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第一章
第四話 絶望
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「やぁ。また会ったね」
目の前には中性的な人物がいた。
最初に出会った時と同じ体操座りで。
「『また会ったね』じゃ、ねぇよ。これは一体どういうことだ」
目の前の人物は言っている意味がわからないといった顔をしている。
「言ってる意味がわからないよ?」
まさにその通りだったようだ。
首を傾げ、キョトンとした顔をしている。
「簡潔に聞くぞ? お前は何だ。災厄とは何のことだ。そもそも表示が変わったのはどういうことだ」
エリニュスは、変わらずキョトンとしている。
「睡蓮君は頭が残念なのかな?」
「あぁ!?」
いきなりふざけたことを言ってきやがる。
「ハハハハ。いや、だってさ。ボク言ったよね? 全部説明してもボクが楽しくないんだよ。それにキミを助けるとは言ったけど、質問に答える義務も義理もないんだよ?」
ぐっ……言われてみれば、至極真っ当な理屈で返された。
「うん、でもキミとの会話は思っていたよりも面白いものがあるから、一つだけ答えてあげるよ」
エリニュスは一度小さく頷いて、指を一本立てた。
「勇者。これはね、世界の調整者なんだ。調律者と言い換えてもいい。時代の変わり目に現れて、世界を変革するもの。世界を調整するもの。キミの元いた世界にも少なからず存在している」
エリニュスは声音を変えずに語る。
しかしその声は不思議と聞き入るような音色に聞こえる。
「勇者というと『救世主』と考えるかもしれないが、それは人類の思い違いだ。キミたちの世界を例にするなら、ニコラテスラ、アドルフヒトラー、ナポレオン、etc……歴史上多数の偉人と呼ばれる人物がいたはずだ。ただ、その人物たちは皆善人や聖人だったか? 否、戦乱をもたらし人類の多くを葬り去った大量殺人鬼もいたはずだ」
エリニュスは物語を楽しむ子供のように瞳をキラキラさせ、楽しそうに笑う。
「そういう意味では、歴史上に名前を残さなかった勇者も沢山いたんだよ。要はね、勇者イコール救世主なんて幻想は人類の利己的で独善的な考え方なんだよ」
「つまり……お前は何が、言いたいんだ」
狂気的なのに耳をふさぐことが出来ないエリニュスの語りに、唾を飲み込み問う。
「んー、やっぱりキミは思ったよりも頭が残念なのかな? いや、それとも理解した上で目をそらしているのかな?」
エリニュスは瞳の色を深くして、頭を傾ける。
「何を、言っている。意味がわからない……」
「まぁ、どっちでもいいけどね。えっと、ボクが言いたいことか。ついつい語ってしまったけど、要はね。一緒なんだよ」
「一緒?」
「そう、一緒。勇者。魔王。救世主。災厄。言葉が違ったとしても、この世界において、これらの本質は同じものなんだよ。世界の視点から見れば、それらは同じく変革を与えるもの。世界を調律するもの。呼び名なんてものは、見る場所が違うだけのちっぽけなもの。つまりね――」
コイツは何を言っている。何が言いたい。まさか、いや。そんなことは聞きたくない。やめろ。やめろやめろ。やめろやめろやめろ――
「――本来キミは『勇者』だったんだよ」
頭が痛む。何かが削れる音がする。
「ここまでいって理解できない程、残念な頭ではないよね? そう、つまりキミは勇者を奪われたのさ」
エリニュスは楽しそうにに嗤い、そして続ける。
「ジタンという世界から見た時、キミは勇者ではなかった。いや、正しくないね。より勇者に相応しい者が現れた。そう、キミの幼馴染ちゃんさ。彼女はキミから勇者という称号を奪った。そして、キミには調整者としての資格が残った――だから災厄となった」
エリニュスは更に瞳を暗くする。そして、歪に口を歪めて嗤う。
でもそれは、睡蓮の瞳には映らない。頭を抱え、座り込んでしまったからだ。
「どうしたんだい? 瞳をそらし、耳を塞ぎ、口を縫い、心を閉ざそうと――変わらない。キミは世界に与えられたんだよ。『災厄』という称号を」
