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最終話 逃げられない

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やってしまった
文字通り、本当にしまった
どうして僕は、この二人の前だと理性を保てないのだろう
天井をぼんやり見上げて、深く溜息を吐く

「何でまだここにいるんですか」

目覚めると、僕は床で寝ていた
両脇に約十年ぶりに再会したこの二人千紘と市井に挟まれるようにして眠っていた

「…重いです」

呼び掛けても反応がない
二人の腕が僕の身体の上に乗っかかり、身動きが取れずに苛立ちが募る 

「どいて下さい!」

ドン、といつまでも寝ぼける二人に拳を落とす
漸く二人は薄く瞼を開き、大きな欠伸をした

「お前…そういう時はおはようってキスする所だろ。やり直せ」

「いいねぇ~そうすれば一発で目が覚めるな~マツリちゃんからのキスなんて」

「ハァ!?何言ってんだアンタら!いいから早く退けよ!」

もう一度拳を振り上げた所で、次はいとも簡単に二人に腕を掴まれる
力強く握る腕力に、一瞬で敵わないことを悟り、グッと唇を噛み締めた

「お前って昔から敬語とタメ口ごっちゃだよな。よくこの縦社会で通用出来たな」

「そっ…れは…!アンタ達だけですから…」

「えー、そうなの?あ、あと頑張ってオレって言ってたのも可愛かったけど、それはもう止めたんだね」

「な…っ…やめ!」

市井が言いながら頬にキスしてくる
気を抜くとこの人はすぐにこういう事をするから油断も隙もない

「ていうか、署に戻らなくて良いんですか!?こんなところで油売ってないで早く出てって下さい!」

「相変わらず冷たいなぁ、募る話もあるのに。ねえ辰巳」

「あぁ、そうだな。例えば、十年前俺達に何も言わずに姿を晦ました理由とかな?」

「そ…れは…」



僕は十年前、二人の前から突然姿を消した
正確に言えば、中学三年生に上がる時に母親が過労で身体を壊し、母の実家である九州に引っ越したのだが、春休みだったという事もあり、二人には告げなかった
そもそも告げる必要も無いと判断したし、当時はこれで解放されると思って喜んでいた

引っ越して一ヶ月が過ぎるまでは。

最初は慣れない土地に馴染む事や、二人に邪魔されて疎かにしていた勉学に勤しんだり、次こそ失敗しないようにと交友関係も改めた

やっと生活が一段落したところで、僕は重大な問題に直面したのだ

初めてまともに友達が出来て、放課後に家に集まってAVを観た
年頃の年代だったから、お互いに冷やかしては女優の声がすげえだの、おっぱいがでけえなどで盛り上がった

そして、その夜、僕は久しぶりに自慰行為に励んだ

しかし、どうやってもイクことができず愕然とする
僕は脳裏に浮かんだ、あの二人の顔を

その日は諦めて無理やり寝て過ごしたが、やはりどこかもどかしい気持ちがずっと残り、日が経つにつれて遂に解消されない欲求が爆発した

自ら後ろを使ってしまったのだ。
その日の絶頂は、得も言われぬモノだった
と、同時に自身の身体がおかしくなっていたことを認めざるを得ない瞬間だった

後ろを使う度に、ずっと頭に過る二人の顔
消したい筈の記憶なのに、歳を重ねる程にそれは深刻になっていて
もう頭の何処かで気づいていた感情が、今更僕のキャパシティを凌駕する

当時は二人の事が好きだったなんて、絶対認めたくなかったのに。

シたくないのに、ずっと身体は切なくて
思い出したくないのに、後ろでイクたび顔が浮かぶ

何度も何度も身体を重ねて、弄ばれて、犯されて、自分でも知らない性感帯を見つけられて、性感帯じゃないところも気持ち良くなってしまっていて、二人の手付きが優しくて、見せる笑顔がカッコよくて、触れられるところがドキドキして、もうこれ以上は限界だと思って、逃げるようにあの二人の元を去ったのに。

そうして十年、忘れられない開きっぱなしの感情の蓋が再びこの二人によっていとも簡単に外された

「僕…もう観念します…。本当は、ずっと二人の事が……」

「でもこうしてまた会えたから、良かったよ、ホント」

「そうだな。色々と手を回した甲斐があった」

市井は立ち上がり、人の家の台所に立つ
ケトルでお湯を沸かすと、ポケットから小さな小瓶を取り出して、インスタントのコーヒーと一緒に混ぜる

千紘はテレビを付けて、昨日の事件の進捗を語ったニュース番組を見ていた

そんな自然な二人の行動に、不自然を覚えるのには時間がかかってしまった

「お前が九州に行った時、すぐにでも連れ戻そうと思ったけどな。いかんせん俺達は多忙だし、中々時間が取れなかった」

淡々とした口調で、千紘はテレビに向けた視線をこちらに向けることなく話しだす

「…な…なに…」

「まさか警察官を目指してたなんてね~、知った時は本当ビックリしたよ。まさか俺達の影響?そんな訳ないか、親の話なんてしなかったしね」

「一体何を…」

何で、そんなこと、二人が知って…

「おー、ちゃんと全員捕まったみたいだな。後で礼言っとくか」

テレビ画面に映し出されたのは、容疑者の名前と人数をニュースキャスターが語ったところだった
僕は釣られてテレビ画面に目を向けても、二人の不可解な発言が気になって、全く耳に入ってこない

