上 下
79 / 359
幼児編小話

塩対応の理由(日常:誘拐事件後:葉)

しおりを挟む
『貴方だって不倫してたじゃないっ!今更私の事をどうこう言う権利なんてないわっ!』
『それは誤解だよっ!どうして君はいつも僕の言う事を信じてくれないんだっ!』
『こんな写真見せつけられて、どう信じろと言うのっ!?』
『そ、れは…』

テレビの中で男と女の修羅場が繰り広げられている。
所謂昼ドラって奴だ。
それを何故か俺達は全員でそれを見ていた。
とは言っても、源祖父さんは今村の会合で抜けているが。
「ねぇ、鈴ちゃん」
「なぁに?葵お兄ちゃん」
俺達四人は部屋のテーブルを囲み、手元でトランプをしながら横目でドラマを見ていたが、双子と美鈴は違う。
テレビの前に陣取り、いつもの様に葵、美鈴、棗と三人並んで鑑賞している。
その後ろにお茶の入ったグラスを持った佳織母さんとヨネ祖母ちゃんが座って同じくテレビ鑑賞をしていた。
そんな中の葵の声で美鈴は首を傾げて返事を返した。
「鈴ちゃんは不倫ってどう思う?」
葵、唐突に爆弾を落とすな。だが、美鈴はその爆弾をいとも、あっさりと、
「地獄に落ちればいいと思う」
満面の笑みで打ち返した。
突拍子もない返事に俺達は言葉を失った。美鈴、笑顔と返答がともなってない。
「私も美鈴に一票。ねぇ、母さん」
「そうねぇ。私もそう思うわ」
あぁ、二人の周りにブリザードが…。双子が笑顔のまま凍り付いている。
こういう時は…。そっと視線を透馬に向ける。
『俺ぇっ!?』
『いいから行けっ!』
『男の威信を見せてーっ』
『骨は拾ってやるでっ!』
集中砲火を受けた透馬が、泣きそうになりながら静かに挙手をした。
「ま、まぁ、あくまでこのドラマの事だけど、これは女も悪くねぇ、かな?」
よしっ!良くやったっ!
透馬、今だけは褒めてやるっ!
だが、家の女性陣はそんなに甘くなかった。
「悪いに決まってるじゃない」
ざっぱり斬られる。
「やだなぁ、透馬お兄ちゃん。私女が悪くないなんて一言も言ってないよ?ただ地獄に落ちればいいと思うって言っただけだもん」
更に斬られる。
「こう言う問題に性別なんて関係ないのよ。透馬ちゃん」
…もう粉々だな、透馬…。
斬られて斬られて粉砕されたか…。憐れな…。
自分達が嗾けたのは棚に上げておく。
「美鈴ちゃんの言い方はあれだけれど。不倫はあくまでも結婚している人間が前提でしょう?」
結婚している人間が他の異性に手を出した結果を不倫と言う。
それは確かにその通りだ。
「そこには必ず裏切られた人間がいるのよ?浮気とは訳が違うもの」
「良くこう言う昼ドラって不倫を美談にしたがるけど。裏を見たら、本来結婚していた人が復讐に燃えたって仕方ない事をしてると思うのよね」
うんうんと女三人が頷き合う。
「ベッドで不倫している現場を見られて、なにが『きゃっ』なのかしら。あんなの全部計算に決まってるじゃない」
「そうよねぇ。昔それで腹立てて私殴りつけた事があったわぁ。ふふふ。若気の至りって奴かしらねぇ」
ピシッ。
何気ないヨネ祖母ちゃんの一言でその場の空気が凍り付いた。
腹を立てたって事は、あれか?源祖父さんがその…不倫したって事か?
「父さん、不倫なんてしてたのっ!?初めて聞いたっ」
佳織母さんまでもが驚いている。そんな佳織母さんにヨネ祖母ちゃんはケラケラと笑って、あっさりとそうよと頷いた。
「あの人はモテる人でしたからねぇ。いずれこう言う事があるかもしれないと思ってはいたのよ。でも、何も新婚旅行から帰って来た翌日にしなくてもねぇ」
………聞いたらヤバい話な気がする…。
ヤバい話だと察知はしていたが、この空気の中逃げるに逃げられない。
「お祖母ちゃん。お祖父ちゃんの不倫、許したの?」
おずおずと聞いた美鈴。ヨネ祖母ちゃんは微笑む。
「許してませんよ?ただ、本人がずっと今でも言い続けてる事があるの」
「言い続けてる事?」
「自分は何もしてない、寝てた所にこの女が乗っかって来ただけってね」
「………母さん、それ本当なの?」
「さぁ?」
にこにこにこ。
何でだろう。笑顔が怖い。
「でも、その時に私は言ったのよ~。あったにしてもなかったにしても、仕返しはちゃんとしますからねって」
うふふと口元を手で隠し微笑むヨネ祖母ちゃんに俺達は少しずつ距離を取る。
四人で再び視線を交差させる。
『もしかして、ヨネ祖母ちゃんの源祖父さんに対する塩対応って』
『その仕返し?』
『今この歳になってか?』
『執念深すぎへん?』
………。
沈黙が流れる。
「血は引き継がれるって言うからねぇ。嶺一はそうならないように育てたつもりだけれど、その心配は一切無かったわねぇ。ずっと佳織一筋だったし。佳織が隣の家に生まれて、森本の奥さんが佳織を抱っこして挨拶に来た時、私も嶺一を抱っこして出迎えたの。そうしたら嶺一ったら私より佳織に手を伸ばしたのよ」
懐かしそうに微笑む。佳織母さんの顔は真っ赤に染まっていた。
「あの子が産まれて初めて発した言葉。お母さんやお父さんって言葉よりまず『かおり』って喋ったのよぉ。あの時はショックだったわぁ」
佳織母さんがとうとう顔を隠してしまった。両手で覆い隠して、恥ずかしがっている。
「ママって昔から、溺愛されるよね。誠パパも溺愛してるし」
にやにやと美鈴が追い打ちをかける。…美鈴。いつぞやの仕返しか?
「そうねぇ。嶺一はずっと佳織と結婚するんだって言ってたから…。そう考えると、美鈴ちゃんは嶺一にとって最高の宝ね。勿論私達にとっても」
ヨネ祖母ちゃんが優しく微笑み美鈴の頭を撫でる。
「そんな宝物の美鈴ちゃんが、男に騙されたり、襲われたりしたらって考えると…。私、つい昔のブツ、持ち出したくなっちゃうわぁ」
昔のブツ?なんだそれ?
美鈴も知らないらしく全員で頭の上にハテナマークを浮かべる。そんな中、そのブツを知っている佳織母さんは一人青褪めて。
「母さん。昔取った杵柄とは良く言ったものだけれど。それは駄目。釘バット、駄目、絶対」
「そーう?」
釘バッド?聞き間違いか?
「レディース時代取り戻しちゃダメ、絶対」
レディース時代…?いや、これはきっと聞き間違いだ。
「大丈夫だよ、お祖母ちゃんっ。僕達が鈴を守るからっ」
「うんっ、絶対守るよっ」
双子が両サイドから美鈴を抱きしめて言う。お前達、勇気あるな…。
けれど、その姿を見てヨネ祖母ちゃんが微笑んだ。
「あらあら。二人とも流石、お兄ちゃんねぇ」
優しく微笑むヨネ祖母ちゃん。なんとか戻った空気にほっとする。
「じゃあ、私と指切りしましょう?」
「勿論、いいよっ」
微笑むヨネ祖母ちゃん。
「お祖母ちゃん、約束破られるの嫌いなの。本当に守ってくれる?」
微笑み…。

