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小学生編小話

花火:美鈴小学五年の夏

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「姫ー。材料はこれで全部かー?」
「あ、透馬お兄ちゃんっ、ちょっと待ってねっ」
美鈴ちゃんが透馬さんに呼ばれて、包丁片手にキッチンを出た。
「鈴。駄目だよ。危ない」
流石、棗さん。スマートに美鈴ちゃんから包丁を受け取りキッチンに戻って行った。
一方玄関へ向かった美鈴ちゃんの後を追うと、そこにはアイスボックスを二つ両肩に下げた透馬さん。段ボール二箱に野菜を山盛りにして持っている大地さん、そして紙袋を持っている奏輔さんが立っていた。
今日は近くの川で花火大会がある。
本当ならそこに出店もでていて、お祭りに行くのもいいかなと予定を立てていたけれど。
『あ、わ、私はいいや。こんな街中のお祭り…男がいっぱい…』
と鶴の一声ならぬ、美鈴ちゃんの一声で白鳥邸の二階。鴇さんの部屋の隣にある広いバルコニーで花火を見ながらバーベキューをしようって事になった。
「わーいっ。お兄ちゃん達ありがとーっ!」
「食べ盛りが一杯いるんだ。これ位の補充は当然だろ」
「だねー。…足りるかなぁー?」
「えっ?これでも足りないのっ!?」
美鈴ちゃんが目を白黒させている気持ちが痛いほど解る。だって僕も同じ気持ちだったから。
これだけあっても足りないとか…どれだけ食べるんだろう…?
「足りなかったら追加したらええやん。あと、優兎。お前はもうちっと食べなあかんよ?」
う…トバッチリが来た…。
正直お肉より野菜の方が好きな僕としては頷き辛い。
「そうそう。優兎くん、好き嫌いは駄目だよー」
どやぁっ。
美鈴ちゃんが胸を張ってるけれど…。美鈴ちゃん、そのセリフ。美鈴ちゃんにだけは言われたくないよ?
そう思っていると、
「鈴ちゃんはその台詞言う権利ないと思うよ?」
葵さんが代弁してくれた。うんうんと僕も頷く。
「お前ら、そこでたむろしてないで、必要な物上に運ぶの手伝え。庭の物置にバーベキューセットがあるから」
リビングから鴇さんが顔を出した。
「ほな、俺が行くわ。透馬も大地もそれ運ぶ必要あるやろ?」
「いや。全員で来い。リビング経由して縁側からサンダル履いて庭に行くから問題ないだろ」
「炭やらコンロやら運ぶものは一杯ありそうだしな」
「了解ー」
全員でリビングへ戻ると、持って来た食材を全部テーブルの上に置いて、鴇さん達は縁側から庭の物置へ歩いていった。
「よーしっ、早速準備するぞーっ」
「うんうん」
棗さんと葵さんが美鈴ちゃんの横で頷いている。
よし、僕もお手伝いしようっ。
白鳥邸のキッチンは大きいから僕達四人がはまった所で何も問題はない。
「まずはー、お野菜を切っちゃおー。大地お兄ちゃん何々持って来てくれたんだろー」
美鈴ちゃんがテーブルに置かれた段ボールの中を覗く。
「えっとー、玉葱さーん、人参さーん、ネギさーん、レタスさーん、茄子さーん、かぼちゃさーん、キャベツさーん、大根さーん…ん?大根?」
さん付けしながら野菜を出していく美鈴ちゃんが可愛いなと思って見ていたら、美鈴ちゃんが大根を持って首を傾げていた。
「ほうれん草?小松菜?じゃがいも?んんん?」
確かに美鈴ちゃんが首を傾げる理由が解らなくもない。バーベキュー食材ではなさそうなのも多いもんね。
「ごぼう?さつまいも?トマト…うぅーん?こっちの段ボールはー?」
美鈴ちゃんがもう一つの方に移動する。
「えーっと…バナナにメロン、スイカにパイナップル、マンゴー…果物だ」
もう一方の段ボールの中身はどうやら果物だけだったみたい。
「…じゃあ、サラダも作ろうかな。そうしたら全部の食材使いきれるし。お肉は多分透馬お兄ちゃんが持ってきてくれてるから問題なさそうだしね。お肉につけるタレも何種類か作ろう」
動き出した美鈴ちゃんは本当にテキパキと僕達に指示を出しつつ料理を作って行った。
僕達は美鈴ちゃんが作ってくれた料理やバーベキューのお肉などを葵さんと棗さんと入れ替わるように二階のバルコニーへ運んでいく。
「あ、優兎くん。これもお願い」
「うんっ、分かったっ」
手渡された銀色のトレイに乗っていたのは綺麗に盛り付けされた果物。
リビングを抜けて階段を登っていく。
「優兎。悪いんだけど、僕がこれ運ぶからキッチンに戻ってアルミホイル持って来てくれないかな?」
階段の途中で棗さんに呼びかけられて、頼まれた事に同意して手に持っていたトレイを渡して階段を引き返す。
リビングへ逆戻りして、キッチンへ入って。