俺は顔をゆっくりと上げ、エリニュスを見据える。
「……どうすればいい」
「ん? なにがだい?」
「どうすれば、俺は……『勇者』を取り戻せる?」
エリニュスは楽しそうに嗤う。
「いいね。ボク好みの顔になってきたよ。それに免じて、あと二つ。追加で教えてあげよう」
エリニュスは最初に立てていた指を閉じ、そして新たに二つの指を立てた。
「一つ目。勇者を取り戻す方法。これは簡単で単純明快。キミ自身答えには既に辿り着いているはずだ、つまりは――」
エリニュスがゆっくりと口を動かす。
そんな……そんなことができるはずがない……
「でき、ない……」
「ん? しかし、それ以外に取り戻す方法なんてものはないよ。そして、できないなんてこともない。キミは『災厄』だ。既に答えにたどり着いていた。それはキミが無意識にその答えを望んだとも言える」
「そんなわけがないだろう!」
自分の意思とは違うことを決めつけるエリニュスに腹が立った。
それは怒声となって、飛び出していた。
しかし――
「ふふふ。そうだね。そう思うのであれば、それでいいんじゃないかな? ただ、その考えはすぐに変わる。変質する。キミが今思っているよりもずっとずっと早く……」
――エリニュスにはそれすらも楽しい劇を見るかのように笑った。
「さて、それじゃ時間もなくなってきた。楽しい時間は経つのも早いものだね。二つ目を教えようか。キミはこのあと目を覚ます。そして、楽しいことが待っているよ。その時、ボクが与えた加護がキミを助けてくれるはずさ。使い方は自ずと解る」
「どういう――」
聞こうとした瞬間目眩を覚えた。
深い深い闇に沈むような目眩。
「それじゃ、またね。次に会うのはいつになるだろうね。また話ができることを楽しみにしているよ」
そういって、エリニュスが笑いながら手を振っていたのが最後に映り、意識は闇に捕らわれた。
◆
目を覚ました時、涙が頬を伝っていた。
子供時代に悪夢を見た時のような恐怖感。
焦燥感と寝起きの混濁した意識で気持ち悪い。
窓の外を見ると、まだ暗かった。月夜に照らされて僅かな明かりが部屋の中を仄かに色付けている。
「月が……紅いな」
真っ赤な月を見上げ、顔を洗おうと後ろを振り向いた。
そこには影があった。影からは刃が伸びていた。
反射的に避け、かろうじて躱す。
「ッ!? なんだお前!?」
首を狙ったのか、首筋から血が流れる。痛い。
「『災厄』よ。キサマは生きていてはいけない。勇者の道を塞ぐ前に……世界の為に死ね!」
男だ。シルエットからはそれなりに屈強な男の姿が見てとれる。
全身に黒い装束を纏い、髪の毛や口も隠している。
唯一露出しているのは、鋭く光る猫のような瞳だけだ。
男は繰り返し凶刃を振りかざす。
俺は必死でかわし、壁に飾られていた洋刀を手に掴む。
「ッラァ!!」
「クッ!?」
本物の武器を掴んだのは初めてだ。
それでも向こうの世界では、スポーツや武道はそれなりに経験した。
袈裟がけに斬りつける俺の剣筋を男は持っていた刃で防ぐ。
予想外の反撃だったのか、男は隠している顔から唯一覗かせている瞳に苦々しい光を宿している。
「キサマは……何故抵抗する。キサマが死ななければ、この世界の住人が何人命を落とすかわからない。キサマは世界のために死ぬべきなのだ」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! なんで勝手に召喚したお前らの世界のために、俺が命を捨てる必要がある!」
激しく苛立つ。
なんだこいつらは。なんなんだ。俺がお前らに何をした。まだ何もしちゃいないだろう。
これからだって何をするかもわからない。ただ、世界から『災厄』という烙印を押されただけだ。
それがなんだというんだ。
「クソがッ!!」
怒りをぶつけるように剣を相手に叩きつける。
冷静さを取り戻した男はその悉くを防いだ。
そのまま月の明かりに照らされる部屋の中で剣戟の音が響く。
そして、その時はきた。
パキィン
ガラスの割れるような音が響く。
だが、割れたのはガラスじゃない。
俺の手の内にあった洋刀だ。
「クソッ!」
