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戦間期(1932〜1941)
『大和』の産声一 松田千秋
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このままでは、日米間で、戦争が勃発した時、日本に勝ち目がない。松田千秋少佐が、そう最初に考えたのは、何時からだろうか。
始まりはともかくとして、その思いは、昭和五年から六年にかけて勤務した、駐米武補佐官としての経験を通じて、より大きくなった様な気がする。
自他共に認める反米主義者の彼からすると、それは内心忸怩たるものであるが、これを認めないことには、対策を講じられず、その結果として本当に国が滅んでしまいかねない。国家間の戦争で、敗者となった者の末路はドイツが証明してくれる。そのドイツは、それまで影も形もなかったナチ党が大勝しているなど、面白い状況になっている様だが―合衆国にいると、世界の情報が好むと好まざると、入ってくる―これからどうなるにせよ、現時点では、尋常ではないインフレに、国民の多くはその日食うにことかける有様である。
日本をあの様な国にしてはいけない。それは、松田少佐に限らず、海軍人の全員が思っていることである。願わくば、陸軍人も同じ事を思っていて欲しいが。そうでなければ、海軍は愈々陸軍と戦争を繰り広げなくてはいけなくなる。
だが、日米間の戦力格差を覆す手段となると、中々に思い浮かばない。今までは小型艦艇で主力艦の不足を補おうとしてきたが、ロンドン条約によって封じられてしまった。しかし、松田少佐は一つの解答を導き出すに至っていた。日本は工業力も合衆国にとうてい及ばない。そもそも海軍軍縮条約で対英米六割の艦艇しか所有していない。その状況で、あの強大な国家に立ち向かう手段は一つしか無い。一隻で二隻、三隻いやそれ以上の働きをする艦を作れば良いのである。それも、一隻で強大な力を発し、諸国に対する圧力となるような艦。となると、その艦種も自ずと限られてくる。そう、戦艦である。
松田少佐は新たな戦艦、それもそれまでの戦艦を一気に旧式化してしまうような、新時代の『ドレッドノート』を作ろうと画策していた。これには戦争時に確実に勝利をもたらす艦でもあるが、戦争を引き起こさないための艦でもあった。この時代の戦艦は最大の抑止力として働いていたのである。起こさないで済む戦争ならば起こさないのが一番である。
彼の新戦艦に対する研究が完了したのは、昭和七年一一月の時であった。彼はこれを当時の軍令部第一班班長の嶋田繁太郎少将であった。
「これではまだ不十分だ。もう一度よく研究し直せ」
嶋田少将は、松田少佐が研究結果をまとめた紙束に目を通すと、そう言い突き返した。松田少佐はそこではそのまま引き下がった。しかし、彼とて己の研究結果に不備が無い事は確信していた。
そこで、彼はその論文を引き出しの中に突っ込んでおき、一月後に再度引っ張り出した。
「先月に提出しました新戦艦に関する論文です」
嶋田少将は、うむ、とうなずき、紙束を受け取った。それを今度はじっくり頭から足まで見ると、漸く顔を上げた。
「良く研究したじゃないか。これなら、十分だ」
彼はそう言い、松田少佐の論文に判子を押した。
嶋田少将は何も意地悪でこんなことをしたわけでは無い。彼は松田少佐の論文を一目見ただけで、これは帝国海軍の全てを巻き込みかねない代物である事に気付いた。それで、嶋田少将は、松田少佐がどれくらいこの戦艦に本気であるか、及びこれしか無いのかを確かめようとした。仮にこれで先の論文に手直しが加えられるような事があれば、彼は寧ろ判を押さなかったであろう。松田少佐はそれ程までにとてつもない案を持ってきたのである。
「確かにこれが有れば、或いは。しかし、これを実現するには並大抵の事ではいかん。俺もできうる限り動かなければな」
松田少佐が去った室内で、嶋田少将はそう独りごちた。
松田少佐の新戦艦案は以下の様なものであった。
四六サンチ―一八インチ―を主砲とし、これを八門以上十門以下装備する。
自艦の主砲で二〇〇〇〇メートルから三五〇〇〇メートルの距離から砲撃に対応できる防御力。
速力を三二ノット以上とする。
排水量五万トン
これらは一見とんでもない物に見える。当時の帝国海軍最新の戦艦である長門の諸項目を見れば、それが十分に分かるが、『長門』建造から二〇年経っており、日本の造船技術も『長門』建造時に比べて格段に発達している。松田少佐はそれが十分に分かっているから、この戦艦も日本で建造できると睨んでいた。
嶋田少将に新戦艦案を出した後、松田少佐の仕事はひとまず無くなった。彼自身そう思っており、後は一介の中佐が関与できる範疇に無い、と考えていた。しかし、彼の安寧の時間は長くは続かなかった。嶋田少将から共にある会議に出席するように求められた。
「松田。今度貴様の出した案を設計者に説明する必要がある。さしあたっては、提案した貴様を連れて行く。これは、優先順位を決める上で貴様の存在が必要と判断したからだ」
