たった今、婚約破棄された悪役令嬢ですが、破滅の運命にある王子様が可哀想なのでスローライフにお誘いすることにしました

桜枕

文字の大きさ
19 / 41
第2章 辻くんルート編

第18話 父、怒る

しおりを挟む
 昼間の王都は辺境の大きな町とは比べものにならないくらいの活気で人の多さに目が回りそうだった。

 私たちはコーネリアスが用意した質素な荷馬車に乗り換えて、荷物として王宮の裏口から搬入された。
 こそこそと王宮内に入れられ、被せられていた大きな布を剥ぎ取られる。

「このようなことをして申し訳ありません!」

 騎士団長をはじめコーネリアスも一緒になって頭を下げる。
 なんとなく意図は掴めたから特に文句はなかった。多分、王子と元婚約者が戻ったことを国民に知られたくないのだろう。
 辻くんも事情を理解したようで困ったように手のひらを向けていた。

「私たちをどこへ連れて行くの?」

「国王陛下と宰相がお待ちです。こちらへ」

 いきなり大物とご対面か。緊張するな。
 この服でいいのかな、と町娘さながらの自分の服装を見る。

 謁見の間の重厚な扉が開き、案内役の騎士に中に入るよう促された。
 赤い絨毯が敷かれ、豪奢な調度品で彩られた部屋の奥には壮年の男性が座っている。
 隣の席は空席だった。

「念のために聞くけど、誰だか分かる?」

「僕の、というかフェルド王子の父親です」

 私の記憶は正しかったらしい。

 国王陛下の座る椅子の斜め後ろには背筋を伸ばした壮年の男性が立っている。
 私のではなく、リリアンヌの父だ。

 抱き合って感動的な再会になるのかと思ったが、実際はそうではなかった。

れ者がッ!」

 あまりの大声に言葉を失った。
 周囲に控えている大臣や騎士たちも硬直し、辻くんに至っては立っているのがやっと、といった様子だ。

 それもそのはず、国王陛下が発する膨大な魔力が空気を震わせて、壁がガタガタ揺れているのだ。

 辺りを見渡すとガラスが嵌められていたであろう窓枠が補強されていた。

「み、美鈴さんは平気なんですか?」

「うん。別に」

 虫が喋っているのかと錯覚するほどに小声な辻くんに平然と答える。
 彼と同じように、もしかするとそれ以上に顔を青ざめさせている国王陛下が声を裏返えした。

「余の魔力を前にして平然としていられるのか!?」

 その言葉には後ろに控えている私の父も驚いていた。

「だって、私の半分より少し多いくらいですよ?」

 立ち上がっていた国王は力無く座り込んでしまった。

「リリアンヌ、早速だが王国の機密情報は他国にも魔王軍に漏れていないのだろうな」

 父が前に出てきて問いかける。
 私は必死に記憶を辿ってようやく自分が国政に関わっていたことを思い出した。

「はい。もちろんです。それよりもお父様……は宰相なのですか?」

 騎士団長は、国王陛下と宰相がお待ちだと言った。
 ゲームの中で語られていない以上、自分の口と耳で確かめるしかないのだ。

「何を今更。それがどうした? 婚約破棄のショックで記憶を無くしたのか?」

 いいえ、むしろ取り戻したのです。
 そんなことは言えないから首を横に振っておいた。

「公爵領に帰るぞ、リリアンヌ。ここにお前の居場所はない」

「え? え?」

「宰相、息子の無礼をご容赦いただきたい!」

 困惑する私の腕を掴んだ父が無理矢理に引っ張り、扉へと向かう。
 背後からは国王陛下の制止の声が聞こえた。

「待ってください」

 辻くんが私の手を掴み、父とは反対側に引っ張られる。

 やめて、私のために喧嘩しないで! 的なことを言えればよかったのかもしれないが、大の大人が引っ張り合うものだから、腕が痛くて仕方ない。

「なんですかな、フェルド王子。あなたが言い始めたことです。二度と顔を合わせないように配慮しますので、ご安心ください」

 私はこの人のことを何も知らない。
 だけど、辻くんとは違った焦りや怒りを醸し出している雰囲気を感じ取っていた。
 大勢の目の前で糾弾されて捨てられた娘が可哀想で、それでも可愛くて仕方がないのだろう。

