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戦間期(1932〜1941)

『大和』建造三 起工式

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 溶接の利点とは、防御力である。
 A140の設計者である牧野大佐はその防御に非常な腐心を働かせていた。
 仮にこれの建造にリベットが使われた時にはどうなるか、それは昭和一二年九月に亀ヶ首射撃場で試験されていた。
  そこには、一門の砲があった。大正期に制作された四八サンチ砲である。これには砲と弾に加工を施し、一六インチ五〇口径砲と同等の威力が発揮されるようになっていた。それが睨む先には、鋼鉄の塊があった。実物大に再現されたA140の弦側装甲である。
「てっ!」
 掛け声と共に、轟音。砲弾が放たれる。
 鈍い音がして、鉄塊に命中したことが分かる。海軍の期待通り、弾丸は鋼を貫くことは出来なかった。しかし、内側に押し込んでいたのである。これは実戦で行われれば、浸水に繋がりかねない大事件である。
 即座に原因究明がなされ、それは甲鉄支持に使われていたリベットが剪断されていた事である事が判明した。
 牧野大佐は愕然とした。敵戦艦と互角以上に撃ちあえると思っていたが、思わない所に弱点があったのである。
 艦本では、漏水対策を施し、応急処置に終始しようとしたが、それは阻止された。福田少将である。
「電気溶接は、どうか」
 この時期、海軍は過渡期に入っていた。リベットから、溶接への。
 A140は新時代の戦艦である。それが、リベットを使ったが為に沈んでしまっては、いけない。福田少将はそう考えていた。
 溶接推進派がこれを強烈に支持。かくして、A140に使われるリベット量は大幅に減少する事となり、電気溶接がそれに取って代わるのであった。

 この戦艦は、集中防御を採用しており、水線長の半分以上が主要防御区画に含まれているのであるが、それ以外の部分も全くの装甲なしとはいかなかった。
 特に設計者の牧野大佐がこれに熱心であった。というのも、彼は前後部の非装甲部位に攻撃が集中した場合に、この艦が沈む事を恐れていたのである。
 牧野大佐は非装甲部位には、縦横に隔壁で仕切り、浸水を極限する策を用いた。それだけではない。電気溶接に よって、重量が制限される様になると、ここにも、装甲を加えた方が良いのではないかと考えた。そこで、条約型巡洋艦の砲撃にも耐えられる様に、ここを再設計する事となった。これには、必要以上にトップヘビーになる事を防ぐ意味合いもあった。

 牧野大佐がこういう、思い切った設計の変更に踏み切った原因は他にもある。
 駆逐艦『朝潮』。昭和一二年に就役したこの艦は、元々四〇〇〇浬の航続距離の予定であった。所が、蓋を開けて見ると、それが五〇〇〇浬を超えていたのである。
 用兵側にとっては喜ばしい話かも知れないが、造船側にとってはそうではない。明らかな重油の積みすぎであり、その分を船体を軽くするとか、装甲を厚くするとかに使えた筈なのだ。そう考えると、手放しでは喜べない。
 牧野大佐はもしやと思い、A140の設計図を見直してみた。すると、これでも航続力の超過が起こっているではないか。
 現場では、一グラムの誤差さえ許していないのだ。これで、重油が必要以上に積み込まれているとなれば、その現場の努力を無駄にしかねない。
 これは大変な事だ。牧野大佐はそう思い、直ぐに設計の見直しを行った。
 結果として、搭載予定の重油量の実に八パーセントが余計な出費である事が分かった。

 A140軽量化への取り組みは、他にも見られた。
 通常は、甲鉄を甲板に付ける時に、パッキングウッドという物を使い、隙間ができた場合には、これで調整を行っていた。
 しかし、この戦艦では、それが使われない事となった。A140程大きな艦となると、木材とはいえ、その重さは大きな物となる。
 しかし、人間の仕事である。誤差はどうしても生じてしまう。そのままにはしておかない。海水が流入して、錆びの原因となってしまうからだ。
 そこで、隙間ができてしまった場合には、油性の充填材を注入するという手段が取られた。

 A140の起工式は、昭和一二年九月一五日に行われた。この時には既に、ドックの底には艦の背骨とも言うべき竜骨キールが置かれており、更には垂直竜骨も据えられていた。
 起工式の当日、朝七時に作業が開始された。しかし、この日は異様な空気があった。
 その原因はA140が建造されるドックにあった。ドック中央には、呉鎮守府司令長官加藤隆義中将を始めとする鎮守府の高官、呉工廠長豊田貞次郎中将を始めとする責任者らの姿があった。
 起工式そのものは、他の艦と変わらないものであった。しかし、ここに作られようとするのは、四六サンチの主砲を持つ戦艦という、途方も無い物であった。

 一〇月一日、西島少佐は遂に船殻主任に任ぜられた。これは以前から決定していた人事であり、西島少佐もこれの準備に余念がなかった。その為、これにより何か不都合が生じることは無かった。
 A140の建造は、愈々本格的に進んで行く事となるのだった。
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