「美鈴ちゃん、アルミホイルの予備ってある?欲しいって棗さんが」
「アルミホイル?ある筈だけど、えっと何処だったかなー?」
がさごそと戸棚を探り、美鈴ちゃんが首を傾げた。
「あれー?使いかけなかったんだっけー?うーん…ごめん、優兎くん。そっちの奥に物置部屋があるからその中から持ってってくれる?そっちには確実に在庫あるから」
「うん。分かったっ」
美鈴ちゃんの背後を通り抜けて、キッチンにある勝手口の横のドアを開けて中へ入る。美鈴ちゃんが管理しているだけあって綺麗に整頓されているから探しやすい。
すぐに戸棚にあるアルミホイルを見つけて、念の為に二本手に持って僕は部屋を出て、きっちりドアを閉めてまた美鈴ちゃんの背後を通ってリビングを出た。
今度は誰とも擦れ違わなかった階段を駆け上り、バルコニーまで行く。
バルコニーには元々あった木で出来たテーブルセットがあるけれど、それだけじゃ足りないしバーベキューセットが来るからそのスペースも考えてテーブルは移動させられている。
夕日がバルコニーを橙色に照らしている。風も夕方になって来た所為か涼しくなってきていた。
「棗さん、アルミホイル持ってきましたー」
「ありがとう、優兎。悪いんだけど、それテーブルに置いて、葵を手伝いに行ってくれるかな?テーブルが足りないし、椅子も足りないだろうしって今三階に取りに行ってるんだ」
「はいっ。分かりましたっ」
テーブルに置いて、次は三階っと。
階段を駆け上がり、目の前のドアを開けて中に入る。
「葵さーん。手伝いに来ましたーっ」
「助かるよ、優兎っ。テーブルはあと料理を載せるだけだから二つ有れば十分だと思うんだけど、椅子はどう思う?」
「備え付けの椅子が四っつでしたよね。とりあえず人数分あればいいと思うので…誠さん、佳織さん、良子様、お祖母様の四人はその椅子に座って貰うとして…」
一人、二人…指を折って数えると、途中で来る予定の華菜ちゃんを含め、十四?
「予備込みで十五あれば十分じゃないでしょうか?パイプ椅子を持って行けば多分往復もそう繰り返さなくて済みますよ。そもそもあんまり椅子に座らなそうですし」
「あー、それもそうだね。じゃあ…」
三階の戸棚からパイプ椅子を取り出す。
何でパイプ椅子なんてあるのかな…?机もなんでこんなに予備が…?
首を傾げていると、苦笑した葵さんが答えをくれた。
「この家は昔白鳥家の来賓を泊める為の家だったんだ。だから客室が多かったりするんだ。ここも昔のパーティ場の名残だよ」
あぁ、成程。
素直に納得し、僕は戸棚から出されたパイプ椅子を両手に二つずつ持って部屋を出て階段を降りる。
すると下から埃だらけの鴇さん達がバーベキューセットを持って戻って来た。
「鴇さん達、どうしたんですか。その埃…」
「大地の馬鹿が、余計なもんひっくり返してな。埃を頭から盛大に被っちまったんだよ」
「てへー」
「てへーやないわっ」
「全くだっ」
三人が大地さんをギロリと睨んだ。
「所で、優兎。その椅子はどうしたんだ?」
「あ、これですか?葵さんと棗さんが足りないから持って来ようって事になって」
「あぁ、確かに。……よし。優兎。俺達がそれ引き継ぐから、悪いが風呂沸かしてくれないか」
「あ、はいっ、解りましたっ。えーっと、一階のお風呂でいいですか?」
「あぁ。頼んだ」
次はお風呂の準備っ。
炭とか重いものを持っていた筈なのに、僕が持っていたパイプ椅子をあっさりと受け取って、バルコニーへ行く四人とすれ違うように僕は階下へ行く。
それから暫く僕達は準備に追われた。
忙しい。
けどこの忙しさは本当に楽しい。
途中キッチンへ行ったら、美鈴ちゃんが一口お握りをくれたり、その帰り道に父親に連れられて華菜ちゃんが合流したり。
皆で笑いながら遊ぶ為の準備。
すっごくすっごく楽しい。
辺りが暗くなって、すっかり準備も終え、埃だらけになった鴇さん達もお風呂に入って、皆でバルコニーに集まった。
華菜ちゃんと美鈴ちゃんが遅れて現れたのはどうやら着替えて来てたみたいで。
花柄の甚平姿に着替えた二人はすっごく可愛かった。
奏輔さんが満足気に頷いていたから、きっと奏輔さんが持っていた袋の中にはあの甚平が入っていたんだろう。
フリルのついた黒と蛍光ピンクの甚平。華菜ちゃんと完全にお揃いのその恰好に美鈴ちゃんはとても嬉しそうだ。
ならどうせだからと僕達も全員甚平に着替えさせられた。佳織さんとお祖母様達は浴衣だ。
そのすぐ後。仕事を猛スピードで終わらせて来たスーツ姿の誠さんと金山さんがグラスを持ったのを確認して、
「それでは僭越ではございますが、私が音頭を取らせて頂きたく…」
と何故か率先して乾杯の音頭をとろうとする金山さんに笑いつつ。

