不良のオモチャ

メシウマ

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二人の関係は3

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漆のように艶やかな黒い髪に
童顔で白い肌
色素の薄かった大きな瞳は、少し疲れたように虚ろだった

そしてまたその子自身も、桜吹雪の如く俺の心を乱す

「……男?」

小学時代に記憶にあるのは確かにアイちゃんと言った笑顔がとても可愛らしい女の子だったはずだ

その子の顔は童顔だが虚ろな瞳は少し鋭く、新入生とは思えないよれた学ランに身を包んでいた。それでも俺の本能が間違いなくアイちゃんだと確信していた

俺は思わず駆け寄りその子の肩に手をかけ、呼び止めてしまった

一瞬びっくりしたような顔でこちらを伺うアイちゃんは、とても怪訝な顔でなんですか?と嫌そうに口を開いた

そこから俺もどう声をかけたら良いのか分からず、いや、ごめん、人違いでした。と咄嗟に嘘を吐き手を放した

後ろから中学時代の友達の声がかかる
一瞬そちらに気をとられた隙にアイちゃんの姿は見えなくなった

俺の初恋の相手

飛び跳ねるほど嬉しい気持ちと、突然の思わぬ再会に戸惑いを交錯させながらも、また新たに俺の心を掻き乱した

「男だったん…?」

うわごとのように入学式の喧騒にその声が溶けていく



x



俺は純粋に女が好きだ
男を好きになるなんてあり得ない

今はまだ好きかもしれないけど
あんな事をしておいて、あんな幼稚な見栄を張っておいて、本当に狡猾で卑怯な男でしかないのに

あの頃の気持ちは心の奥深くに仕舞い込んで
まるで無かった事のように

あの子が俺を見ても何も動じないように

俺も忘れようと、そう心に誓った

そしてずっと頑張っていた柔道も、ぷっつりと手がつかなくなり、毎年優勝を勝ち取っていたのが、三位まで落ちこぼれた

優等生とは言わなくても人並み以上に頑張っていた勉強も、全く手に付かなくなった

学校に行けば嫌でも目に留まるその子を無意識に目で追いかけるのが嫌で、なるべく行かないようにした

好きでもない女を抱いた

先輩に言われるがまま煙草に手を出し、気分を晴らした

自分が何に腹を立てているのかがさっぱり分からず、それがまたもどかしく、心が荒んでいった

口から白い煙が立ち上るたびにこのままこの気持ちも消えてなくなればいいのに、と何度も思った

そうして迎えた二年の春

クラスしか把握していなかった俺は当然の如く午後の授業中に教室の扉を勢いよく開けた

そこに飛び込んできたのは教師の顔よりも扉の後ろに座るあの子だった

「…は?まじ?」

そう気づいた時には考えるよりも先に体が動いていた

目で捉えたのはその子の座る机が宙を浮いていたこと

俺が蹴り上げたのだった

自分でもびっくりしたがその子は大きな目を更に見開き唖然としていた

あ。可愛い

咄嗟に頭に出た本音が一年間積み上げたものを一瞬で台無しにする

横から担任が怒声を上げながら俺の腕を掴み教室から追い出した

自分でもわけがわからなった

ずっと頑張り続けていたものが無駄になったから?
その子が男だったから?
未だに俺の顔を見ても当時のことを全く思い出した様子もないその子が腹立たしかったから?

俺があの子と母親を引き離してしまったから?


目が合った瞬間心の奥が締め付けられたのを誤魔化したかった

もう答えは分かっている。

俺はどうしてもこの子が、

入学式の日にすぐにその子の名を見つけ、今でも忘れられずにいる相澤優斗が

どうしようもなく好きだったんだ


そう気づいた時、半ば諦めたように観念した俺は、なるべく関わりを持たないよう、これ以上気持ちを膨らませないよう、カモフラージュするように更に女癖が悪くなり、他校の生徒と片っ端から喧嘩を吹きかけ気持ちを誤魔化した



