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抱き締めても良いですか?
16-5
しおりを挟む「浩介も食えよ?」
「食べています」
「落ち着いて食えって言ってんの。お前も、今日は来客なんだから」
確かに食べていた。座らずに、口に入れては俺達の世話を焼いていた。見かねた慎二が席に座らせている。皿に自分セレクトの美味しい物を盛ると浩介に渡している。
「これ、美味い」
「分かりました。後で教えてもらってきます」
「よろしく」
なるほど、浩介に覚えてもらって作ってもらいたいのか。ちゃっかりしている慎二に笑っていると、二度目の咳が聞こえた。瑛太の背中に隠れているけれど、見えている細い背中が震えている。
じっと見つめた俺に、真澄は決して視線を合わせない。瑛太の背中に隠れたまま、三度咳き込んだ。
立ち上がると、真澄の背中を捕まえた。抱き上げてしまう。
「やだ! 愛歩く……ゴホゴホッ!」
「駄目です。また寝込むことになるから」
「大丈夫だか……!」
言葉が続けられなくなっている。息をするのも辛くなっていた。ベッドに下ろすと起き上がろうとしてくるので、上半身を押さえ込むように体重を掛けた。
「お正月、また会えるでしょう?」
「でも……!」
「でもじゃない。もう、皆仕事の時間が来るし、今日はここまでにしましょう」
真澄が来ていたシャツのボタンを上から三つ外した。まだまだ薄い胸板に右手を当て、左手で彼の右手を握ってやる。そうすると、咳が落ち着いてくる。
「愛歩君が……手を握っててくれたら大丈夫だから……!」
「深呼吸して。言うこときかないなら、アルバイト止めますよ?」
脅しだと分かっている。涙を溜めた目で俺を見つめた真澄は、唇を一度引き結ぶと、言われた通りに深呼吸をしている。
呼吸を落ち着かせ、気持ちも落ち着かせる。胸に当てていた手を喉にも当ててやる。
咳はどうにか止まった。けれど、真澄の目から涙が零れ落ちていった。その涙を瑛太が拭ってやっている。
「すぐにまた遊びに来るから。ごめんな、真澄。寂しい想いをさせて」
「……大丈夫。皆、仕事があるから……」
小さな声は、寂しかったのだと伝えるに充分だった。反対の手を茜が握ってやっている。慎二と浩介も俺の背後から真澄に声を掛けている。
「次、会った時は、もっと話せるさ」
「……本当?」
「ああ。なあ、浩介?」
「はい。ぼっちゃんは日に日に強くなっておられますから」
頷く浩介。真澄は俺を見つめると、小さく謝った。
「わがまま言ってごめんなさい」
「俺も、脅してすみません」
胸をポンポン叩くと、真澄の瞼が閉じていく。
「また……皆……おしゃべりしてね……」
「ああ、もちろんだよ。お休み、真澄」
瑛太に頭を撫でられると眠ってしまった。深く沈み込むように眠りについている。肺がゆっくり膨らみ、沈むのを感じた。
真澄の胸と、力が抜けている手を握ったままの俺に、瑛太が顔を寄せてきた。
「それは?」
「最初は、変態兄さんに言われた通り、学校から帰ってきたら手、握ってたんだけど」
だいたい、真澄は寝ていて。いつも苦しそうに呼吸をしていた。なんとなく胸に手を置いてみたら、顔が緩んで楽に呼吸をしだした。苦しいところに手を当ててやると顔が緩むから。
「肺、苦しいみたいで。直接、触った方が楽になるみたい」
「……そうか」
眠っている真澄の頬に残っている涙を拭ってやっている。年齢は成人しているけれど、精神年齢が低い真澄は、時々、子供のようになる。
今日は特にそうだった。朝から高いテンションに、まるで小学生のようで。ずっとこの広い部屋で一人過ごしてきた彼にとって、これだけの人が集まったのが嬉しいのだろう。
「君には、感謝している。心から」
真澄を挟んだ向こう側から、瑛太に頭を下げられた。軽く睨んでやる。
「マジ、最初はふざけんなって思った。二人も分かってくれると思うけど、知らないαの側に居ろっていうのは、Ωには地獄だからな?」
「……申し訳ない」
反省している瑛太に、軽い溜息をついた。
真澄は体が弱いし、俺の方が体格も腕力も強い。万が一襲われても、おそらく通常なら問題ない。一発で勝負がつくだろう。
でも、ヒートはそうはいかない。崩れ落ちてしまう。真澄の側で二度もヒートになってしまった。
「もう、いい。真澄さんは俺のヒートを全力で避けてくれたし、無理矢理するような人じゃないってのも分かってる。俺も、丈夫にしてやりたいし」
自由に走れるように、この家を出て、行きたい所へ行けるようにしてやりたい。旅番組を見ては目を輝かせていた。いつか行ってみたいと。
「俺で良ければ友達になるし。話し相手くらいにはなるでしょ」
食べることに関しては、鬼だと言われているけれど。それも真澄を丈夫にするためだ。人間、やはり食べないと育たない。
だいぶん呼吸が落ち着いた。静かな呼吸に安心する。
「良い男だな、愛歩君」
慎二に肩を揉まれてしまう。擽ったくて笑ってしまう。
「本当に、後先を考えず君を巻き込んで済まなかった。そしてありがとう。真澄の側に居てくれて」
「あんたがしおらしいと気持ち悪いな!」
「酷いなー」
頭を掻いてみせる瑛太に笑ってやった。皆に見守られて、真澄は穏やかに眠っていた。
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