『かんぱーいっ!』

皆で仲良くグラスをぶつけ合った。
花火はまだ上がってないのに、バーベキューは始まる。

「大地お兄ちゃん、お肉焼けてないから、まずお握り食べててー」
「ふぁいふぉうぶっ!もうふぁべてるっ!」
「おい、大地。流石に二つ同時に口に入れるのはどうなんだ?」
「そうですよ。丑而摩さん。口が大変な事になってますよ?」
「とか言いながら、華菜ちゃん。大地の口にお握り突っ込んで見えるんは気のせいか?」
「葵ー。母さんに焼きそば取ってー」
「あ、うん。分かった。塩とタレ、どっちのー?」
「両方。山盛りで」
「分かった。棗。父さんの分は任せてもいい?」
「いいよ。父さんは何食べる?」
「うぅーん。そうだなぁ…。取りあえず、枝豆、かな」
「分かった。枝豆だねっ」
「金山さーん」
「御呼びでしょうか。お嬢様」
「ふみっ!?行き成り後ろに立たないでーっ!」
「申し訳ございません」
「あ、いや、そんな、土下座しなくてもいいからっ!それより金山さんは何食べたい?」
「お、お嬢様…私のようなものにも意見を聞いて下さるとは…」
「え?え?泣くような事?」
「ならば、是非そのお握りを…」
「お握りだねっ!はいっ、金山さんっ。金山さん確か昆布が好きだったよね?」
「ふおぉぉぉぉ…お嬢様、私のような者の好物までぇぇぇ…」
「………美鈴。深く考えるな」
「鴇お兄ちゃん…。うん。そうする」
「美鈴。私にも何かくれるかい?」
「あ、お祖母ちゃんっ。私ところてん作ってみたのっ!食べて食べてっ」
「おや、嬉しいねぇ。じゃあそれを貰おうかな」
「あれ?そう言えば三つ子はどこへ?」
「あそこだ。親父の膝の上。旭と四人で取り合いしてる」
「落ちないかな?大丈夫?」
「大丈夫だろ。なんだかんだで親父がしっかり抱えてるから」
「そっか。あ、そろそろお肉焼けるかなっ?」
「…美鈴。お前もちゃんと食えよ?」
「大丈夫っ!今日は金山さんが胃薬持って来てくれたから一杯食べるよっ!」