そんな荒んだ日々を過ごしたある日、
あの事件が起こった


今まで言いつけ通りに親のレールの上を歩いていた俺がたった一年で全てを棒に振ったおかげで、当然父親には見放されていた

そして小遣い稼ぎがてらでコンビニで働き、その日も休憩室でいつもの如くサボっていた

店に人が入るBGMが鳴ったが気にする素振りもしなかった。

しかしやはり本能なのか、モニター越しに映るその相手をはっきりと目で捉えた。雑誌コーナーに佇む相澤優斗の姿を

久々にちゃんと見たアイちゃんもとい相澤に釘付けになっていたら、優等生である彼は予想もしない行動を取った

ぎこちない様子で、なんてことないレジャー雑誌を鞄に滑らせ、そのままそそくさと店を後にした

それを一部始終見ていた俺は、一瞬呆気に取られはしたが普段使わない頭をフルに回転させ、あの子をどうにかする浅ましい方法を思いついたのだ

どうしようもなかった
男が男を好きになるなんてあってはならない
ましてやこの期に及んで友達になるなんて尚更嫌だった

どうしても欲しかった
怖がられても憎まれても構わないほど、その子に何度も欲情していた

これは他でもない神様がくれたチャンスだ

忘れてしまっているならば、それでも構わない

あの子を手に入れるためなら卑劣でもクズにでもなっていい

きっとずっと待っていたんだ
こんなまたとない機会を

そしてその作戦はすぐに決行に移された




x




「……要するに…お前の父親と俺の母親は俺たちが小学一年の頃に不倫をしていたと?そんで俺たちは兄弟のように仲が良かったって?」

「兄弟のようにっていうか……」

幼少期の俺は、こいつのことを本気で女だと思っていたので、俺たちはその頃おままごとの恋人同士のような事をしていた

その頃の親父も、俺の母親とは愛のない政略結婚だったが、親父の会社はデカくなりすぎた為、支援を受けていた母親の会社を切り離し、結局その時に母親とも離婚した
莫大な慰謝料を払ってまで、相澤の母親と一緒になったのだ

「んで?結局俺の父親があんなんだから母親は俺と親父を見捨ててお前の父親と一緒になったわけ?」

明らかにトゲのあるその言い草にも無理はない
記憶を失くしたにしても、相澤にとっては母親は、子を見捨てた薄情な人には変わりないのだから

それを聞いて東は言いにくそうに目を逸らした

「その事に関しては…俺に責任がある」

苦虫を齧るような東の顔が、意を結したように口を開く

「お前の母親は…お前も連れてこようとした。……けど、俺が拒否したんだ」

「………は?」

「俺がお前のことを嫌いだからだと思っていたみたいだったけど…本当は…その逆で…」

「どういうことだよ」

「本当は…お前のことが…好きで…それで、昔…俺、本気でお前のこと女…だと思ってて…」

「ハァ?」

しどろもどろと東が胸の内を明かしていくが、相澤にとってはただただ面食らうことしか出来ない

「お前が一緒に来たら…本当の兄妹になっちまうってガキだった俺は勘違いしてて…兄妹は結婚出来ないし…そんなの嫌で…当時の俺はめちゃくちゃ反対したんだ…それで…」

そこまで言っておいて肩をすくめて口を窄める

「それで…その…めちゃくちゃ立派になって…大人になったらお前を迎えに行こうと思ったんだ…」

幼少時代の自分勝手な行動で、相澤があんな目に遭っていたなんて知る由もなく、高校の入学式に思わぬ再会をした時、男だと知って失望し、俺を忘れていることに憤った。
全て自身のエゴが招いた結果なのにも関わらず

そんなひとりよがりで間抜けな俺が、心底情けなく腹立たしかった

優斗の親父がそんなヤツだと知らなかったとは言え、あんなことになったのは少なからず俺のせいだ

俺のせいで…

あの日、
優斗の身体にあった無数のアザと異常な性癖を知った日
不審に思った俺はやっと足りない頭で理解した

優斗の母親が必死に連れてこようとしたのを頑なに拒むバカな俺が
優斗をあんな目に遭わせてしまった

そんな自己嫌悪に苛まれても尚、こいつは俺を責めることをしない。否、蚊帳の外だ。優斗のいる世界に、俺やこいつの母親は存在すらしていない

それがまたどうしようもなく心苦しくて、悲しかった

優斗が警察に事情聴取を受けている間、俺は久方ぶりに親父に連絡し、優斗の母親に真意を確かめようとした。しかしその頃すでに女は姿を眩ましていて、代わりに親父が全てを話してくれた
優斗の記憶喪失の訳を

自身の母親を突然失い、不倫関係で出来た母親を受け入れられず、優斗を嫌悪していたと思っていた親父も、そのことは当時の俺には伝えなかった。

全てを知った俺は、絶望し、自分自身に憎悪した

神様がくれたチャンスなんかじゃない
罰なんだ
愚かで幼稚な俺に天誅を下した

だから俺自身も、一生償っても許されない罪を死ぬまで背負って生きていくと誓った


そうして東は、堰を切ったように全てを話した

それを聞いた相澤の顔はやはりどこか他人事のようで、口を開くことをしない

「信じて貰えないかもしれないけど、俺は今でもお前が好きだ」

「………。」

無言でいる優斗の目が見れない

「お前は俺を死ぬまで恨んでくれていいし、許してくれなくてもいい。だけど、…俺のそばにいて欲しい」

「………。」

「本当に自分勝手で我が儘でしかないけど、俺の一生をかけて罪を償わせて欲しい」

そうしてやっと俺は優斗の顔を見た

「………だったら……」

沈黙を貫いていた優斗が、遂に口を開いた

「俺の失くした記憶、お前が甦らせてよ」

他人事だった優斗の顔が、真剣に俺に向かって続けて言った

「全部思い出せたら、死ぬほど恨んでやるし、俺の一生をかけてお前に罪を償わせてやる」

「…ッ!!…あ、あぁ、分かった…!」

それでいい、それでも十分すぎる程の報いだった
優斗の蚊帳の外にいた俺が、やっと同じ舞台に立てた気がした
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