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第十八話 カミングアウト
しおりを挟む「う……うぅ…」
「マツリちゃん、起きた?」
微睡みの中、優しい声がする。薄く瞳を開いても、辺りは暗くて何も見えない
ただ声の聞こえ方からすぐ近くに二人がいることは理解した
「今灯り点けるからな」
千紘がスマホのライト機能を起動させる
一瞬その眩しさに目が眩むが、徐々に視界が慣れてくる
「僕…なんで…」
回らない頭を使い瞬きを数回繰り返す
段々と記憶が蘇り、顔を青くさせた
「寝てた…!?こんな場所で!?」
「起こしてあげようかとも思ったけど、その子が気持ちよさそうに一緒に寝てしまったから放っておいたんだよ」
「…………その……子?」
暗闇の中で市井が僕の膝に指を指す
反射的に視線を落とすと、何か黒い物体が、僕の膝の上に居た
「…ッ!?…わっ!?…なん…ッ!」
「シーッまだ寝てるから、動くな」
跳ね起きそうになって膝の上のナニカを振り払おうとするところを、千紘に肩を抑え込まれ制される
びっくりしたが、よく見るとそこに居たのは三角の小さい耳に、フサフサの黒い毛が生えた真っ黒な生き物だった
「…へ…ね…猫…?」
「うん、ここに棲みついてる猫だよ。地下室に子猫を産んでて、たまに俺達が面倒見てるんだよね」
「可愛いだろ、お前に懐いたみたいだな」
唖然とする
僕が今日ずっと勘違いしてたのは……この猫…?
膝の上でゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる様子に、言葉を失くす
「因みに一家殺人が起きたってのも嘘だよ。俺のじいちゃんの家だったんだけど一昨年死んでそのままにしてたんだ」
平然とカミングアウトをされながら、市井に頭を撫でつけられる
未だに情報処理が出来ずに、開いた口が塞がらない
「それとお前が見たリビングのカーペットのシミはコイツが手を滑らせてぶちまけた墨汁だな。習字の」
目覚めた猫が千紘の膝の上に移動する
頭を擦り付けながらお腹を見せる様子に、本当に懐いているのだとこの目で理解せざるを得ない
僕は、最初からまんまと騙されたのか、コイツらに……。
「あ、因みにマンションが建つのはホント。相続した父さんが土地を売ったからね」
拍子抜けする
まるで力が入らない。どこまでも僕を侮辱して、掌の上で虫ケラのように転がすこの二人は本当に悪魔の申し子なのではないか
「ということでお前は今日から俺達のモンだからな」
「大丈夫だよ、俺達こう見えて面倒見は良いから。大事にする」
何かがプツンと切れた気がした
頭の隅で考えないようにしていた感情が、塀を破って流れ出る
「何で…」
声が上擦る
これから言う言葉が上手く表現できるか自分でも分からない
「何で僕…なんですか…」
唯一感じていた可能性
それに縋りたいと何度も思った。絶対にあり得ない事なのに
「だって二人は…イケメンで…僕の学校の女の子も…みんなアンタ達の話してて…」
奴隷のように扱われている筈なのに、ネットに拡散された動画を消したり、ヤクザから守ってくれたり、学校終わりの放課後に遊びに連れられたり…
かと思えばこんなに酷い仕打ちを受ける
この二人の真意が分からない。知りたい。でも怖かった
「………二人は…ホモなんですか…」
「何でそうなるんだよ、ちげえよ。いや、違くないか?」
「マツリちゃん、俺達さ。基本的に欲しい物は全部手に入ってたんだよ」
「…………。」
「金も権力も。それこそ確かに女にだって困らない。でもここまで歪んだ感情、表に出すなんて出来なかったんだ」
「あぁ、下衆に見えるだろうけど、普段の俺達見たらお前は卒倒しそうだな。優等生すぎて」
二人は遠回しに伝えてくる
