40 / 53
第三章 溺れる部屋
八家不動産
しおりを挟む
その日はホテルに宿泊して、翌日は早朝から八家不動産を訪ねることになった。情報収集のためだ。不動産の看板を掲げてはいるものの、八家不動産はオカルト的な事象を取り扱う情報屋なのだ。
灼がまだ東京に住んでいた時分に世話になった。今回の物件があるのは横浜だが、地域性については特に問題ないらしい。関東近郊のオカルト物件は、ほとんど網羅しているという。
古い町並みが残る下町の一角に、八家不動産はあった。時代を感じるレトロな平屋建て。いかにも個人経営といった感じだった。モノクロの物件チラシが、入口に置かれたスタンド看板に貼り付けてある。
扉を開けると、カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃい」
店の奥から、グレイヘアの男性が姿を現した。写真では見たことがある。
八家征太郎だ。
「あ、八家さんーー!」
「夜一くんか」
八家が目を細めて笑う。
「朝早くからすみません。ちょっとお話を伺いたくて。お邪魔させてもらいました!」
「相変わらず、夜一くんのところは商売繁盛みたいだなぁ」
八家は絶えず笑みを浮かべているのだが、なんとなく表情にアンバランスさを感じた。たぶん、眉間に皺が刻まれているからだろう。柔和な笑みと眉間の深い皺。それが不釣り合いというか、相容れないと思わせるのだ。
実物のほうが胡散臭せぇ……と思ったが、それを悟られないように、灼はぺこりと頭を下げた。
「あぁ、君が『灼くん』か」
「はい」
おそらく、灼のことは夜一から聞いているのだろう。
「ホテルで寝たきりだったみたいだね」
「……はい?」
「ちょっと幽霊と接触しただけで腰砕けになって、ベッドから起き上がれなくなったとか」
忌み地の元凶になった怨念。分離したモノに影響を受けて、たしかにあのとき灼は、八家が指摘した通りの状態だった。
灼は、隣にいる夜一を無言で睨んだ。視線で殺すくらいの念を込めて。コイツが八家に吹き込みやがったのだ。
ぐぎぎぎ、と奥歯を噛み締めていたら、八家が「今は助手なんだってね」とにこやかに言った。笑っているのに笑っていない感じがする。さっきとは違う意味で。
このジジイ、さては嫌なヤツだな……!
灼は確信した。血管がブチ切れる寸前だ。「そんな奴に助手が務まるのか?」と疑いの目で見られている気がする。苛立ちがMAXで、体中の血が沸騰しそうだった。
「八家さん、それは違いますよぉ~~!」
夜一が呑気に否定する。
「違うのかい?」
「助手は助手なんですけど。それは名目上というか、カタチだけっていうか。ほんまは、パートナーなんです~~!」
のほほんとした夜一が、持論を展開する。
八家は笑顔のまま、コーヒーミルを棚から取り出した。豆の袋を開け、計量を開始する。夜一の話が長くなることを察したのだろう。さすがは付き合いが古いだけのことはある。
「八家さんもご存知の通り、おれは気配を感じ取れるし、対話することもできる。でも、残念ながら視えへんのです。灼くんは、その逆で。気配は感じひんし、声も聞こえへんけど、視えるんです! もうバッチリ! めっちゃすごくないですか? お互いの足りない部分を補っているというか、凸凹コンビっていうか~~!」
「凸凹コンビねぇ……」
満面の笑みで語る夜一に毒気を抜かれたのか、八家の表情が苦笑いにかわる。
灼はそれを見て、多少は溜飲を下げた。
ひと通り「パートナー論」を披露した後、夜一はシェアハウスの件にも言及した。青倉が住むことになった、例の部屋。このジジイが情報を持っているのか、灼はまるで期待していなかったのだけれども……。
「あぁ、あのシェアハウスねぇ」
うなずきながら、八家が豆を挽き始めた。
「もしかして八家さん、なにか知ってるんですか?」
夜一が、前のめりで八家に問う。
「その依頼人が住んでるというのは、一階の角部屋だろう」
ピタリと言い当てられて、灼は思わず息を飲んだ。夜一も驚いたのだろう。大きく目を見開いている。
「そ、そうです……!」
「あそこは人気の物件でねぇ、募集開始と同時に、あっという間に借り手が見つかったんだよ」
「でも、依頼人は不動産の営業から、かなり強引にその部屋をすすめられたと言っていました」
豆を挽く八家の手が、ピタリと止まった。
「……まぁ、その不動産屋も仕事だからねぇ。本来は、すすめてはいけない部屋なんだけど」
一階の角部屋。その部屋だけ、入れ替わりが激しいというのだ。入居しても、すぐに住人が退去してしまうらしい。
「部屋干しをしても服が乾かなかったり、朝カーテンを開けると水滴が窓にびっしりと付着していたり。初めは、そういう現象らしいよ。まぁ、それだけだと特におかしいとは思わないようだね。最近は、加湿器を可動している場合も多いから。それが原因だと考えるんだろう」
再び、ガリガリと豆を挽く。
「次は、壁にシミが滲む。床が水で不自然に濡れている。異音もする。この辺りから、少しずつ住人は不気味に思うようになる。天井から水滴が落ちてきて、我慢できずに管理会社に苦情を訴える。しかし、上階は物置になっていて水漏れすることはあり得ない」
昨日、灼と夜一が体験したのと同じ事象だ。
灼がまだ東京に住んでいた時分に世話になった。今回の物件があるのは横浜だが、地域性については特に問題ないらしい。関東近郊のオカルト物件は、ほとんど網羅しているという。
古い町並みが残る下町の一角に、八家不動産はあった。時代を感じるレトロな平屋建て。いかにも個人経営といった感じだった。モノクロの物件チラシが、入口に置かれたスタンド看板に貼り付けてある。
扉を開けると、カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃい」
店の奥から、グレイヘアの男性が姿を現した。写真では見たことがある。
八家征太郎だ。
「あ、八家さんーー!」
「夜一くんか」
八家が目を細めて笑う。
「朝早くからすみません。ちょっとお話を伺いたくて。お邪魔させてもらいました!」
「相変わらず、夜一くんのところは商売繁盛みたいだなぁ」
八家は絶えず笑みを浮かべているのだが、なんとなく表情にアンバランスさを感じた。たぶん、眉間に皺が刻まれているからだろう。柔和な笑みと眉間の深い皺。それが不釣り合いというか、相容れないと思わせるのだ。
実物のほうが胡散臭せぇ……と思ったが、それを悟られないように、灼はぺこりと頭を下げた。
「あぁ、君が『灼くん』か」
「はい」
おそらく、灼のことは夜一から聞いているのだろう。
「ホテルで寝たきりだったみたいだね」
「……はい?」
「ちょっと幽霊と接触しただけで腰砕けになって、ベッドから起き上がれなくなったとか」
忌み地の元凶になった怨念。分離したモノに影響を受けて、たしかにあのとき灼は、八家が指摘した通りの状態だった。
灼は、隣にいる夜一を無言で睨んだ。視線で殺すくらいの念を込めて。コイツが八家に吹き込みやがったのだ。
ぐぎぎぎ、と奥歯を噛み締めていたら、八家が「今は助手なんだってね」とにこやかに言った。笑っているのに笑っていない感じがする。さっきとは違う意味で。
このジジイ、さては嫌なヤツだな……!
灼は確信した。血管がブチ切れる寸前だ。「そんな奴に助手が務まるのか?」と疑いの目で見られている気がする。苛立ちがMAXで、体中の血が沸騰しそうだった。
「八家さん、それは違いますよぉ~~!」
夜一が呑気に否定する。
「違うのかい?」
「助手は助手なんですけど。それは名目上というか、カタチだけっていうか。ほんまは、パートナーなんです~~!」
のほほんとした夜一が、持論を展開する。
八家は笑顔のまま、コーヒーミルを棚から取り出した。豆の袋を開け、計量を開始する。夜一の話が長くなることを察したのだろう。さすがは付き合いが古いだけのことはある。
「八家さんもご存知の通り、おれは気配を感じ取れるし、対話することもできる。でも、残念ながら視えへんのです。灼くんは、その逆で。気配は感じひんし、声も聞こえへんけど、視えるんです! もうバッチリ! めっちゃすごくないですか? お互いの足りない部分を補っているというか、凸凹コンビっていうか~~!」
「凸凹コンビねぇ……」
満面の笑みで語る夜一に毒気を抜かれたのか、八家の表情が苦笑いにかわる。
灼はそれを見て、多少は溜飲を下げた。
ひと通り「パートナー論」を披露した後、夜一はシェアハウスの件にも言及した。青倉が住むことになった、例の部屋。このジジイが情報を持っているのか、灼はまるで期待していなかったのだけれども……。
「あぁ、あのシェアハウスねぇ」
うなずきながら、八家が豆を挽き始めた。
「もしかして八家さん、なにか知ってるんですか?」
夜一が、前のめりで八家に問う。
「その依頼人が住んでるというのは、一階の角部屋だろう」
ピタリと言い当てられて、灼は思わず息を飲んだ。夜一も驚いたのだろう。大きく目を見開いている。
「そ、そうです……!」
「あそこは人気の物件でねぇ、募集開始と同時に、あっという間に借り手が見つかったんだよ」
「でも、依頼人は不動産の営業から、かなり強引にその部屋をすすめられたと言っていました」
豆を挽く八家の手が、ピタリと止まった。
「……まぁ、その不動産屋も仕事だからねぇ。本来は、すすめてはいけない部屋なんだけど」
一階の角部屋。その部屋だけ、入れ替わりが激しいというのだ。入居しても、すぐに住人が退去してしまうらしい。
「部屋干しをしても服が乾かなかったり、朝カーテンを開けると水滴が窓にびっしりと付着していたり。初めは、そういう現象らしいよ。まぁ、それだけだと特におかしいとは思わないようだね。最近は、加湿器を可動している場合も多いから。それが原因だと考えるんだろう」
再び、ガリガリと豆を挽く。
「次は、壁にシミが滲む。床が水で不自然に濡れている。異音もする。この辺りから、少しずつ住人は不気味に思うようになる。天井から水滴が落ちてきて、我慢できずに管理会社に苦情を訴える。しかし、上階は物置になっていて水漏れすることはあり得ない」
昨日、灼と夜一が体験したのと同じ事象だ。
3
あなたにおすすめの小説
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【完結】ホラー短編集「隣の怪異」
シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。
日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。
襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。
身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。
じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。
今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
怪蒐師
うろこ道
ホラー
第8回ホラー•ミステリー大賞で優秀賞を受賞しました。ありがとうございました!
●あらすじ
『階段をのぼるだけで一万円』
大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。
三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。
男は言った。
ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。
ーーもちろん、ただの階段じゃない。
イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。
《目次》
第一話「十三階段」
第二話「忌み地」
第三話「凶宅」
第四話「呪詛箱」
第五話「肉人さん」
第六話「悪夢」
最終話「触穢」
※他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる