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抱き締めても良いですか?
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しおりを挟む「平田先生! 他のΩをこっちに来させないで! 番持ってる人も駄目!!」
「どういうことだ!?」
「ΩがΩをヒートにさせる薬使ってるんだ、あいつ! 接触したΩも引っ張られる!」
「まさか……田津原もか!?」
「やられた。俺が、ちゃんと引き離せなかった」
有紀が制服の上から来ていたコートを脱いでいる。震えている俺に掛けてくれた。
「ちが……う、からな?」
「しゃべんな。救急車呼ぶから」
有紀のせいではない。そう言いたいのに、口が震えて上手く言えなかった。有紀のコートを握り締めてしまう。込みあげてくる涙を止められない。
体中が熱くてたまらない。今すぐにでも自慰をしたいけれど、親友や先生の前でそんなことはできない。体を丸めて堪えた。
ヒートを起こしてしまった。
きっと、卒業式には出られない。
「くそっ……あと……少しだった……のに!」
「愛歩……」
「普通に……卒業して……ただ普通に……!」
情けないくらい流れていく涙が有紀のコートに染みこんだ。
「全員揃って卒業させる。そう、言ってるだろう?」
平田先生の大きな手が、震えていた頭に乗せられる。刺激しないよう、すぐに離れてくれた。
卒業式に、出られるだろうか?
溢れている涙越しに見上げると、平田先生は笑っている。大丈夫だと、頷いてくれた。
「……はは……ははは! もっと大勢、ヒートにして遊びたかったんだけどなー!」
犯人が狂ったように叫びながら笑っている。
「捕まる前に試したかったな~。男Ω同士でやると、どうなるのか。なあ、少年?」
腕を折られ、膝も折られているのに、男は饒舌だった。平田先生が立ち上がっている。
「俺の生徒によくも!!」
「いらないんだよ、そういう偽善は!」
大の字になっていた体を俺の方へ向けている。涙で滲んだ視界に、男Ωの犯人の姿がぼやけて見える。
「あんただって男Ωを馬鹿にしてんだろう!? ヒートになった奴が悪いって、言うんだろう!?」
「何を言ってる!」
「不公平なんだよ! Ω同士、慰め合って何が悪い!? その子だって本当は……がっ!?」
いつの間に、犯人の側に居たのか。浩介が無言で見下ろしている。革靴を履いた踵が、男の口の中にあった。
「……煩い」
今までに聞いたことが無い声だった。あまりに低い声に有紀が身震いしている。
「よくも……ぼっちゃんの大切な方を……泣かせたな?」
「がっ……ぁっ!!」
「お前のような者がいるから……私達は……!!」
一度抜いた踵を振り下ろしている。鈍い音がすると、犯人の顎が折れたのだろう、呻く声しか聞こえなくなった。
ゆらりと、浩介が動いている。犯人の、腫れている下半身を冷ややかに見つめている。
「せんせ……!」
「田津原! しゃべるな! 抑制剤を取ってくるからな!」
「あのひと……とめて……!」
「え?」
「はや……くっ!」
平田先生を呼んでいる間に、浩介は犯人の股間を潰した。あまりに容赦の無い蹴りに、集まってきていた先生達が呆然としている。
浩介は、俺が真澄の大切な人だと思っている。
それはつまり、彼が大切にしている桃ノ木家の真澄を、傷つけられたことになる。
「あなた!! やりすぎです!!」
平田先生が弾かれたように駆け寄ると浩介を後ろから羽交い締めにした。他の先生達も慌てて駆け寄ってくると浩介を止めようとしている。
けれど、一人、また一人と振り払った浩介は、気を失ってしまった犯人の首に手を掛けた。大きな手に力がこもる。平田先生がその腕にしがみつくと引っ張っている。
「ちょっと……!! ほんっと、駄目ですって!!」
「離して下さい。排除します」
「排除って……!!」
三人がかりで押さえ込み、一度は離れた手。けれどそれをまた振り払ってしまう。
「秘書さん、どうしたんだよ!? マジ切れってレベル超えてるし!!」
「……だめ……だ! とめて……くれ……」
意識が遠のいていく。体中の震えが止まらない。
浩介を止めなければならないのに、どうしても意識が保てない。
「愛歩? 愛歩!! どうした!? 先生、愛歩が……!」
有紀が呼ぶ声と、数台のパトカーのサイレンの音を最後に、震える体から意識を手放した。
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