皆でわいわいと騒ぐ。
その光景を見ているだけで僕は幸せだった。
「優兎や」
呼ばれて振り返ると後ろにお祖母様が立っていた。
「…楽しんでるかい?」
「はいっ」
素直に笑顔で頷くとお祖母様も優しく微笑む。
本当なら僕は今こうしてここにいる事は出来なかったはずなんだ。
それを美鈴ちゃんは助けてくれて、こんな幸せな空間をくれた。
こんな涙が出そうな位の幸せをくれた…。
今日の準備をしている時も感じた幸せが胸を埋め尽くす。
「優兎。私はね。ずっと考えていたんだよ」
そう言ってグラスを持って椅子に座るお祖母様。話の続きを聞くために僕も隣に座る。
「私にもっと力があれば、娘や息子を助ける事が出来たかもしれない、と。優兎。お前にこんな苦労をさせることもなかったかもしれない、と。私が不甲斐無い所為でお前に孤独をあじあわせてしまった、と。私さえしっかりしていればあんな奴らに一時でもあの人の会社をやらずに済み、お前に全てを与える事が出来たのに、と。考えれば考えるほど、後悔だけが渦巻くんだよ」
「………お祖母様。僕は…僕はお祖母様が後悔している事を、毎朝仏壇に向かってお母様に懺悔をしている事を知っています。…泣いている事も…」
「優兎…」
「お祖母様。確かにあの時は何も出来なかった。お祖母様も…そして、僕も」
「優兎。それは仕方ない事で」
「いいえ。…いいえ。それは違うんです。僕だって本当は考えなければならなかった。どれが本当でどれが罪なのか。年齢を、理解出来ない事を言い訳にして逃げては行けなかったんです」
僕は俯く。だってあの時、美鈴ちゃんは真っ向から父様と戦った。
同い年の女の子に出来た事を僕が出来ない訳がないのに。
あの時から年月が過ぎれば過ぎるほど悔しさが沸き上がる。
戦えたんだ。僕だって戦えたはずなんだっ。なのに僕はそれを放棄した…。
「一緒です。お祖母様。僕もお祖母様と一緒なんです」
「優兎…」
「そうですね。…でもそれは今が幸せだから考えられた事…違いますか?美智恵、優兎」
顔を上げるとそこには良子様がいた。
お祖母様にところてんの入った器を渡して、そっと隣に腰を下ろした。
「私だって沢山後悔をしています。それでも私は気付いたのです。そう考えれるのは今がとても幸せだからではないかと。心に余裕が出来たから、他の事に視野を広げる事が出来たから考える事が出来るのではないか、と」
「…良子…」
「いいではありませんか。後悔しても。どんな時でも私達は精一杯頑張って生きてきた。その中に後悔があったとしても、その後悔を背負って生きていける位に今がとても幸せなのですから」
良子様の微笑みに僕は頷く。
その通りだから。今、僕は白鳥邸にいれて。白鳥家の皆と家族になれて。
とてもとても幸せなのだから。
「優兎くーんっ!お肉焼けたよーっ!」
美鈴ちゃんがトングを持ってぴょんぴょんと楽し気に跳ねている。
「うんっ。今行くよーっ」
頷いて立ち上がると、
「優兎」
とまた名を呼ばれる。振り返ると、お祖母様が真っ直ぐ僕をみてきた。
「今…幸せかい?」
そう問うてきた。その瞳は何か戸惑いを表していて。
僕にはもう両親がいない。出来たかもしれない兄弟もいない。僕が暮らしていた家も何もない。
けれど、僕はまるで本当の親子の様に叱って褒めてくれる、誠さんと佳織さんがいる。
血は繋がっていないけれど、僕を弟の様に兄の様に慕ってくれる鴇さん達がいる、葵さんや棗さん、旭がいる。
家はなくなったけれど、僕の為に帰る場所にになってくれたお祖母様がいる。
そして…。
「優兎くーんっ?」
大好きな女の子がいる。
これ以上求めるのは贅沢だ。だから…。
「はいっ。僕は幸せですっ。お祖母様っ」
満面の笑みで答えると、お祖母様は一瞬目を丸くしてけれどとても嬉しそうに微笑んだ。

少し急ぎ足で皆の下へ向かう。
「ほら。優兎。焼けたで?」
奏輔さんに串に刺さったお肉を受け取り、一口齧る。
「良い肉だから美味いだろ?」
透馬さんの言葉に頷いた、その時。

―――ヒュー…。

音がして。

―――ドォンッ…パラパラパラ…。

…夜空に大輪の華が咲いた。
皆で打ち上がった花火に歓声を上げる。
僕はゆっくりと美鈴ちゃんの側へと寄っていく。
「どうしたの?優兎くん」
小首を傾げる美鈴ちゃんに僕はあの時から何度も伝えたけれど伝えきれなかった想いを言葉にした。

―――助けてくれて、ありがとう…。

美鈴ちゃんは驚く事なくまるで全てを分かっているかのような微笑みを浮かべて。

「今、優兎くんが幸せそうに笑ってくれて良かった」

そう、言ってくれた…。
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