俺の命を狙う相手がそんな隙を見逃すはずもなく、影から伸びる刃は――
――俺の胸を貫いた。
「死ね。災禍よ」
ゴフッと声とも吐息ともとれる音を立てて、激しく熱いものが口から飛び出す。
鮮血だ。
飛んだ血は男にもかかるが、そんなものを意にも介さず刃をねじ込んでくる。
「痛って、ぇ……な、ん――これ――」
言葉がうまく紡げない。
痛みと熱。それに鉄の匂い、味が体を駆け巡る。
訳がわからない。これは、なんだ? 赤い。血か? 誰の? 俺の? こんなもん死ぬだろ。
意識が朦朧としてくる。
掠れる意識の中で、俺の中で何かが蠢く。
黒い何かが。これは――
――憎悪だ。殺意だ。憤怒だ。悔恨だ。嫌悪だ。
「これ、は……キサマ! 何をしている!? ヒッ!? やめ、やめろ!」
いつの間にか、俺の体を黒い影が蠢き、纏わりついている。
痛みは消えていた。もしかすると激しい感情が痛みを上回っているだけかもしれない。
『我、災厄を司る者也。災厄の名に於いて、復讐と悪辣の神の力を借り受ける。今ここ、この場に於いて、我に仇なす者に然るべき報復の刃を突き立てよ――』
気がつくと、俺の口からは何かの詠唱が行われていた。
自分じゃない何かが身体を導くように、操るように。
【叛逆ノ棘】
「ヒッ! やめっ、ウアアアァ……」
身体に纏わりついていた影が意思を持ったように男に襲いかかり、そして――
――男の姿は消えていた。
俺の身体に空いた傷は、塞がっていた。
「そう、か……これが、アイツの言っていた加護。そしてこれが……『災厄』としての扱いか……」
痛みと黒い感情が抜けきっていない。
顔を上げると、備え付けの鏡にひどい顔をした男が写っていた。
俺だ。黒神睡蓮という、世界から見捨てられた男だ。
いいだろう。
お前らが、そういうつもりなら。
俺は――
世界を敵に回す。この世界の全てに【叛逆】してやる。
そのために一番しなければいけないこと。
エリニュスの顔が浮かぶ。あの話をした、アイツの楽しそうな顔が――
『一つ目。勇者を取り戻す方法。これは簡単で単純明快。キミ自身答えには既に辿り着いているはずだ、つまりは――』
「俺は、光を。アイツを――」
「殺す」
どこかで中性的な顔をした、復讐の神が嗤う声がした。
目の前には中性的な人物がいた。
最初に出会った時と同じ体操座りで。
「『また会ったね』じゃ、ねぇよ。これは一体どういうことだ」
目の前の人物は言っている意味がわからないといった顔をしている。
「言ってる意味がわからないよ?」
まさにその通りだったようだ。
首を傾げ、キョトンとした顔をしている。
「簡潔に聞くぞ? お前は何だ。災厄とは何のことだ。そもそも表示が変わったのはどういうことだ」
エリニュスは、変わらずキョトンとしている。
「睡蓮君は頭が残念なのかな?」
「あぁ!?」
いきなりふざけたことを言ってきやがる。
「ハハハハ。いや、だってさ。ボク言ったよね? 全部説明してもボクが楽しくないんだよ。それにキミを助けるとは言ったけど、質問に答える義務も義理もないんだよ?」
ぐっ……言われてみれば、至極真っ当な理屈で返された。
「うん、でもキミとの会話は思っていたよりも面白いものがあるから、一つだけ答えてあげるよ」
エリニュスは一度小さく頷いて、指を一本立てた。
「勇者。これはね、世界の調整者なんだ。調律者と言い換えてもいい。時代の変わり目に現れて、世界を変革するもの。世界を調整するもの。キミの元いた世界にも少なからず存在している」
エリニュスは声音を変えずに語る。
しかしその声は不思議と聞き入るような音色に聞こえる。
「勇者というと『救世主』と考えるかもしれないが、それは人類の思い違いだ。キミたちの世界を例にするなら、ニコラテスラ、アドルフヒトラー、ナポレオン、etc……歴史上多数の偉人と呼ばれる人物がいたはずだ。ただ、その人物たちは皆善人や聖人だったか? 否、戦乱をもたらし人類の多くを葬り去った大量殺人鬼もいたはずだ」
エリニュスは物語を楽しむ子供のように瞳をキラキラさせ、楽しそうに笑う。
「そういう意味では、歴史上に名前を残さなかった勇者も沢山いたんだよ。要はね、勇者イコール救世主なんて幻想は人類の利己的で独善的な考え方なんだよ」
