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最終章 数多の未来への選択編

※※※

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遊園地に到着ー。
…カップルばっかりー。そりゃそうか。ナイトパレードなんて恋人と行かずに誰と行くって話だよね。
で、私はどうしたらいいのかな?
ママが言う通り誰かしらチケットの片割れを持っててくれたら良いんだけど…。
ふむ…と一人考え込んでいると、コンコンと窓ガラスを軽くノックされた。
そちらをみると、葵お兄ちゃんが覗き込んで微笑んでくれている。
いたのが葵お兄ちゃんで、嬉しくてペタッと窓ガラスにくっつくと、何故か苦笑されて指を下に向けて何か指示している。
あ、ロックか。
鍵を開けるとそのままドアが開けられて、葵お兄ちゃんが手を差し伸べてくれた。
「えへへ」
ちょっと照れるけど素直にその手を握って車を降りる。
「葵お兄ちゃんも樹先輩にチケット渡されたの?」
「うん。正しくは買わされたんだけどね。ここの遊園地。樹財閥の傘下だから」
「なぬ?」
そう言えば高校の時に来た遊園地と違う場所だ。…ほほぅ?樹先輩、私に挑戦状を叩きつけたのかな?良かろう。全て無視して遊んでくれるわっ!どやっ!
「ほら。鈴ちゃん。ドヤ顔してないで遊びに行こうよ。折角買ったチケットなんだし」
「うんっ。行くっ」
真珠さんに後で迎えに来て貰う約束をして、私は葵お兄ちゃんの手をとって歩きだした。
「鈴ちゃん。そのワンピース初めて見るね。似合ってるよ、可愛い」
「えへへっ。本当?」
「うん。可愛い」
二回も言われて、ちょっと顔が熱くなる。だって葵お兄ちゃん、すっごく柔らかい笑顔くれるんだもん。
繋いだ手をぎゅっと握られて、これからデートだと思うと嬉しくて仕方ない。
仕方ない…んだけど。
ギロッとあからさまに葵お兄ちゃんに見惚れている女子達を睨みつけた。
貴女達、隣にいるの恋人だよね?どうして、葵お兄ちゃんと手を繋いでいる私を睨みつける様に見てるの?そんな風に見られたら私も睨み返すに決まってるよね?
「鈴ちゃん?」
「なぁに?葵お兄ちゃん?」
なになに?
ニッコリ微笑んで答えると、何故か頭を撫でられた。嬉しいからもっとっ!
自分から手に頭をすりつけると、葵お兄ちゃんが何故か私から顔を逸らす。何で何でー?
葵お兄ちゃんは一体何を見て…私を睨んでいた女子達の横にいる男?しかもその男は何故か私を見てる?
条件反射的にぴったりと葵お兄ちゃんにくっつくと、葵お兄ちゃんは繋いでいた手を離して肩を抱き寄せてくれた。
「大丈夫?鈴ちゃん」
「うん。大丈夫。葵お兄ちゃんが側にいるから」
「そっか。じゃあ、早速中に入ろう。ナイトパレードまで時間があるけど、鈴ちゃん、何か乗りたいのある?」
言いながら歩きだして、さっさと入場ゲートを越えてしまう。
私はゲートのスタッフに貰ったパンフを開いた。
「まずジェットコースターがいいな。それからジェットコースターにジェットコースターを…」
「…うん。じゃあこの遊園地のジェットコースター制覇しようか」
「おーっ」
もう一度手を繋ぎ直して。私達は一番近くのジェットコースターへ向かって、列に並ぶ。
