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小学生編小話

想いはちゃんと…:美鈴小学六年卒業式当日

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ゴゴゴゴゴゴッ。
そんな擬音が聞こえそうなほどの怒気がクラスに充満している。
「み、美鈴ちゃん。ちょっと、落ち着いてっ」
僕は何とかその怒りを収めようと美鈴ちゃんの前に立ってみるけれど。
「優兎。…邪魔」
「あ、はい…」
無理だった。
すごすごと僕は美鈴ちゃんの後ろに下がる。
美鈴ちゃんはキレると僕の名前を呼び捨てにする。
だから今美鈴ちゃんは完全にブチ切れてる。……正直、もの凄く怖い…。
「逢坂くん?…殴ってもいい?」
バキッ!
「美鈴ちゃんっ!?」
殴っても良いって返事聞く前に殴ってるよっ!?
席で頬杖ついてそっぽ向いてた恭平が、まさか美鈴ちゃんに殴られるとは思ってなかったんだろう。
殴られた反動で椅子から転げ落ちたまま、呆けた顔で美鈴ちゃんを見ていた。
「逢坂くんがまさかこんな最低な男だったなんて…。信じた私が馬鹿だったっ」
「………」
何も弁解しない恭平にまたイラついたのか、美鈴ちゃんが追い打ちをかけようと一歩踏み出す。
って、それは流石にっ。
慌てて美鈴ちゃんの前に出て、殴ろうとした腕を捕らえた。
「おれが、何したってんだ…。むしろ、凹んでるのは、おれのほうだ…」
「…っ!!これだから、これだから男はっ!女の気持ちを考えようもしないでただただ凹んでっ!!」
「美鈴ちゃんっ!!」
珍しく声を荒げた美鈴ちゃんの名を少し強めに呼ぶ。
そこでやっと我に返った美鈴ちゃんが、静かに顔を俯かせた。……もしかして、泣いてるの…?
掴んだ腕が震えている。
「とにかく、二人共ちょっと場所変えようよ。ここじゃ目立ってしょうがない」
本当は離した方がいいのかもしれないけど、美鈴ちゃんには少し我慢して貰って。
僕は美鈴ちゃんの腕と、相変わらず床に尻もちついたままの恭平の腕を掴んで教室から連れ出した。
どこがいいかな?人目が付かない場所が良いよね…。
…うん。校舎裏に行こう。
ずりずりと重い足取りの二人を校舎裏まで引き摺り、大きな木の下に座らせた。
近くにある水道でハンカチを濡らして、恭平の顔に投げつける。
それを難なくキャッチして、渋々と頬に当てるのを確認して、僕は疑問を投げかけた。
「それで?一体何があったの?」
こういう時、美鈴ちゃんは絶対口を開かないと思ったから、僕は恭平に強めに問い質す。
すると、予想に反して、美鈴ちゃんが口を開いた。
「逢坂くんが、華菜ちゃんを振ったのっ!」
「は?」
「はぁっ!?」
ん?ちょっと待って。僕が驚くのは解るけど、どうして僕以上に恭平が驚くんだ?
「しかも、決死の覚悟で告白に言った華菜ちゃんを『今更何言ってんだ?』って一言で片づけるとかっ!振るにしてももっと言い方があったでしょっ!?華菜ちゃん、泣きながら私の所に来たのよっ!?」
……美鈴ちゃんの話を聞いてる限りだと、明らかに恭平が悪いように思える。
けど…。
視線を恭平に向けると、恭平は顔面蒼白で口をぱくぱくとさせ、『あ』だの『う』だの言葉にならない呻き声だけを出していた。
まぁ、そうなるよねぇ…。
前に恭平に聞いた事があるけど、恭平は華菜ちゃんに一目惚れしたらしいんだよね。
僕はまだいなかったけど、入学式の時。皆が美鈴ちゃんの可愛さに騒いでた中、恭平はその隣にいた華菜ちゃんが可愛くて仕方なかったんだって。
虚勢を張って、男の苦手な美鈴ちゃんに変わって男に命令したりして。そんな頑張る姿にどんどん惹かれて。
僕が転校してきて、四人で一緒に行動するようになって。可愛さの他にも、守ってやりたいって庇護欲も加わって。
他の誰にも渡したくない、可愛い顔を見せて欲しくないって独占欲も強まって。
華菜ちゃんに僕以外の男が話かける度に、ガタガタ机を揺らす位にベタ惚れだってのに。
……振る訳がないよね。
「せめて、言い方が悪かったって謝ってっ!そして誠実な態度で振ってよっ!」
がうっと吠える美鈴ちゃんにやっとこちらに戻って来た恭平が、逆に美鈴ちゃんの方に身を乗り出した。
「ちょっと待てっ!俺は華菜を振ってなんかいないぞっ!」
「え…?」
今度は美鈴ちゃんが目を丸くした。
でも、それは多分本当だと思う。
「うん。僕もそう思うよ。6年も華菜ちゃんを好きで今尚こんなに好きって全身で表してるのに振るとかあり得ないと思う」
僕がそう言うと、恭平は複雑そうな顔をしたけれど、美鈴ちゃんは更に目を丸くして驚いた。
「…どう言う事?じゃあ、どうして逢坂くんは華菜ちゃんにあんな事言ったの…?」
少し落ち着きを取り戻した美鈴ちゃんにほっとしつつ。僕は二人と向き合うように座った。
「どうしてって…。俺にしてみたら、何で華菜が今更あんなことを言ってきたか分からないんだよ」
どう言う事?
分からなくて、僕と美鈴ちゃんが首を傾げた。
そんな僕達をみて、覚悟を決めたのか、はぁと大きなため息をついて恭平は話し始めた。