「つまり……お前は何が、言いたいんだ」
狂気的なのに耳をふさぐことが出来ないエリニュスの語りに、唾を飲み込み問う。
「んー、やっぱりキミは思ったよりも頭が残念なのかな? いや、それとも理解した上で目をそらしているのかな?」
エリニュスは瞳の色を深くして、頭を傾ける。
「何を、言っている。意味がわからない……」
「まぁ、どっちでもいいけどね。えっと、ボクが言いたいことか。ついつい語ってしまったけど、要はね。一緒なんだよ」
「一緒?」
「そう、一緒。勇者。魔王。救世主。災厄。言葉が違ったとしても、この世界において、これらの本質は同じものなんだよ。世界の視点から見れば、それらは同じく変革を与えるもの。世界を調律するもの。呼び名なんてものは、見る場所が違うだけのちっぽけなもの。つまりね――」
コイツは何を言っている。何が言いたい。まさか、いや。そんなことは聞きたくない。やめろ。やめろやめろ。やめろやめろやめろ――
「――本来キミは『勇者』だったんだよ」
頭が痛む。何かが削れる音がする。
「ここまでいって理解できない程、残念な頭ではないよね? そう、つまりキミは勇者を奪われたのさ」
エリニュスは楽しそうにに嗤い、そして続ける。
「ジタンという世界から見た時、キミは勇者ではなかった。いや、正しくないね。より勇者に相応しい者が現れた。そう、キミの幼馴染ちゃんさ。彼女はキミから勇者という称号を奪った。そして、キミには調整者としての資格が残った――だから災厄となった」
エリニュスは更に瞳を暗くする。そして、歪に口を歪めて嗤う。
でもそれは、睡蓮の瞳には映らない。頭を抱え、座り込んでしまったからだ。
「どうしたんだい? 瞳をそらし、耳を塞ぎ、口を縫い、心を閉ざそうと――変わらない。キミは世界に与えられたんだよ。『災厄』という称号を」
俺は顔をゆっくりと上げ、エリニュスを見据える。
「……どうすればいい」
「ん? なにがだい?」
「どうすれば、俺は……『勇者』を取り戻せる?」
エリニュスは楽しそうに嗤う。
「いいね。ボク好みの顔になってきたよ。それに免じて、あと二つ。追加で教えてあげよう」
エリニュスは最初に立てていた指を閉じ、そして新たに二つの指を立てた。
「一つ目。勇者を取り戻す方法。これは簡単で単純明快。キミ自身答えには既に辿り着いているはずだ、つまりは――」
エリニュスがゆっくりと口を動かす。
そんな……そんなことができるはずがない……
「でき、ない……」
「ん? しかし、それ以外に取り戻す方法なんてものはないよ。そして、できないなんてこともない。キミは『災厄』だ。既に答えにたどり着いていた。それはキミが無意識にその答えを望んだとも言える」
「そんなわけがないだろう!」
自分の意思とは違うことを決めつけるエリニュスに腹が立った。
それは怒声となって、飛び出していた。
しかし――
「ふふふ。そうだね。そう思うのであれば、それでいいんじゃないかな? ただ、その考えはすぐに変わる。変質する。キミが今思っているよりもずっとずっと早く……」
――エリニュスにはそれすらも楽しい劇を見るかのように笑った。
「さて、それじゃ時間もなくなってきた。楽しい時間は経つのも早いものだね。二つ目を教えようか。キミはこのあと目を覚ます。そして、楽しいことが待っているよ。その時、ボクが与えた加護がキミを助けてくれるはずさ。使い方は自ずと解る」
「どういう――」
聞こうとした瞬間目眩を覚えた。
深い深い闇に沈むような目眩。
「それじゃ、またね。次に会うのはいつになるだろうね。また話ができることを楽しみにしているよ」
そういって、エリニュスが笑いながら手を振っていたのが最後に映り、意識は闇に捕らわれた。
◆
目を覚ました時、涙が頬を伝っていた。
子供時代に悪夢を見た時のような恐怖感。
焦燥感と寝起きの混濁した意識で気持ち悪い。
窓の外を見ると、まだ暗かった。月夜に照らされて僅かな明かりが部屋の中を仄かに色付けている。
「月が……紅いな」
真っ赤な月を見上げ、顔を洗おうと後ろを振り向いた。