特別招待券の所為か並ぶ人は少ない上に、基本的にカップルばかり。これなら直ぐに順番が回ってきそう。
わくわく。夜のジェットコースターって初めてだから楽しみっ♪
「そう言えば、鈴ちゃんは前に棗と遊園地来たんだっけ?」
「うんっ。二人きりではなかったけどねっ。それに、ほら、私を抜きにして、美男美女揃いだったから大変だったよ~」
「いや、鈴ちゃんを一番抜いちゃ駄目でしょ。どんなメンバーで行ったのか解らないけど、鈴ちゃんが一番綺麗なのは確実なんだから」
「それこそ身内の欲目って奴だよ~」
もう、葵お兄ちゃんは相変わらず口が上手いんだからー。葵お兄ちゃんに綺麗って言って貰えるのは嬉しいけどねっ!えへへ。
「身内と言えば、紫お姉ちゃん結婚決まったって~」
「えっ!?…それは、えーっと…彼と?」
「うん。例の彼と」
「………大丈夫なの?」
「大丈夫っ!中身は良い人だからっ!外身は妖怪だけどっ!」
「あぁ、うん…。そう、だね」
「……紫お姉ちゃんはね。露見尾くんみたいなタイプが良いんだよ。どんな事でも受け入れてくれるタイプがね。…今まで色んな事を飲みこんで、助けてと言う事も出来なかった紫お姉ちゃんは幸せにならなきゃだしね」
「鈴ちゃん。僕ずっと聞きたかったんだけど」
「ふみ?」
「あの時。紫さんと僕が二人で会話して乗りこんで来た時。紫さんに鈴ちゃんは何を言ったの?」
紫お姉ちゃんと葵お兄ちゃんが一緒にいた時…?
あぁ、あの時かぁ。
思いだして、頷く。別に隠すような事じゃないから、私はあっけらかんと答えた。
「大したこと言ってないよ。あの時、紫お姉ちゃんが私を攻撃する事で自分を保ってた。それは痛いほど共感出来たの」
母親と自分。二人しかいない辛さ。男に囲まれてどうしようもない苦しさ。性的な目でしか見られない、もしくは自分は道具にしかなりえない、そんな自分が嫌で嫌で堪らなくなる感情。
どれもこれも私には覚えのある感情で。前世での自分を紫お姉ちゃんに重ねて、だからこそ紫お姉ちゃんを救いたかった。紫お姉ちゃんが自分から幸せに手を伸ばして欲しかった。だから、言ったのだ。
「『必ず紫さんも紫さんの大事な人も助けてあげる。だから言って?一言で良いの。助けてって。私に言って』って。紫お姉ちゃんが自ら動く事に意味があるの。自分が動いたからこそ幸せを手に入れたんだって実感を持って欲しかった。そうすることで私が助けたという行動が紫お姉ちゃんの今後の足枷にならなくなるから」
「鈴ちゃん…。鈴ちゃんには敵わないな。全てお見通しなんだから」
「ふふっ。そんなことないよ。世の中私には解らない事ばっかりだもん。予想出来ない事ばかり起きるし。でも、だからこそ…」
だからこそ、私はこの世界に生まれ変わったんだなって。転生した人生を歩めてるんだなって、実感出来るんだよね。前世の華という存在を意識せずに美鈴って存在を受け入れる事が出来るんだ。
なんでだろう?今、凄く穏やかな気持ちになれてる。
私は素直に笑顔で示した。
「鈴ちゃん…」
葵お兄ちゃんが笑顔で答えてくれた。嬉しい。
見つめ合って微笑みあっていたら、ジェットコースターの列が進み順番が回ってきた。
「さっ、鈴ちゃんっ。楽しもうかっ」
「うんっ」
葵お兄ちゃんと一緒に私はジェットコースターに乗りこんだ。
はしゃいで。
騒いで。