 この国の宰相としてではなく、父親として娘を守ろうとしてくれている。

「この通りです! リリアンヌをもう一度、私の婚約者とさせていただきたい!」

 私の手を離した辻くんが土下座した。
 額をレッドカーペットの敷かれていない床に擦り付け、何度も謝罪の言葉を述べている。

「なんのつもりでしょうか。多くの者が婚約破棄の光景を見ています。もはや撤回はできますまい。それとも、まだこれを辱めるおつもりでしょうか」

「違いますッ!」

 顔を上げた辻くんの瞳は真剣そのものだった。

「僕が間違っていました。ご存じの通り、アロマロッテに励まされ、惹かれたのは変えようもない事実です。しかしっ!」

 なにそれ。そんなの聞いてない。
 辻くんの記憶の中にはアロマロッテと過ごした日々があるってこと……?
 
「ええい、お黙りなさい! 自分に都合のよいことばかりぬかすな! 一国の王子であれば自分の言葉に責任を持ちなさい!」

 この言葉には辻くんも黙ってしまった。
 当事者であり、当事者でない複雑な立場の私から見ても辻くんの言い分は都合が良すぎる。
 それほどまでに大きなことをフェルド王子はやってしまったのだ。辻くんには荷が重すぎる。

 辻くんを助けたいという気持ちはもちろんある。でも、アロマロッテの影がチラついて思考がまとまらない。
 かつて、お互いの過去は気にしないと約束したはずなのに、こんなにも簡単に気持ちが変わってしまうとは情けない。

「とにかく、リリアンヌは公爵領へ帰します。その後のことは国王陛下とご相談なさってください。私も一時、いとまをいただきます」

 国王陛下も臣下たちも父を押し留めようと必死だが、聴く耳を持たず、足も止めなかった。

「美鈴さん!」

 私もこの状況を打破する考えが思い浮かばない。
 辻くんの一言で彼にとっての婚約者に戻っても公式な関係ではない。
 本当の意味で婚約者に戻るのであれば、もっともな理由がいる。
 それを模索するためには時間が必要だった。

「必ず戻るから、待ってて」

 私は父に従い、謁見の間の扉をくぐった。

「リリアンヌ。家に着いたら何があったのか聞かせなさい」

「はい。ですが、お父様も私に隠していることを話してください」

 父は無表情のまま、極わずかに眉を動かした。

「私が国王陛下と同じ質の魔力を持っている理由についてです。知らないとは言わせませんよ」

 トランクに入れたままのジーツーはそのままにして、ムギちゃんには辻くんの側にいるようにお願いしておいた。

 父に頭からベールを被され、馬車に乗り込んだ私は実家へと戻ることになった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

婚約破棄で追放された悪役令嬢、前世の便利屋スキルで辺境開拓はじめました~王太子が後悔してももう遅い。私は私のやり方で幸せになります~

黒崎隼人
ファンタジー
名門公爵令嬢クラリスは、王太子の身勝手な断罪により“悪役令嬢”の濡れ衣を着せられ、すべてを失い辺境へ追放された。 ――だが、彼女は絶望しなかった。 なぜなら彼女には、前世で「何でも屋」として培った万能スキルと不屈の心があったから! 「王妃にはなれなかったけど、便利屋にはなれるわ」 これは、一人の追放令嬢が、その手腕ひとつで人々の信頼を勝ち取り、仲間と出会い、やがて国さえも動かしていく、痛快で心温まる逆転お仕事ファンタジー。 さあ、便利屋クラリスの最初の依頼は、一体なんだろうか?

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...