あまり意図が汲めず、僕は言葉の続きを待つしかなかった
「ネットに上がってる動画のマツリちゃんを見て、俺達感動したんだよね」
市井がポケットからスマートフォンを取り出し、ディスプレイに映る画面を見せつける
そこには、先輩たちに無理やり指示され、ぎこちなく笑う自身の姿が映っていた
「こんなことされて、こんなに従順に従うなんて、よっぽどこの子は自分を持ってないんだなぁって最初は思ったよ」
「あぁ、バカだなって思ったな。俺も」
僕は何も言い返せず黙り込んでしまう
そんなこと自分が一番分かってる
変わりたいと思ってやった結果、何も変われずただ意志のないドールのように扱われる日々にどれだけ嫌気が差していたか
「んで、その内こんなことされても何も言い返せないんなら、俺達でも良くねって思い始めて…」
「でも接近してみたら意外と反抗するし、そのギャップにやられて益々お前が欲しくなった」
「それは…つまり…」
僕は俯き漸く理解した頭でその真実を受け止める
ただ僕は、二人にとって都合の良い…
「……性処理の道具にしたいって……ことですよね」
自分で言ってて情けなくなる
僕は二人にとってその猫と同類の愛玩動物でしかないんだ
愕然と肩を落とし、辛い現実を突き付けられたようだった
「俺達がそう言ったか?」
「俺達の愛情表現伝わりにくかったかな」
しかしすぐにそれは否定されて、二人は呆れたように言う
そしてバカな僕にも理解出来るよう、今度は率直な言葉に表した
「好きなんだよ、バーカ」
「好きだよ、マツリちゃん」
ほぼ同時に、二人はそう言った
小学生男児のようなぶっきらぼうな照れ方をする千紘と、まるで勝ち誇ったように堂々としている市井
好き…?この二人が?
僕の事を…?
「…そ…そんなの…信じられないです…」
どこまでも卑屈になって考える
だって好きな子に、無理やりレイプなんてしない
弱みを握って、脅すような事しないだろ
「別に、信じなくてもいい」
「え…?」
「そうだね、信じられないだろうし。ただ、俺達はお前を手放す気はないけど」
二人の目的は、両想いになることではなく、ただ支配するように自分の手元に置いておきたかっただけだった
だからこそ、戸祭の先輩や同級生を脅し孤立させ、わざと人目に付くように街をぶらつき、学生の溜り場であるカラオケに赴いては、自分達の物だと見せつけた
そして今日のように、好きにならなくても必ずモノに出来るよう、用意周到に今回の肝試しを思いついた
こんな歪んだ行為を、模範的な優等生が出来るはずがない
本来ならば、好きな相手が同じ人だったとすれば、どちらかを選んで貰うよう取り合って競い合うはずだ。だか二人はさも当然のように共有する事を選んでいる
だけど、そうだとしても、僕は、ずっと、ずっとその言葉が欲しかったのかもしれない
「僕は…二人のことを好きじゃないです」
「そんなの後からどうとでもなる」
「絶対いつか好きにさせてみせるよ」
二人はまた被さるようにそう言った
僕はその言葉に、僅かに優越感を得る
その言葉が嘘だったとしても、今の僕には十分だった
イケメンで、人気者で誰もが憧れるこの二人が、僕のことが好きなんだ
僕は絶対に、何があっても、この二人を好きにはならない。なっちゃいけない
そう思うことで、二人が必死に僕に取り入ろうとする姿を、いつもの逆の立場で傍観出来る
「せいぜい…頑張って下さい」
僕は、この歪な関係を、今この瞬間受け入れた
絶対にこんな奴ら好きになるもんかと、揺るがない誓いを胸に秘め、僕はまた従順なフリを続ける
そんな事を知ってか知らずか、僕の内に秘める感情をまるで見透かすように、二人は不敵に微笑んだ
応援ありがとうございます!
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