葵お兄ちゃんにサイリウムのリボンを頭に着けられて、
「鈴ちゃん、可愛い」
と揶揄われたので、仕返しにうさみみ付きのシルクハットを葵お兄ちゃんの頭に被せて、
「葵お兄ちゃん、カッコいいよ~」
と笑う。
楽しい。
楽しい楽しいっ!!
葵お兄ちゃんと二人でこうして遊んでいるのが、デートしているのが楽しくて、嬉しくて堪らないっ!
許されるなら、叫びたいほどにっ!
だって、こうしているだけで、葵お兄ちゃんの気持ちが伝わってくる。
暖かい気持ちが…。葵お兄ちゃんのその温もりが私の持っている温もりと同じだと良い。
「鈴ちゃん。次はどうする?もう一つ乗る?それとも、パレードの場所取りに行く?」
「パレードかぁ…」
「因みに場所はあそこね」
私達はジェットコースター乗った後の階段を降りている最中。葵お兄ちゃんがパンフレットの地図と現在位置を見比べて、指さした位置は…うぅ~ん…。確かに良い位置だよ?良い位置なんだけど…うぅむ…。座席もある。あるんだけど…前後左右に男の人が座る可能性もあるよね?う、うぅ~ん…。
「鈴ちゃん、鈴ちゃん。ここに行かない?」
階段を降り終わって、人とぶつからない場所に避けた後に葵お兄ちゃんが指し示す。
「観覧車?」
「そう。パレード開始十分前から整理券が配布されるらしいんだ。昔からカップルに人気があってチケットは先着の争奪戦だったらしいんだけど、怪我人が出たらしく、今はパレード開始十分前にネットで整理券をゲットしなくちゃいけないんだってさ」
「へぇ~」
「本来はこの園内に五つ隠してあるパレード整理券配布用QRコードを全て読み取ってから、公式サイトに飛んで手続きをするのが必須条件なんだけど」
「ふみ?」
首を傾げて、葵お兄ちゃんの言葉の続きを待つ。
「ふふっ、鈴ちゃん。これ内緒だよ?僕と鈴ちゃんだけの内緒ね?」
そう言って葵お兄ちゃんはスマホの画面を見せてきた。そこには既に整理券のナンバーが書かれている。ナンバー0?
「龍也が特別に用意してくれたんだ。鈴ちゃんの事だからパレードの席には行けないだろうってね」
「あらー。樹先輩、完全に職権乱用じゃない。いっけないんだー」
「鈴ちゃん。使うの嫌?」
「使いましょうっ」
きりっとねっ!ぐっと手を握ってはっきりきっぱりっ!
一瞬きょとんとした葵お兄ちゃん。だけど、直ぐににやりと笑う。釣られて私もにやりする。
「樹先輩が職権乱用した所で私は痛くも痒くもないからねっ!」
「そゆことだね。さぁ、早速行こうか」
「おーっ」
樹先輩の扱いが雑?今更ですっ!
葵お兄ちゃんともう自然に手を繋いで並んで歩いている。男の人が近寄りそうになると、手を引いてくれて、逆に葵お兄ちゃんに女の人が態とぶつかろうとしてくるのを私が手を引いて回避させる。
途中、お土産ショップとか、屋台にも寄り道して。屋台に限定ドーナッツがある~っ♪
私が目敏くそれを見つけたのを、それこそ葵お兄ちゃんは目敏く発見して、ドーナッツを2つ買ってくれる。プレーンとチョコの2つ。食べ歩いても良いんだけど、観覧車に乗ってから食べようと二人でそのまま真っ直ぐ観覧車へと向かう。
樹先輩のくれたチケットで受付開始と同時に入って、ゴンドラに乗りこめた。
「これさ?葵お兄ちゃん」
「うん?」
「一番下になったら高い所で見えなくない?」
「あぁ、それはね。この観覧車のゴンドラ、全部で26台あるでしょう?」