昭和八年一月、松田少佐は好むと好まざるとに関わらず、新戦艦の巻き起こす渦の中に再び飲まれていくのであった。
始まりはともかくとして、その思いは、昭和五年から六年にかけて勤務した、駐米武補佐官としての経験を通じて、より大きくなった様な気がする。
自他共に認める反米主義者の彼からすると、それは内心忸怩たるものであるが、これを認めないことには、対策を講じられず、その結果として本当に国が滅んでしまいかねない。国家間の戦争で、敗者となった者の末路はドイツが証明してくれる。そのドイツは、それまで影も形もなかったナチ党が大勝しているなど、面白い状況になっている様だが―合衆国にいると、世界の情報が好むと好まざると、入ってくる―これからどうなるにせよ、現時点では、尋常ではないインフレに、国民の多くはその日食うにことかける有様である。
日本をあの様な国にしてはいけない。それは、松田少佐に限らず、海軍人の全員が思っていることである。願わくば、陸軍人も同じ事を思っていて欲しいが。そうでなければ、海軍は愈々陸軍と戦争を繰り広げなくてはいけなくなる。
だが、日米間の戦力格差を覆す手段となると、中々に思い浮かばない。今までは小型艦艇で主力艦の不足を補おうとしてきたが、ロンドン条約によって封じられてしまった。しかし、松田少佐は一つの解答を導き出すに至っていた。日本は工業力も合衆国にとうてい及ばない。そもそも海軍軍縮条約で対英米六割の艦艇しか所有していない。その状況で、あの強大な国家に立ち向かう手段は一つしか無い。一隻で二隻、三隻いやそれ以上の働きをする艦を作れば良いのである。それも、一隻で強大な力を発し、諸国に対する圧力となるような艦。となると、その艦種も自ずと限られてくる。そう、戦艦である。
松田少佐は新たな戦艦、それもそれまでの戦艦を一気に旧式化してしまうような、新時代の『ドレッドノート』を作ろうと画策していた。これには戦争時に確実に勝利をもたらす艦でもあるが、戦争を引き起こさないための艦でもあった。この時代の戦艦は最大の抑止力として働いていたのである。起こさないで済む戦争ならば起こさないのが一番である。
彼の新戦艦に対する研究が完了したのは、昭和七年一一月の時であった。彼はこれを当時の軍令部第一班班長の嶋田繁太郎少将であった。
「これではまだ不十分だ。もう一度よく研究し直せ」
嶋田少将は、松田少佐が研究結果をまとめた紙束に目を通すと、そう言い突き返した。松田少佐はそこではそのまま引き下がった。しかし、彼とて己の研究結果に不備が無い事は確信していた。
そこで、彼はその論文を引き出しの中に突っ込んでおき、一月後に再度引っ張り出した。
「先月に提出しました新戦艦に関する論文です」
嶋田少将は、うむ、とうなずき、紙束を受け取った。それを今度はじっくり頭から足まで見ると、漸く顔を上げた。
「良く研究したじゃないか。これなら、十分だ」
彼はそう言い、松田少佐の論文に判子を押した。
嶋田少将は何も意地悪でこんなことをしたわけでは無い。彼は松田少佐の論文を一目見ただけで、これは帝国海軍の全てを巻き込みかねない代物である事に気付いた。それで、嶋田少将は、松田少佐がどれくらいこの戦艦に本気であるか、及びこれしか無いのかを確かめようとした。仮にこれで先の論文に手直しが加えられるような事があれば、彼は寧ろ判を押さなかったであろう。松田少佐はそれ程までにとてつもない案を持ってきたのである。
「確かにこれが有れば、或いは。しかし、これを実現するには並大抵の事ではいかん。俺もできうる限り動かなければな」
松田少佐が去った室内で、嶋田少将はそう独りごちた。
松田少佐の新戦艦案は以下の様なものであった。
四六サンチ―一八インチ―を主砲とし、これを八門以上十門以下装備する。
自艦の主砲で二〇〇〇〇メートルから三五〇〇〇メートルの距離から砲撃に対応できる防御力。
速力を三二ノット以上とする。
排水量五万トン
これらは一見とんでもない物に見える。当時の帝国海軍最新の戦艦である長門の諸項目を見れば、それが十分に分かるが、『長門』建造から二〇年経っており、日本の造船技術も『長門』建造時に比べて格段に発達している。松田少佐はそれが十分に分かっているから、この戦艦も日本で建造できると睨んでいた。
嶋田少将に新戦艦案を出した後、松田少佐の仕事はひとまず無くなった。彼自身そう思っており、後は一介の中佐が関与できる範疇に無い、と考えていた。しかし、彼の安寧の時間は長くは続かなかった。嶋田少将から共にある会議に出席するように求められた。
「松田。今度貴様の出した案を設計者に説明する必要がある。さしあたっては、提案した貴様を連れて行く。これは、優先順位を決める上で貴様の存在が必要と判断したからだ」
昭和八年一月、松田少佐は好むと好まざるとに関わらず、新戦艦の巻き起こす渦の中に再び飲まれていくのであった。
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