そこには影があった。影からは刃が伸びていた。
反射的に避け、かろうじて躱す。
「ッ!? なんだお前!?」
首を狙ったのか、首筋から血が流れる。痛い。
「『災厄』よ。キサマは生きていてはいけない。勇者の道を塞ぐ前に……世界の為に死ね!」
男だ。シルエットからはそれなりに屈強な男の姿が見てとれる。
全身に黒い装束を纏い、髪の毛や口も隠している。
唯一露出しているのは、鋭く光る猫のような瞳だけだ。
男は繰り返し凶刃を振りかざす。
俺は必死でかわし、壁に飾られていた洋刀を手に掴む。
「ッラァ!!」
「クッ!?」
本物の武器を掴んだのは初めてだ。
それでも向こうの世界では、スポーツや武道はそれなりに経験した。
袈裟がけに斬りつける俺の剣筋を男は持っていた刃で防ぐ。
予想外の反撃だったのか、男は隠している顔から唯一覗かせている瞳に苦々しい光を宿している。
「キサマは……何故抵抗する。キサマが死ななければ、この世界の住人が何人命を落とすかわからない。キサマは世界のために死ぬべきなのだ」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! なんで勝手に召喚したお前らの世界のために、俺が命を捨てる必要がある!」
激しく苛立つ。
なんだこいつらは。なんなんだ。俺がお前らに何をした。まだ何もしちゃいないだろう。
これからだって何をするかもわからない。ただ、世界から『災厄』という烙印を押されただけだ。
それがなんだというんだ。
「クソがッ!!」
怒りをぶつけるように剣を相手に叩きつける。
冷静さを取り戻した男はその悉くを防いだ。
そのまま月の明かりに照らされる部屋の中で剣戟の音が響く。
そして、その時はきた。
パキィン
ガラスの割れるような音が響く。
だが、割れたのはガラスじゃない。
俺の手の内にあった洋刀だ。
「クソッ!」
俺の命を狙う相手がそんな隙を見逃すはずもなく、影から伸びる刃は――
――俺の胸を貫いた。
「死ね。災禍よ」
ゴフッと声とも吐息ともとれる音を立てて、激しく熱いものが口から飛び出す。
鮮血だ。
飛んだ血は男にもかかるが、そんなものを意にも介さず刃をねじ込んでくる。
「痛って、ぇ……な、ん――これ――」
言葉がうまく紡げない。
痛みと熱。それに鉄の匂い、味が体を駆け巡る。
訳がわからない。これは、なんだ? 赤い。血か? 誰の? 俺の? こんなもん死ぬだろ。
意識が朦朧としてくる。
掠れる意識の中で、俺の中で何かが蠢く。
黒い何かが。これは――
――憎悪だ。殺意だ。憤怒だ。悔恨だ。嫌悪だ。
「これ、は……キサマ! 何をしている!? ヒッ!? やめ、やめろ!」
いつの間にか、俺の体を黒い影が蠢き、纏わりついている。
痛みは消えていた。もしかすると激しい感情が痛みを上回っているだけかもしれない。
『我、災厄を司る者也。災厄の名に於いて、復讐と悪辣の神の力を借り受ける。今ここ、この場に於いて、我に仇なす者に然るべき報復の刃を突き立てよ――』
気がつくと、俺の口からは何かの詠唱が行われていた。
自分じゃない何かが身体を導くように、操るように。
【叛逆ノ棘】
「ヒッ! やめっ、ウアアアァ……」
身体に纏わりついていた影が意思を持ったように男に襲いかかり、そして――
――男の姿は消えていた。
俺の身体に空いた傷は、塞がっていた。
「そう、か……これが、アイツの言っていた加護。そしてこれが……『災厄』としての扱いか……」
痛みと黒い感情が抜けきっていない。
顔を上げると、備え付けの鏡にひどい顔をした男が写っていた。
俺だ。黒神睡蓮という、世界から見捨てられた男だ。
いいだろう。
お前らが、そういうつもりなら。
俺は――
世界を敵に回す。この世界の全てに【叛逆】してやる。
そのために一番しなければいけないこと。
エリニュスの顔が浮かぶ。あの話をした、アイツの楽しそうな顔が――
『一つ目。勇者を取り戻す方法。これは簡単で単純明快。キミ自身答えには既に辿り着いているはずだ、つまりは――』
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