「うん。あるね」
「それの半数、13台だけ乗る事が出来るらしいんだ。だからゴンドラ13台が上半球になった時に観覧車が一時停止するそうなんだ」
「へぇ~。じゃあ、皆見れるんだねぇ。…けど、少し遠いかもね」
「それはね。でも、やっぱり二人っきりになれるってのが大事なんじゃない?」
「それも、そっか」
葵お兄ちゃんと向かい合う形で座ってたけど、何か勿体なく感じて私は葵お兄ちゃんの横に座った。
「鈴ちゃん?」
「えへへっ、葵お兄ちゃんっ」
腕をぎゅっと抱きしめる。
「もう…鈴ちゃんは、ほんと反則だよね。可愛い」
すりすりと腕に頬をすりつけて甘える。ゴロゴロと葵お兄ちゃんに甘えていると、放送がスピーカーから流れて観覧車が動き出した。
腕に腕を巻き付けたまま、変わる景色を眺める。パレードの光の渦が地上に溢れ煌めいている。
「ねぇ、鈴ちゃん?」
「うんっ、なぁに?葵お兄ちゃんっ」
パレードを眺めて、上がったテンション高いまま聞き返すと葵お兄ちゃんに苦笑された。
……ん?葵お兄ちゃん、何だか…?
「葵お兄ちゃん、もしかして、ちょっと痩せた…?」
繋いでいない方の手で葵お兄ちゃんの頬へと手を伸ばして触れる。
「……色々、ね。僕も、成長しなきゃいけないから」
「そっか。でも、無理はしないでね。無茶も駄目だよ?」
私がそう言うと、葵お兄ちゃんは笑った。それから優しい笑みを浮かべたまま頷く。
「うん。大丈夫。…それでね、鈴ちゃん。聞きたい事があるんだけど」
「うん。なぁに?葵お兄ちゃん」
「鈴ちゃんは、これからも白鳥の総帥で居続けるんだよね?」
それは、そのつもりだけど…。いきなり何で?
「…ねぇ、鈴ちゃん。僕ね?今鴇兄さんに色々教わってるんだ」
「鴇お兄ちゃんに?」
「うん。…鈴ちゃん、覚えてる?僕が昔、鈴ちゃんに抱き付いて泣いた時」
忘れる訳ない。あの時を境に葵お兄ちゃんは本当に強くカッコよくなっていったんだから。
頷くと、葵お兄ちゃんは照れたように笑って言葉を続けた。
「あの時、僕は鈴ちゃんに言ったよね?鈴ちゃんにかけられる迷惑なら嬉しいって。鈴ちゃんはそれを否定したけれど。あの時の言葉は今も変わらないよ」
「葵お兄ちゃん…」
「でもね、今回の事件で僕は思ったんだ。僕はね、鈴ちゃん。鈴ちゃんより上の男になりたい」
「上の、男に?」
聞き返すと、真剣な顔で私を見て頷いた。いつもは澄んだ藍色の瞳が今はまるで炎の様に揺らめいている。
「鈴ちゃん。僕は鈴ちゃんが好きだよ」
「葵お兄ちゃん?」
「好きだからこそ、対等もしくは鈴ちゃんの上に行きたい。迷惑をかけられるのは確かに嬉しいよ。頼って貰えてるって思えるから。でも、それだけじゃ足りないんだ。鈴ちゃんが今僕達にしてくれているように。鈴ちゃんの事を守りたい。ちゃんと鈴ちゃんを丸ごと守れるようになりたいんだ」
「…と言う事は、もしかして、葵お兄ちゃん。白鳥総帥の座を狙っているって事?」
コクリと真剣に葵お兄ちゃんが頷いている。正直に言えば、紫お姉ちゃんが言ってた時も思ったけど、私は白鳥総帥の座にそこまで執着していない。総帥としてちゃんと運営出来る人間であり、私が信用出来る人間であるならば明け渡しても良いと思ってる。…でも、葵お兄ちゃんは譲り受ける事など受け入れないだろう。