―――ぞわっ。

なんだっ!?この寒気っ!?
全然空気戻ってなかった。この部屋だけ氷点下だ。
だがそれに気付くことなく双子は指切りをする。
「約束だからね」
「うんっ。大丈夫っ」
「絶対守るっ!」
「破ったら、お祖母ちゃん怒ってその指貰っちゃうかも」
「大丈夫っ!」
「破らないからっ!」
おおーいっ!今、ヨネ祖母ちゃん笑顔で怖い事言わなかったかっ!?
三度目となるが四人で視線を交差させる。
『冗談だと思うか?』
『ないない』
『あの寒気はマジやばー』
『逃げた方がいいんちゃう?』
四人でこくりと頷く。
結論、急いで脱出する。
「……さて。昼ドラも終わった事だし。美鈴どっか遊び行くか?」
「さんせー。行こうよー、姫ちゃん」
「何処に行きたい?姫」
「何処でもついてったるで?お姫さん」
さっと立ち上がる俺達。
「行こう、鈴ちゃん」
「うんっ」
「ボール持って行こうか。キャッチボールしたいって言ってたもんね」
「うんっ」
俺達に続き立ち上がり、双子と美鈴も部屋を出ようとする。
内心は早く逃げたいの一心である。
「あら?美鈴と遊びに行くの?だったら、帰りにスイカを畑から取って来てくれる?」
「夕暮れまでには帰ってくるのよぉ」
さっきまでの雰囲気は何処へと軽く訝しんでしまうくらいにはいつも通りの二人に見送られながら俺達は足早に家を飛び出すのだった。
勿論、ヨネ祖母ちゃんには今後も逆らうまいと深く心に誓った…。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,491pt お気に入り:4,185

転生令嬢はやんちゃする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:3,168

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,350pt お気に入り:3,012

処理中です...