30 / 53
第二章 不幸が続く家
記憶
しおりを挟む
深夜になっても雨は止まず、シトシトという雨音が部屋の中に響く。
「雨、止まへんな……」
横になった夜一が、ぽつりと言った。
「まだ、起きてたのか」
「うん。灼くんもやろ? 枕が変わったら、寝られへんもんな?」
茶化すように夜一が言う。
「うるせぇ」
普段は粗暴を絵に描いたような灼だが、繊細な部分もある。夜一が指摘した通り、枕が変わると寝付けないのだ。
「朝になったら、晴れとるかな?」
「そうだと良いけどな。雨の中、あの酷道を運転するのは面倒くせぇから」
いい加減、眠りたい。灼は祈るように目を閉じた。
✤
目が覚めると、どういうわけか灼は、あの的形の屋敷にいた。
一瞬、訳が分からなかった。間違いなく、自分は民宿にいたはずだ。
それなのに、どうして……。
ふいに、足音が聞こえた。振り返ると数人の男女がいた。皆、着物を纏っている。その中の一人、中年の女が灼を見て眉を潜める。
「カヤ、そんなところで何をしてるん!」
甲高い声だった。
女が睨みながら、こちらに向かってくる。
「母屋には来たらあかんって、いつも言うてますやろ。あんたの家はね、あの蔵なんよ。分かる?」
女が、土蔵を指さす。
「嬉しいやろ? もともと住んでた家より、あの蔵のほうがよっぽど立派なんやから」
女の口元は、ひどく歪んでいる。なんて醜い顔だろうと思う。
仕方なく蔵に戻り、手毬をつく。
手毬には、わずかに泥が付着している。何度も拭ったが、なかなか綺麗にはならない。泥を見る度に、耳の奥に轟音が響く。嫌な音だ。
濁流が、全てを飲み込んでしまった。
父と母の墓。それから生家。的形の屋敷と比べると、みすぼらしい家だったけれど、自分にとっては大切な家だった。
唯一、手元に残ったのが手毬だった。
母から教わった手毬唄を歌う。
こんな歌だったろうか。あの頃よりも、ずいぶん物悲しいメロディーが耳に届く。
……寂しい。
最近、毎日のように思う。
ここには、自分を気遣ってくれる者はいない。優しい言葉をかけてもらうこともない。
寂しい。心細い。
自分はずっと、ひとりぼっちだ。
……誰も、おらへんの?
ひとりで手毬をつくのは、飽きてしまった。誰か、誰か。一緒に遊びたい。名前を呼んで欲しい。寂しい。心細い。誰か……。
✤
「灼くん」
体を揺すられて、灼は目が覚めた。
「夜一、か……?」
「うん」
暗闇の中に、ぼんやりと夜一の顔が浮かんでいる。心配そうに、灼をのぞき込んでいる。
「大丈夫? うなされてたけど」
「平気だ」
……あれは、夢だったのか。
それにしては、ずいぶんリアルだった。全身が気持ち悪い。汗でぐっしょりだ。
目を閉じたが、それから眠ることはできなかった。朝になっても、雨は降り続いていた。
「雨の勢い、昨日より増してるなぁ」
夜一が、窓の外の曇天を眺めて言った。民宿のすぐそばを流れる川も、昨夜より増水しているようだ。
「今日は、行動できひんな……。あの集落の辺りは地盤が緩いらしいから、また土砂崩れでも起こったら大変やし」
「ツイてねぇな」
布団から体を起こし、灼は舌打ちをした。
不機嫌な灼とは反対に、夜一は楽しそうだ。上機嫌で茶を淹れ始める。
「おれも一緒に遊べたらなぁ」
昨日に引き続き、寧々とカヤは一緒に遊んでいる。なんでも、カヤに手毬唄を教えてもらい、寧々も一緒に歌っているというのだ。
「……お前、良い年して手毬なんかで遊びたいのか?」
小馬鹿にしたように言うと、夜一が憐れんだような目で灼を見た。
「灼くん。寧々ちゃんの歌が聞かれへんからって、おれに嫉妬せんといてよ」
「はぁ!?」
見当違いも良いところだ。なぜ、夜一なんぞに嫉妬しなければいけないのか。まぁ、多少は寧々の手毬唄が聞けたらいいかも、とは思うのだが……。
「はぁーーい、お茶ですよ~~!」
声を聞いて、二人のいる場所を正確に掴んでいる。夜一は寧々とカヤの近くに湯呑を置いた。
手毬で遊ぶのを中断して、二人は仲良く茶を飲み始めた。こうして並んでいるのを見ると、友だちのようであり、姉妹のようでもある。
「寂しくは、なさそうだな……」
「え? 灼くん、何か言うた?」
ズズ~~! と茶をすすりながら、夜一が灼のほうを見る。
「いや。別に」
「灼くんの分もあるで?」
「あぁ」
柔らかく湯気の立つ湯呑に、灼は手を伸ばした。
「雨、止まへんな……」
横になった夜一が、ぽつりと言った。
「まだ、起きてたのか」
「うん。灼くんもやろ? 枕が変わったら、寝られへんもんな?」
茶化すように夜一が言う。
「うるせぇ」
普段は粗暴を絵に描いたような灼だが、繊細な部分もある。夜一が指摘した通り、枕が変わると寝付けないのだ。
「朝になったら、晴れとるかな?」
「そうだと良いけどな。雨の中、あの酷道を運転するのは面倒くせぇから」
いい加減、眠りたい。灼は祈るように目を閉じた。
✤
目が覚めると、どういうわけか灼は、あの的形の屋敷にいた。
一瞬、訳が分からなかった。間違いなく、自分は民宿にいたはずだ。
それなのに、どうして……。
ふいに、足音が聞こえた。振り返ると数人の男女がいた。皆、着物を纏っている。その中の一人、中年の女が灼を見て眉を潜める。
「カヤ、そんなところで何をしてるん!」
甲高い声だった。
女が睨みながら、こちらに向かってくる。
「母屋には来たらあかんって、いつも言うてますやろ。あんたの家はね、あの蔵なんよ。分かる?」
女が、土蔵を指さす。