それはきっと葵お兄ちゃんの矜持だと思うから。
「そう。……良いよ。葵お兄ちゃん。私は真正面から受けて立つよ」
ニヤリと笑うと、葵お兄ちゃんは何故かキョトンとして苦笑した。あれ?その反応は予想外なんだけど。
「ふふっ。違うよ、鈴ちゃん。確かに白鳥総帥の座が欲しいのかと言う言葉に頷いたけれど、僕は鈴ちゃんと敵対するつもりは欠片もないよ」
「え?」
「嫌だな。鈴ちゃん。僕が鈴ちゃんと争いたい訳ないだろう?」
ぐいっと肩を寄せられて抱きしめられる。
胸に抱き寄せてくれた事が素直に嬉しくて腕を回して自分からも抱きしめ、すりすりとほぼ条件反射のように額を胸にすりつける。
「…鈴ちゃん。僕は鈴ちゃんが思う以上にずっとずっと鈴ちゃんの事が好きなんだ。鈴ちゃんが僕を兄としてしか見ていないのなら、僕は兄としてあろうと思ってた。けど、男性恐怖症の鈴ちゃんが、僕のこの想いを少しでも受け入れて、同じような想いを持ってくれているのなら話は別だ。鈴ちゃん。鈴ちゃんは言ったね?紫さんに向かって、言ってくれたよね?僕は鈴ちゃんのものだって。それは僕と同じ想いを持ってくれていたから。そう思っても良いよね?」
「良いに決まってるよ。葵お兄ちゃんは私のっ!だったら当然その逆も受け入れるに決まってる」
「鈴ちゃん…。うん。ありがとう。嬉しいよ」
「ふふふ。覚悟してね、葵お兄ちゃん。私は独占欲強いよ~?」
「そんなの、僕の方が強いよ、絶対。その為の白鳥総帥の座だからね」
ふみ?どゆこと?
もぞもぞと動いて抱き着いたまま、下から葵お兄ちゃんを見上げる。顎しか見えない。あ、下向いてくれた。笑ってる。えへへ。
葵お兄ちゃんの顔が近寄って、耳の側に…?
「…鈴ちゃんが仕事出来なくなる事がこれから確実にあるからね。そうなってから僕が総帥を引き継いでも大変だからね。…言っておくけど、僕は鈴ちゃんを手放すつもりはないよ。絶対に」
ちゅっ、と耳にリップ音が…し、しかも、感触、が…ッ!?
えっ?えっ?
い、今の…っ、しかもさっきの言葉、ふ、深読みすると、その、結婚、とかっ、そう言う事っ!?
ボンッ!
沸点に一気に到達した私の顔はきっと赤い通り越して林檎だろう。いや、茹でられたタコだ、うん。
「あぁ、嬉しいな。鈴ちゃんが僕を男としてみてくれてる。凄く、凄く嬉しいっ」
そんなわたわたした私を見て喜ぶ葵お兄ちゃんの腕に力が込められた。
その力強さが、私にも喜びを伝えてくれて、それがまるでウィルスか何かのようにじんわりと浸食してくる。
嬉しい。私も嬉しいっ。
だけど何でかな?やられっぱなしってのは、何でか悔しいんだよ、葵お兄ちゃん。だから、ね?
顔を上げて、優しく微笑む葵お兄ちゃんに笑顔を返して。背中に回していた腕を首へとずらして。
「鈴ちゃん?…んっ!?」
葵お兄ちゃんの唇を奪った。驚きで目を見開く葵お兄ちゃんに私はしてやったり感で、ゆっくりと離れてそのまま葵お兄ちゃんの頭を抱き寄せた。
「…やっぱり鈴ちゃんには敵わないな。でもちゃんと追い抜いて見せるから。鈴ちゃんの全てを守れるようになってみせるからね」
「うん。待ってる。―――大好きだよ。葵」
「ッ!?……ズルいな、鈴ちゃんは。こうやって良い所全部持って行くんだから」
「へへっ。負けず嫌いなの、知ってるでしょう?」
「うん。知ってる。……美鈴。僕も、大好きだよ」