「ねー。はい、コーヒー淹れたよ。マツリちゃんが好きな砂糖とミルクたっぷりのやつ」

市井がコーヒーを差し出してくる
色合いと匂いからでも、それは僕がいつも高橋先輩に淹れて貰っているコーヒーだと、瞬時に分かった

「な…なんでこれを…」

「いつもは微量しか入れてなかったけど、今日はたっぷり入れてあるから、この後もたくさん楽しめるね」

早く飲んでと促され、僕はついそのコーヒーに口を付けてしまう

甘い。とても。甘ったるくて思わず顔を顰める

二人はそれを見て、微笑んだ

あ、さっき、これに何か入れて…

「警察学校は大丈夫だったか?お前ひ弱そうだし可愛いから、変なやつに目つけられてイジメられないか心配してたんだ」

「まぁ俺達がお目付け役を手配してたからね。大丈夫だと思うけど。側にいなかった分、やっぱり気になってたし」

二人はコーヒーを飲んで、何かとんでもないことを言っている気がする
なんだけど、何だか身体が熱くなってきて、頭がボーッとする

「お、もう効いてきたのか?お前んところの高橋とか言う奴も、いけ好かないけど毎日欠かさずお前に飲ませてたみたいだな」

飲ませてたって、あのコーヒーのこと?
ダメだ。身体が熱い。なんだがムズムズする

「昨日のパブでも飲んでた水に入れてたしな。効果凄いだろ」

「十年間ずっと飲ませてたからね、まあほんとに微量だけど。初めて出来た、中学も高校も警察学校でも、よくジュース奢って貰ってたでしょ?」

そんなこと、そういえばあったような…
確かに、その日の夜は、何だか妙に身体が…

「………やめ…ろ…」

「あんまり入れると逆にマツリちゃんが他の人に欲情する恐れもあったし、調整が大変だったんだ」

心臓が段々と早くなる
昨日の夜も、同じことが起きた
身体が疼いて仕方ない、全身から汗が吹き出る

だって、それは、僕が二人の事を好きだから、こうなっちゃうのもしょうがない事だと思ってた。のに、違うの?

「それにしても今回の事件はちょっと被害者が多く出てしまったな」

「そうだね。女の子達には申し訳ないけど、どうしても都合付けてマツリちゃんに会いに行きたかったし。まあ仕方ないよね」

何を…何を言ってるんだ、さっきから
この二人は、まるで、まるで…

「警視庁の管轄から事件が発生しないと、俺達の立場で九州なんてなかなか行けないからな」

「今、入金終わったよ。礼も言うけどちょっとやりすぎって文句も言っとこ」

混乱して言葉が出ない
それどころかさっきからずっと身体が変だ
その熱が段々と下半身に集中して、触ってもいないのにそこは緩く芯を持つ
息が荒くなり、僕は二人を力なく睨んだ

「あ、何の話か分かんないよね?ごめんごめん。今回の事件、実は俺達の仕業なんだよね。正確に言えば俺達が手配したコマの仕業だけど」

「リークして司法取引で減刑したヤツな。まあ表向きはそうだが殆どお咎めは無しだ。捕まった奴らはそのコマが仕向けた前科持ちのクズだから、まあ直接は俺達とは関係ないが」

「………さっきから……ずっと…何を…言って……」

「だから言ったでしょ?俺達の立場じゃ九州なんて行けないんだよ。何かがないと」

「いきなり九州で事件起こす訳にもいけないからな。東京から徐々に西日本をターゲットにした、良い作戦だったろ?」

冷や汗が出る。この震えは武者震いなのかも分からない
まるで凶悪犯罪者を目の当たりにしたような、そんな感覚が芽生えた
いや、今目の前にいる二人は、もう…

「これも全部マツリちゃんに会う為の手段だからね。そろそろ身体限界なんじゃない?」

「あぁ、ずっと俺達を忘れないようにしてたクスリの効果、抜群だろ?」

ズキンズキンと下半身が疼く
嫌なのに。ダメなのに。逃げ出したいのに身体はどうしようもなく切なくて言う事を聞かなくて

それを好きだなんて勘違いして。

「好きだよ、マツリちゃん」

「もう絶対手放さないからな」


僕は、間違っていたんだ
警察官を目指したあの日から、ずっと
目の前に、悪魔が嗤う

生殺与奪の権利を奪われた鳥籠の小鳥は、自分が飼い慣らされている事にも気づかずに

僕も被害者の一人だったんだ
身体は燃えるように熱くて求めるように恋焦がれて
入念な完全犯罪によってまんまと二人に溺れてしまっていた



もう逃げられないと、僕は静かに目を閉じた
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