王道ですが、何か?

樹々

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第四王道『異世界にトリップ、てきな? Ⅱ』

1.夢の中の先輩はちょーセクシー!

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 黒羽明先輩。

 真面目で、融通がきかなくて、堅物で。

 飲み会に誘われてもあまり笑わない人。

 騒がしいことが嫌いで、静かに飲みたい人だ。

 見た目は超イケメンなのに、彼女はいない。


 仕事には厳しく、時間厳守。

 黒縁眼鏡の奥から覗く瞳はいつも鋭い。

 きっちり揃えられた黒髪、ネクタイは常に締まっている。

 柔道、空手の有段者で、ガッシリ体型なのに着やせして見えるモデル体型。

 性格を知らない女性社員が、アタックしては散っていく。



 そんな、真面目の塊である、黒羽明先輩と。



 俺、萩野進は。



 男同士でありながら、お付き合いをしている。





「いや、それは付き合ってると言えないでしょ。君、まだ後輩の域を出ていないね」

「……くっ! 先輩と同じ顔と声で酷いこと言わないでもらえます!?」

「付き合って二ヶ月で、数えるほどしかキスができていない。手もなかなか握れない。飲みには行っても自宅に来てくれない。……で? 付き合ってる?」

「……う、うるさい! 先輩の偽者め!」

 俺はマーブル色をした不思議な夢の中で出会った、黒羽明先輩そっくりな男に言葉攻めを受けていた。

 休みの日に、何度も何度も頼み込んで、やっと先輩の家に遊びに行かせてもらえた。BL漫画家の妹・律子さんに、もの凄い歓迎を受けながら黒羽家にお邪魔させてもらえたのだ。

 先輩が育った家。ご両親は旅行中で会えなかったけれど、熱烈歓迎の律子に先輩のことを色々と聞いた。

 ついでに俺達のことも聞かれた。先輩に、絶対に付き合っていることは言うな、と口止めされていたので、ただの後輩として先輩を褒めちぎった。

 会社では真面目すぎて浮いている先輩だが、俺と居る時だけは砕けてくれる。二人だけで酒を飲みに行った時も、きっちり締めているネクタイを少し解き、ほろ酔い気分になると眼鏡を外し、リラックスした顔で笑ってくれる。

 その俺だけに見せてくれる顔が大好きだ。信頼してくれていると、心を許してくれていると、少しくらいなら自惚れても良いだろう。

「先輩は、嫌だったら嫌って、ハッキリ言う人だから! 俺達は付き合ってる!」

「むきになるのが怪しいね。本当は自分でも、あれ、これって付き合ってるって言うのか? って不安なんだろう? いや、不満か?」

「そ、そんなことはない!」

 痛い言葉を聞き流した。夢の中の、先輩に似た男に、先輩の声で言われると堪えるものがある。

 付き合って二ヶ月。

 先輩に、一つだけ。



 不満がある。



「セックスしたいんだろう?」

「……お、お前! 先輩の顔でなんてことを!!」

「さっきから僕の胸元、見過ぎだよ」

 そう言いながら、滑りの良さそうな服を肩からゆっくりと脱いでいく、先輩に似た謎の男。

 甘い匂いが漂う湖の側で出会った、先輩にそっくりなイケメン。黒髪、黒い瞳の先輩とは違い、金髪に青い眼の先輩似の男。

 きっちりネクタイを締めている先輩とは真逆で、胸元は大胆に開いていた。更にそれを肩から脱いでしまうとは。ベルトではなく、紐で緩く縛って止めているだけのズボンは、すぐに脱がせられそうだ。

「……違う、先輩じゃない。俺の先輩は、もっと硬派だ!」

「そう言いながら、この手は?」

 腰を、抱いていた。

 抱き心地は、先輩そのもので。

 色は違うけれど、顔立ちは先輩そのもので。

「キス……したい……です」

「僕は偽物なんだろう?」

「……せめて、夢の中だけでも……!」

 頬を包むと、先輩似の男にキスをしていた。いつもなら、軽いキスだけでもかなり手順が必要なのに、彼にはそれが必要なかった。キスしやすいよう、顔を傾けてくれている。

 触れた感触は先輩そのもので。夢中でキスをした。彼の両手が、俺の腰に回される。もっっと、と体を密着させられた。



 現実の先輩は、キスが嫌いだ。



 人との接触を、あまり好まない。



 子供の頃、サキイカを食べていた父親にキスをされて以来、嗚咽さえ出る。



 歯磨きをしっかりして、人が誰も居なくて、先輩の機嫌が良い時に、やっと一度だけ、触れさせてもらえる。それも軽く、そっと、数秒だけ。

 成人男性でありながら、先輩は性に疎いし、興味が無い。

 でも俺はもっと、先輩に触れたくてたまらない。

 湖から漂う不思議な甘い匂い。夢の中のはずなのに、触れている感覚はあまりにリアルで。キスをしながら草むらに押し倒してしまう。

「……どうする? 偽物だけど」

「先輩……!」

「ん……そう、焦らないでくれ。僕にも心の準備がいる」

 首筋にキスしても、彼は嫌がらなかった。俺の頭を撫でてさえくれる。

 ああ、やっぱりこれは夢だ。妄想しすぎて、頭がおかしくなったのだろう。

 それでも良い。普通の恋人達のように、俺も、先輩にもっと触れる。

「つっ! 優しくしてくれないか?」

「無理……! 我慢しすぎてどうにかなりそうです!」

 首筋に強く吸い付いた。赤く鬱血している。少し腫れたそこを今度は優しく舐めながら、胸元へとおりていく。張りのある胸板にもキスをしながら、ズボンに手を掛けた。簡単にほどけた紐を外し、引き下ろしていく。

 裸にした体は、神々しくて。知らず顔が赤くなってしまう。

「見ているだけかい?」

「……浮気、ですよね。先輩だけど、先輩じゃない」

 同じ顔、同じ体、同じ声。違うのは髪と瞳の色、そして性に積極的なところ。

 違う人だ。夢の中だけど、先輩ではない人。

 触れたい。でも、先輩を裏切りたくはない。



 どんなに恋に不器用な人でも、俺が好きな先輩は、やっぱり現実の先輩だ。



「……泣くなよ」

「頭が……おかしくなりそうです! もっと……もっと……先輩に触れたい!」

 崩れ落ちた俺を、先輩に似た男が抱き締めてくれた。これが現実だったら良いのに。しがみつくと、背中を撫でられた。額に軽いキスまでしてくれる。

「叶うと良いな。僕としては、君に触れてもらうのは、嫌いじゃないよ」

「……先輩似さん」

「現実の僕も、もう……」

 声が薄れていく。甘い匂いが強くなると、瞼が重たく閉じてしまった。

 最後まで、先輩似の男の手は、俺の背中を撫でていた。

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