華やかな光の列と声が響く、その上空で。
私と葵お兄ちゃんは夜空の星と花火が祝福する中で―――キスをした。


そんな夢の様な日から、数日後―――。
「白鳥さんっ!僕を奴隷にする事を前提に付き合ってくださいっ!」
「その前提が嫌すぎるのでお断りしますっ」
呼び出された謎の告白も嫌だけど、それ以上に男の人が怖かったので私はダッシュで逃げ出す。
私は相変わらず男性が苦手なまま。男性恐怖症とはもう一生付き合って行かなきゃいけないんだろう。
でも、それでも構わないと思ってる。だって、私には…。
「鈴ちゃんっ」
「葵お兄ちゃんっ!」
最愛の人がいるから。
やっと日常に戻り、私は葵お兄ちゃんと二人、皆と待ち合わせているカフェテリアと向かっている。
「葵お兄ちゃん。どうして私の場所が分かったの?」
「あ、いや。解ったと言うか、僕もあそこに呼び出されてたんだよ」
………成程。葵お兄ちゃんも告白されていたと、そう言う事ね?
お互い様と言えど、嫉妬心は出てくるよね。むむむっ。
「…私のものに手を出す命知らずの女は誰かしら?」
「…僕のものに手を出す命知らずの男は誰だろう?」
思わず呟いた言葉が重なって。知らず同じ言葉を呟いた互いに驚き、次の瞬間には顔を合わせ笑っていた。
「所で鈴ちゃんは誰と待ち合わせ?」
「私?私はいつものメンバーだよ。葵お兄ちゃんは?」
「僕もいつも通りだよ。龍也と待ち合わせ」
「という事は」
「うん。同じ場所にいると思う」
向かう場所は一緒。なら、遠慮はいらないね。私は素直に葵お兄ちゃんの腕に抱き付く。
「呼び出しの理由、なんだろうね?」
「多分、これと関係あると思うよ?」
私は鞄から招待状を一つ取り出した。
「これって…?」
「円と風間くんの結婚式の招待状」
「えぇっ!?」
葵お兄ちゃんが盛大に驚き招待状をマジマジと見つめる。そんな葵お兄ちゃんにこの招待状を見せても良いんだけど、これから本人達の所に行く訳だしそっちから聞いた方が早いから私はいそいそと鞄に封筒をしまう。
「え?鈴ちゃん?僕、それみたい」
「これから会いに行くんだし、直に聞いたらいいよ。それより葵お兄ちゃんと二人きりの今は葵お兄ちゃんの視界は私が独占するのっ」
「……ほんっと鈴ちゃんって、ずるい。可愛過ぎる」
抱きしめられて、抱きしめ返して。
キスされたら、キスを返す。

白鳥葵ルートを知らず選んで。

気付けば、葵お兄ちゃんを誰かに取られたくないと強く願っていた。

それこそ、男性恐怖症という事が頭からすっぽ抜けて怒髪天を突くくらいには、葵お兄ちゃんの周りに女がいる事が許せなかった。

今ならばそれが嫉妬心で私がずっと葵お兄ちゃんを想っていたからだって良く分かる。

でも葵お兄ちゃんは私が想っている以上に私の事を想っていてくれた。

きっと葵お兄ちゃんは昔から想ってくれていたんだろう。

本来ならば白鳥家を色んな意味で嫌って憎んでいてもおかしくないのに。

全てを乗り越えて、自分から向き合って、私の為に白鳥総帥を目指してくれている。

私はそんな優しい葵お兄ちゃんに寄り添いたい。

側にいたい。

男性恐怖症は今も変わらず私の中で残っている。

だけど、私はそれを抱えてでも一緒にいたい、そんな面倒な私を守りたいと言ってくれる人に出会えた。

こんな奇跡あるのかな?

ただ一人の男(ひと)と出会えるなんて。

男性恐怖症の自分が乙女ゲームの世界に転生して、私の進む道は暗闇しかないだろう。

そう思っていたのに、こんな幸せが私に訪れた。

白鳥葵という大事な人に巡り合えた。

「鈴ちゃん」

「葵お兄ちゃん。ずっとずっと一緒にいようねっ!」

私は心の底から葵お兄ちゃんに告げる。
笑顔で頷いてくれる葵お兄ちゃんとのこれからはきっと幸せな日々だろう。

「逃げようとしても、逃がさないからねっ」

「望む所だよ」

宣言した私に、葵お兄ちゃんは強気に斬り返してくる。
葵お兄ちゃんの言葉に喜びながら。
でも…。

乙女ゲームのヒロインは、そんなに弱くないから、覚悟してねっ。葵お兄ちゃんっ。

と心で舌を出す私に、全てを受け入れてくれる葵お兄ちゃんは愛情の籠った優しいキスをくれた―――。



葵編 完
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