※※※


「華菜?こんな所に呼び出してどうしたんだ?」
中庭の木陰に呼び出された恭平は小首を傾げつつも、好きな女の子に呼び出された事を喜んでいた。
それを受けて華菜も少し恥ずかしそうながらも、嬉し気に駆け寄った。
「あ、あのね?恭くん。私達、その、もう少しで卒業でしょ?」
「うん?あ、あぁ。まぁ、そうだな」
頷きながら華菜が何を言いたいのか、恭平は脳内をフル回転させていた。
もう二年の付き合いのある自分の彼女の為だ。
何でも先回りして、気付いてあげたいし、支えてやりたい。
恭平は心の中で素直にそう思っていた。
自分の彼女の悩み事は殆ど、彼女の親友である白鳥美鈴の事だ。
ならきっと今回もそうなのであろう。
そう思って、思考を巡らせてみるものの、今回は特に思い当たる節がない。
白鳥は女子校へ行くと言っていたから、それが寂しいのかと思えばそうでもないらしいし。
じゃあ今日のこの呼び出しは一体…?
何も思いつかなくて。恭平は仕方なく華菜の次の言葉を待つ事にした。
華菜はごくりと唾を飲みこんで。
顔を真っ赤にして叫んだ。
「恭くんっ。好きですっ。私を、私を恭くんの彼女にしてくださいっ!」
恭平は茫然とした。
その理由は、華菜が突然告白して来たからではない。
告白自体は嬉しいからだ。
恭平が驚いてるのはそこではない。恭平が驚いているのは…。
(おれ達、付き合ってるんじゃなかったのか…?)
そこだった。
恭平は二年前に、華菜にそれとなく、
「好きなんだけど…」
と告白して、
「あ、私もっ」
と返事を返して貰った。だからてっきり自分達はもう既に恋人同士だと思っていたのだ。
デートにだって行ってるし、手だって繋いで歩いてる。登下校だって出来る限り一緒にしている。
なのに、なんで?
意味が分からなくて。恭平は思わず口を開いて呟いていた。
「今更、何言ってんだ…?」
と。
それを聞いた華菜は衝撃を受けた。
まさか、そこで振られるとは思ってもいなかったのだ。
「そ、そう、だよね…。ご、ごめんねっ、…その」
恭平は今更何を言ってるんだと言った。
そう言うと言う事は、恭平にはもう既に彼女が、華菜の他に好きな人がいて。
一時期は自分を好きだったけれど、全然告白してくれないし、それこそ『今更何言ってんだ?』って思う程行動を起こすのが遅かったのだと。
理解した瞬間、華菜の瞳からはボロボロと涙が溢れていた。
「お、おい?華菜っ?」
突然泣き出した華菜に恭平は慌てる。
「ちょっと、辛い、けどっ。ちゃんと、諦める、からっ。ごめんねっ、逢坂くんっ。そ、それじゃっ」
華菜は急ぎその場を走り去った。
取り残されたのは、恭平ただ一人。
まさか泣くとは思わなかった。けれど、それ以上に、
(逢坂くん…っ!?よ、呼び名がもとに戻ったっ!?え?なんで?え?えぇっ!?)
色々な事が立て続けに起きて、すっかり脳みそをショートさせた恭平は、授業が始まっても帰って来ないと心配した優兎が探しにくるまで、その場で固まっていたのだった。


※※※


あらかたの事情は解った。
あの時、恭平が呆けていたのはそんな理由があったからか…。
とは言え…。
「…やっぱり、逢坂くんが悪いっ!」
だよねぇ。
美鈴ちゃんの言葉に僕もうんうんと頷く。
「な、なんでだよっ!」
「そもそも、恭平がちゃんと華菜ちゃんに告白しないからそうなったんだよ。恭平の事だから、二人で下校して何か買うついでとか、自転車漕いでる最中とか。そう言う時にペロッと言ったんだろ」
「うっ…」
やっぱり。そんなんじゃ華菜ちゃんが勘違いしても仕方ないよ。
どうしようもないな。
じとーっと僕が睨むと、それ以上にじと目をした美鈴ちゃんが恭平を睨んでいた。
「華菜ちゃん。ずっと逢坂くんの気持ちが分からないって悩んでたの。だから、告白してみるって。もしかしたら今のこの関係が壊れちゃうかもって怯えてて。でもやっと覚悟決めて…それなのに…」
美鈴ちゃんの目が更に吊り上がった。
下手するともう一度殴りかかりそうだから、僕は美鈴ちゃんの手を握っておく。
美鈴ちゃんの拳は凶器。その証拠に段々と恭平のほっぺが腫れあがってきた。
「せめて、先に逢坂くんが好きって答えてくれてたら、華菜ちゃんはあんなに目を腫らす事なかったのに」
「うぅっ…」
恭平にダメージが蓄積されていく。
「ねぇ、逢坂くん」
「なんだよ…」
「華菜ちゃんの事、好きなんだよね?本当に好きなんだよね?大好きだよね?」
美鈴ちゃんがぐいぐい答えを求めて行く。
しどろもどろになっている恭平は気付いてないみたいだけど、美鈴ちゃんの駄目押しが何かおかしい。
普通だったらそんな風にしないよね?
って事は…もしかして…?
恭平にばれないように視線を巡らせる。
すると、木の上からこっちを覗く華菜ちゃんの姿があった。
丁度恭平の背後に木があるから恭平は気付いていない。
なるほど。美鈴ちゃんはこれを狙ってるんだ。
「…どうなの?恭平」
だったら僕も背中を押そう。
二人がかりで恭平を問い詰める。
「もし、華菜ちゃんが嫌いなら二度と近寄らないでっ。話かけないでっ。むしろ…」
……美鈴ちゃん。犯罪は駄目だよ。
下手すると美鈴ちゃんに恭平は消されそうだ。
けど、そんな心配はないよね。
「好きだよっ!俺は華菜の事がずっとずっと好きだよっ!始めてみた時から、これからも多分ずっと好きだっ!」
言ったっ!
僕と美鈴ちゃんは顔を見合わせて笑った。
「ほんと、に…?」
突然頭上から声をかけられて、驚き見上げる恭平。
そんな恭平を見詰め、枝の上にいるのも忘れて身を乗り出した華菜ちゃん。
両腕を伸ばして身を乗り出すから落ちそうになり、慌てて恭平が抱きとめた。
「ばかっ。木の上にいて身を乗り出す奴があるかっ」
「そんなことより、ほんと?ねぇ、ほんと?さっき言ってた事、全部ほんと?」
恭平の腕の中で華菜ちゃんがじっと恭平の答えを待つ。
はぁ。
大きなため息。
それは、呆れている溜息ではなくて。
恭平は苦笑しながらも、どこか嬉しさと覚悟を含んでいて。
「あぁ。好きだ。華菜の事が好きだよ。ごめんな。一杯悩ませて。一杯泣かせて…」
「ッ!!、ううんっ。いいのっ。嬉しいっ。大好きっ。恭くんっ。私も大好きっ!」
ぎゅっと抱きしめ合う二人。
これは、僕達邪魔者、かな?
僕が美鈴ちゃんを見ると、美鈴ちゃんもこっちを見てニコニコと微笑んでいた。
そっと二人でその場から離れる。
教室へ帰る最中。
「卒業式終わった後で良かったね」
僕はそう呟いた。それに美鈴ちゃんは微笑み。
「何があるか分からないから、華菜ちゃんに卒業式終わった後にしたらって言っといたの。正解だったね」
ふふっと口を手で隠した美鈴ちゃんの手が真っ赤なのに今気付く。
そっか。恭平を殴ったから。
「……美鈴ちゃん。とりあえず保健室行こうか」
「え?なんで?」
「手。真っ赤」
「あ……」
僕は美鈴ちゃんの痛めてない手を握って、保健室へと方向転換した。
歩きながらふと思う。
なんだかんだで恭平は凄い。僕はまだ告白する勇気がないから…。
恭平を責める権利なんて、本当は僕にはないんだよね。
「…?、優兎くん?」
不思議そうに僕の顔を覗き込む美鈴ちゃんに僕は苦笑しながら首を振った。
「なんでもないんだ。良かったなぁ、って思って」
「うん。そうだね。二人共ずっと両想いだったもんね」
満足気に微笑む美鈴ちゃんを見て、僕もまた微笑んだ。

こうして恭平と華菜ちゃんは名実ともに恋人同士になったんだけど、暫くデートは出来なかったそうだ。
理由は……美鈴ちゃんに殴られた頬が尋常じゃないくらい腫れあがったからだった…。
女の子を本気で怒らせたらいけない。
この言葉を更に痛感する出来事があることをこの時の僕はまだ知らなかった。
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