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3.味噌煮込みうどん(愛知)

夏の早朝

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 杉野館の台所、まだ早朝の時刻。千影が出勤して朝食の準備をしていると、結野が食堂にやって来た。

「おはよう……」

 ずいぶん疲れ切った顔をしている。こういうときの彼は、たいてい徹夜明けだ。千影はコーヒーを淹れて結野に手渡した。

「ありがとう、千影ちゃん」

「どういたしまして」

 結野はミステリー作家だ。本人曰く、兼業で細々と執筆しているらしい。

 細々と、という割りには、そこそこの頻度で徹夜をしている気がする。一睡もせずに朝を迎えると、いつもこんな風に疲れ果てた顔をしている。彼のやつれた表情を初めて見たときは少し驚いたけれど、今ではすっかり慣れてしまった。

「徹夜明けのコーヒーは沁みるなぁ」

 ホットコーヒーをふぅふぅしながら、結野がぼうっとした顔で千影の手元を眺めている。やはり、一睡もしていないらしい。

「夏はアイスコーヒーのほうがいいですか?」

 すっかり徹夜明けのコーヒー係になっている千影が、結野に確認する。

「んー、熱いほうがいいかな。香りがより感じられるから……」

 力なく結野が答える。花に例えると、しおれた状態だなと思いながら千影は手を動かす。男性を花に例えるのはおかしいのかもしれないけど、結野にはそうさせる雰囲気がある。

「それにしても、すっかり夏だね」

 彼の言う通り、七月に入ってから急にぐっと気温が上がった。飛騨地方でも連続して真夏日が続いている。

 夏は食材が傷みやすい時期だから、まかない係としては気を使う。いつも以上にしっかりと手を洗い、消毒して、調理するときは中までしっかりと火を通すようにしている。調理器具は洗ったあと、しっかりと水気を取ることも大事だ。

 特に、お弁当作りには細心の注意を払っている。一度冷凍したおかずは再度加熱して、冷ましてからお弁当箱に詰めるようにしている。

「ご飯やおかずを熱いまま詰めると、蒸気がこもって菌が繁殖してしまうんです。なので、必ず粗熱をとってから蓋をしています」

「そうなんだ」

 お弁当を準備する千影のとなりで、眠そうな結野が相槌をうちながら聞いている。

「……もうひと頑張りして、朝ごはん食べようかな」

 右手で左肩をぐりぐりと刺激しながら、結野が言う。

 今日、結野は有休をとっているらしい。徹夜明けの日はいつもそうだ。

「お弁当、結野さんの分も置いておきますね」

「うん、ありがとう」

 そう言って、結野は自室へと戻って行った。

 株式会社ワカミヤでは、兼業が認められている。入社する際に千影も説明を受けた。若い人材をひとりでも多く確保するためだと聞いて、昨今の人手不足の深刻さを知った。

 結野が部屋に戻ったあと、千影は黙々と手を動かし、お弁当用のおかずをこしらえた。暑い季節を乗り切るためにも、おいしく食べられて、栄養があるもの。季節の食材をたっぷり使ったレシピにしたい。

・ピーマンと豚バラのにんにく味噌炒め
・茄子の甘辛照り焼き
・ゴーヤとツナの梅マヨ和え
・ズッキーニの肉巻き
・夏野菜の焼きびたし
・ひんやりトマトの出汁漬け

 お弁当のおかずのメインは、ピーマンと豚バラのにんにく味噌炒め。ご飯によく合うスタミナ満点メニューだ。副菜は、茄子の甘辛照り焼きとゴーヤとツナの梅マヨ和えにする。

 まず、初めにご飯をお弁当に詰める。それから大葉を仕切りとして使い、おかずを入れていく。メインをどどんと多めに、副菜でスキマをうめるようにする。見栄よく詰めていくのがポイントだ。

 ズッキーニの肉巻き、夏野菜の焼きびたし、ひんやりトマトの出汁漬けは、作り置きとして冷蔵庫へ。夕食の副菜として使ったり、明日以降のお弁当のおかずになったりする。

 早朝は仕事がはかどる。特に夏場は、この時間帯に火を使う仕事を済ませておくと、気持ちが楽になる。

 粗熱が取れたことが確認できたら、お弁当に蓋をしていく。

 お弁当箱は、飛騨春慶ひだしゅんけいを使用している。会社から支給されたものだ。飛騨高山の伝統工芸品で、透漆すきうるしと呼ばれる透明感のある美しい色合いが特徴の漆器だった。

 実際に手に取ったとき、艶やかさに感動した。

 使用するのをためらうほどの美しさだったけれど、使えば使うほど艶やかさが増すと知り、傷をつけないように留意しながらも、こしらえたおかずをぎゅぎゅっと詰めている。 

 飛騨春慶のお弁当箱に詰めることで、まるで料亭で出されるような料理にランクアップする気がして、毎日気分が良い。ピーマンと豚バラのにんにく味噌炒めも、茄子の甘辛照り焼きも、ゴーヤとツナの梅マヨ和えも、何だかとっても美味しそうだ。

 千影は自分がこしらえたお弁当に満足しながら、ひとつひとつ清潔なクロスで包んでいった。
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