「嬉しいやろ? もともと住んでた家より、あの蔵のほうがよっぽど立派なんやから」
女の口元は、ひどく歪んでいる。なんて醜い顔だろうと思う。
仕方なく蔵に戻り、手毬をつく。
手毬には、わずかに泥が付着している。何度も拭ったが、なかなか綺麗にはならない。泥を見る度に、耳の奥に轟音が響く。嫌な音だ。
濁流が、全てを飲み込んでしまった。
父と母の墓。それから生家。的形の屋敷と比べると、みすぼらしい家だったけれど、自分にとっては大切な家だった。
唯一、手元に残ったのが手毬だった。
母から教わった手毬唄を歌う。
こんな歌だったろうか。あの頃よりも、ずいぶん物悲しいメロディーが耳に届く。
……寂しい。
最近、毎日のように思う。
ここには、自分を気遣ってくれる者はいない。優しい言葉をかけてもらうこともない。
寂しい。心細い。
自分はずっと、ひとりぼっちだ。
……誰も、おらへんの?
ひとりで手毬をつくのは、飽きてしまった。誰か、誰か。一緒に遊びたい。名前を呼んで欲しい。寂しい。心細い。誰か……。
✤
「灼くん」
体を揺すられて、灼は目が覚めた。
「夜一、か……?」
「うん」
暗闇の中に、ぼんやりと夜一の顔が浮かんでいる。心配そうに、灼をのぞき込んでいる。
「大丈夫? うなされてたけど」
「平気だ」
……あれは、夢だったのか。
それにしては、ずいぶんリアルだった。全身が気持ち悪い。汗でぐっしょりだ。
目を閉じたが、それから眠ることはできなかった。朝になっても、雨は降り続いていた。
「雨の勢い、昨日より増してるなぁ」
夜一が、窓の外の曇天を眺めて言った。民宿のすぐそばを流れる川も、昨夜より増水しているようだ。
「今日は、行動できひんな……。あの集落の辺りは地盤が緩いらしいから、また土砂崩れでも起こったら大変やし」
「ツイてねぇな」
布団から体を起こし、灼は舌打ちをした。
不機嫌な灼とは反対に、夜一は楽しそうだ。上機嫌で茶を淹れ始める。
「おれも一緒に遊べたらなぁ」
昨日に引き続き、寧々とカヤは一緒に遊んでいる。なんでも、カヤに手毬唄を教えてもらい、寧々も一緒に歌っているというのだ。
「……お前、良い年して手毬なんかで遊びたいのか?」
小馬鹿にしたように言うと、夜一が憐れんだような目で灼を見た。
「灼くん。寧々ちゃんの歌が聞かれへんからって、おれに嫉妬せんといてよ」
「はぁ!?」
見当違いも良いところだ。なぜ、夜一なんぞに嫉妬しなければいけないのか。まぁ、多少は寧々の手毬唄が聞けたらいいかも、とは思うのだが……。
「はぁーーい、お茶ですよ~~!」
声を聞いて、二人のいる場所を正確に掴んでいる。夜一は寧々とカヤの近くに湯呑を置いた。
手毬で遊ぶのを中断して、二人は仲良く茶を飲み始めた。こうして並んでいるのを見ると、友だちのようであり、姉妹のようでもある。
「寂しくは、なさそうだな……」
「え? 灼くん、何か言うた?」
ズズ~~! と茶をすすりながら、夜一が灼のほうを見る。
「いや。別に」
「灼くんの分もあるで?」
「あぁ」
柔らかく湯気の立つ湯呑に、灼は手を伸ばした。
4
あなたにおすすめの小説
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
怪蒐師
うろこ道
ホラー
第8回ホラー•ミステリー大賞で優秀賞を受賞しました。ありがとうございました!
●あらすじ
『階段をのぼるだけで一万円』
大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。
三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。
男は言った。
ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。
ーーもちろん、ただの階段じゃない。
イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。
《目次》
第一話「十三階段」
第二話「忌み地」
第三話「凶宅」
第四話「呪詛箱」
第五話「肉人さん」
第六話「悪夢」
最終話「触穢」
※他サイトでも公開しています。
神送りの夜
千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。
父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。
町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。
【完結】ホラー短編集「隣の怪異」
シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。
日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。
襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。
身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。
じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。
今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる