首元に違和感を覚えた。馴染みのある感覚だ。寧々がなにか、伝えようとしている。
「……どうした?」
灼の口調で、夜一も勘付いたらしい。
「寧々ちゃん?」
真っ青な顔をしながら、灼のそばに寄ってくる。
「え……」
ビクッと夜一の体が硬直した。しばらくして、小刻みに震えだす。
「部屋の中に、おるんやって」
幽霊が、いる。
「……マジかよ」
灼は、周囲をぐるりと見回した。リビング、寝室、トイレ。洗面所と浴室も確認したが、見当たらない。玄関にもいなかった。寝室のクローゼット、カーテンの後ろ、バルコニー。部屋中を探したが、どこにもいなかった。
そういえば、まだキッチンを確認していない。
このシェアハウスは、キッチンに垂れ壁を採用している。煙が室内に広がらないよう、防煙壁として設けているのだ。デザインも凝っており、丸みのあるアーチ型はナチュラルで柔らかい印象を与えている。
垂れ壁があるため、キッチンとリビングは空間が区切られたようになっていた。
そのキッチンを特に期待せず、灼は覗いたのだが……。
「……うわっ」
思わず、灼は後ずさった。
区切られたような空間の中、まるで隠れるようにして立っていた。女の幽霊だった。
青白い顔の女が、たしかにそこに存在していた。
「灼くん、どうしたん?」
灼の声を聞いた夜一が、慌てて駆け寄ってくる。
「お、おるん……?」
夜一の問いに、灼は静かにうなずいた。
「どんな顔か、分かる……?」
「あぁ」
これといって特徴のない顔だ。
それぞれのパーツが小さく、印象に残らない。地味といえば地味で、けれど粗もない。間違いなく、さっき駅で見たチラシの顔と同じだった。
「じゃあ、やっぱり。このひとが……」
「間違いねぇな」
このシェアハウスの最初の住人。行方不明だと思われていた人物。
谷上結花だ。
チラシに記載されていた連絡先に、連絡したほうが良いのだろうか。でも、なんと言えば良い?
お宅のお嬢さんはすでに死亡しています。幽霊になって、シェアハウスのキッチンにいます。
そんなことを伝えたって、いたずらだと判断されるに決まっている。無駄に家族を傷つけるだけだ。
灼は、改めて女を見た。
そうして、違和感に気づいた。
「濡れてる……」
白いワンピースを着用しているのだが、その裾から水が滴っていた。髪もぐっしょりだった。
視えない夜一のために詳細を伝えると、納得したようにうなずいた。
「やっぱり、水に関係してるんやな……。もしかして部屋の中で、溺れて亡くなったんやろうか」
「そうだとしたら、発見されてるはずだろ? 行方不明扱いにされる理由がない」
「理由ならあるよ。たとえば、事故物件にしたくなかったとか。価値が下がるやん? それで管理会社か、この物件の持ち主が遺体を隠したとか……」
「まぁ、価値を下げたくない気持ちは分かるけどな。でも、死体遺棄になるんだぞ。犯罪をおかしてまですることか?」
夜一と議論していたら、再び灼の首元に違和感があった。無意識に首に手をやる。
「寧々ちゃん……?」
夜一も反応した。
「なんて言ってるんだ?」
灼が問うと、夜一は「それがなぁ」と言いながら、首をかしげた。
「手を見て欲しいんやって」
「……手?」
「ある方向を指さしてるって、寧々ちゃんが言うねん」
なにかを伝えようとしているらしい。
灼は、ぼんやりと立っている幽霊を見た。その、指先。
たしかに、右手で指さしていた。ほとんど真下を示している。そこにあるのは、床下収納だった。
3
あなたにおすすめの小説
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【完結】ホラー短編集「隣の怪異」
シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。
日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。
襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。
身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。
じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。
今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
怪蒐師
うろこ道
ホラー
第8回ホラー•ミステリー大賞で優秀賞を受賞しました。ありがとうございました!
●あらすじ
『階段をのぼるだけで一万円』
大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。
三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。
男は言った。
ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。
ーーもちろん、ただの階段じゃない。
イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。
《目次》
第一話「十三階段」
第二話「忌み地」
第三話「凶宅」
第四話「呪詛箱」
第五話「肉人さん」
第六話「悪夢」
最終話「触穢」
※他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる