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本編
1.宝石の涙を流す少女
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沢山の生物がいる中で、遺伝子に何らかの変化が起こって周りとは違う個体が生まれることがある。
例えば左向きのカレイや右向きのヒラメが発見されたり、生まれつき体の色素が少なく体毛や肌の色……全身が白い生物が生まれたり。
人間とて、それは例外ではなかった。
ある者は体中の色素が欠落し、その髪も肌も何もかもが真っ白になって生まれてきた。
またある者は特殊な脳細胞を持って生まれ、類稀なる明晰な頭脳で幼い頃から名門の学園へと通うことが出来た。
何万分の一の確率で生まれるそんな彼らは、とある世界では〝特異体質者〟と呼ばれている。
長い間、暗い地下室で育てられた彼女もその特異者だと両親から聞かされたのは、まだ小さい頃だった。
彼女の場合、その原因は未だに解明されていないらしい。随分昔にその世界にあったとされる魔力が時を経て隔世遺伝したのだとか、母親の腹の中にいた時一度死んだが神の哀れみにより生き返りその時に得られた能力だとか、そんなあることないことを言われているけれど。しかし彼女が〝流す涙が全て宝石になる〟という特異体質を持っているというのは、変えようのない事実ではあった。
それがもっと綺麗な宝石だったら、きっと皆からも喜ばれていただろうに。
「ほら! もっと泣け! 泣くんだ!」
「ッ……ぃ……」
男によって思い切り振るわれた鞭に打たれる度に零れ落ちる涙は宝石へと代わり、冷たい石の床へと散らばっていく。そのどれもが小さく、あるものは欠け、あるものは傷があり、あるものは色がくすんでいて。どれもあまり価値があるものとは思えなかった。
「欠陥品がこれっぽっちじゃ、一ヶ月分の食事だって賄えやしないじゃないか!」
そう怒鳴りつけながら、男は彼女に鞭を振るい続ける。
「さあ泣け! 泣くんだ! 私達家族のために!」
「か、ぞく……」
「ああそうだ! 欠陥品しか生み出せないお前は! こうして泣くことでしか! 役に立てないんだからな!」
嗚呼そうだ。自分は、こうなることでしか役に立つことが出来ない。だから男は、こうして彼女に鞭を振るう。
彼女が涙を流す度に散らばる宝石は、やがて両手にひとすくい分まで溜まって。それでようやく、男は鞭を置いた。
「そうだ、偉いぞマイン。さすが私達の娘だ」
「は、い……おと、う、さま……」
彼女は自分の名前を呼ばれた気がして、反射的に返事をする。しかし彼女の中で、〝マイン〟という単語が自分の名前であるとどこか認識出来ていなかった。それどころか、目の前の男が自分の父であるという認識も出来ていない。
彼女は、この男の実の娘ではないからだ。実の両親には小さい頃に捨てられて、この家に拾われたのだ……と言われ続けていた。彼女には、その時の記憶も小さい頃の記憶もないからわからないけれど。
「お父様? またここにいらっしゃいましたのね」
地下室の扉が開く音がして、鈴を転がしたような声が聞こえた。そこからは、一人の少女が顔を出して。
「ああ、こんなところに来てはダメじゃないかジュスティーヌ」
男はマインからすっかりと興味がなくなり、その体をブラインドにしその姿を隠すように実子であるその少女の前に立つ。その声は、マインへと向けたものよりも甘いものだった。
「大丈夫よ! ねえそれより早く行きましょう? 今日は一緒にお出かけしてくださる約束だったじゃない」
「ああそうだったね。では準備しようか」
まるで、冷たい床に倒れ伏すマインのことなんてすっかりと忘れてしまったかのように、男は彼女の方へは目も向けず実子であるジュスティーヌと共に地下室を出た。
「ふふふっ」
扉が完全に閉まるまでのその隙間で、ジュスティーヌが嘲笑うような顔でマインの方を見ていて。完全に扉が閉まった後で、ガチャリと鍵のかかる音がする。
今までは男が持ってきていたカンテラで部屋が照らされていたけれど、それも持っていかれてしまったから何も見えない暗闇になってしまった。
(終わった……)
すっかりと疲れ果てたマインは、冷たい石の床の上で小さく丸くなり目を閉じる。
一体今はどのくらいの時間なのだろう。窓がなく、太陽がどこにあるかわからないから時間感覚もすっかりなくなってしまった。ジュスティーヌが出かけるだのなんだの言っていたから、昼頃だろうか。
次にあの男が来るのはいつになるだろう。太陽と月の動きすらわからないから、日付や曜日感覚すらすっかりなくなってしまった。
自分がここに閉じ込められてどのくらいになるか。それすらも、マインはわからなかった。
~*~*~*~
バシャリ、と勢いよく水をかけられマインは目を覚ます。混乱の中で目を開ければバケツを持ったメイドと、もう一人箒を持ったメイドがいて。そんな二人の間から、入口の方でこちらを嘲笑いながら見ているジュスティーヌの姿が目に入った。
あの男にはここに来てはいけないと言い付けられているらしいけれど、彼女は時々こうして眠るマインを起こしていた。
「やりなさい」
そんな五文字の冷酷な命令で、メイド達の足や箒がマインに襲いくる。
苦痛で流れる涙は宝石へと変わり、冷たい石の床へと零れ散らばって。その様子にジュスティーヌは笑い声を上げた。
「どうしてこんなことされてるか、マインはわかる?」
「どう、して……」
わからない。何度考えても出せない答えで。
そんなマインを、ジュスティーヌはまた嘲笑う。
「あんたが出来損ないの特異体質者だからよ」
この世にはもっと役に立てる特異体質だってあるのに、欠陥品の宝石しか生み出せない体質を持って生まれたから。
綺麗な宝石を生み出せる力を持ってたら、もっともっと良い待遇を受けられたかもしれないのに。
「全部全部、マインが悪いのよ」
「全部、私が……」
この地下室を訪れる人達は、全員が口を揃えて同じことを言った。
欠陥品の宝石を生み出すしか出来ない役立たず、出来損ない。上等な宝石を生み出せればこんなに苦しまなかったものを、欠陥品の宝石は数がないと大金が手に入らないのだから。だからお前は、泣く以外に誰の役にも立てない。
「そうよ。だからほら、役立たずなんて呼ばれなくなかったらもっと宝石を出しなさいよ」
別に、彼らの役に立ちたいと思っているわけではないはずだ。涙が流れるのも、こうしてジュスティーヌが話している間ににも絶え間なくメイド達から与えられる痛みのせいで。
でも。ジュスティーヌの言葉を聞いていれば、悔しくて涙の量が増える。涙の量が増えれば、それに伴って宝石の数も増えていくわけで。
その様を、ジュスティーヌは嬉しそうに見つめていた。
「そうよ。やれば出来るじゃない」
満足そうに笑って、カンテラの明かりで光る宝石を嬉しそうに眺めて。
「もうやめていいわよ。マインを殺しちゃうと、お父様に怒られるのは私なんだから」
彼女のその言葉と共にメイド達の手も止まる。
床に倒れ伏したマインを心配するものは誰もいない。メイド達は床に散らばった宝石をカンテラの明かりを頼りに拾い集め、袋に入れるとジュスティーヌに差し出した。
「ありがとう。これだけあれば、また新しいドレスが買えるわ」
行きましょうと二人のメイドに声をかけ、マインの方には目もくれずに背を向けて出入口へと歩き出す。
三人が出ていってカンテラの光がなくなったところで、マインはまた真っ暗闇に一人取り残された。
どのくらいこんな生活を続けていたのだろう。時間の流れがわからないマインにはわからない。
後どのくらい、こんな生活を続けなければならないのだろう。ここから出る術が見付けられないマインには、わからない。
例えば左向きのカレイや右向きのヒラメが発見されたり、生まれつき体の色素が少なく体毛や肌の色……全身が白い生物が生まれたり。
人間とて、それは例外ではなかった。
ある者は体中の色素が欠落し、その髪も肌も何もかもが真っ白になって生まれてきた。
またある者は特殊な脳細胞を持って生まれ、類稀なる明晰な頭脳で幼い頃から名門の学園へと通うことが出来た。
何万分の一の確率で生まれるそんな彼らは、とある世界では〝特異体質者〟と呼ばれている。
長い間、暗い地下室で育てられた彼女もその特異者だと両親から聞かされたのは、まだ小さい頃だった。
彼女の場合、その原因は未だに解明されていないらしい。随分昔にその世界にあったとされる魔力が時を経て隔世遺伝したのだとか、母親の腹の中にいた時一度死んだが神の哀れみにより生き返りその時に得られた能力だとか、そんなあることないことを言われているけれど。しかし彼女が〝流す涙が全て宝石になる〟という特異体質を持っているというのは、変えようのない事実ではあった。
それがもっと綺麗な宝石だったら、きっと皆からも喜ばれていただろうに。
「ほら! もっと泣け! 泣くんだ!」
「ッ……ぃ……」
男によって思い切り振るわれた鞭に打たれる度に零れ落ちる涙は宝石へと代わり、冷たい石の床へと散らばっていく。そのどれもが小さく、あるものは欠け、あるものは傷があり、あるものは色がくすんでいて。どれもあまり価値があるものとは思えなかった。
「欠陥品がこれっぽっちじゃ、一ヶ月分の食事だって賄えやしないじゃないか!」
そう怒鳴りつけながら、男は彼女に鞭を振るい続ける。
「さあ泣け! 泣くんだ! 私達家族のために!」
「か、ぞく……」
「ああそうだ! 欠陥品しか生み出せないお前は! こうして泣くことでしか! 役に立てないんだからな!」
嗚呼そうだ。自分は、こうなることでしか役に立つことが出来ない。だから男は、こうして彼女に鞭を振るう。
彼女が涙を流す度に散らばる宝石は、やがて両手にひとすくい分まで溜まって。それでようやく、男は鞭を置いた。
「そうだ、偉いぞマイン。さすが私達の娘だ」
「は、い……おと、う、さま……」
彼女は自分の名前を呼ばれた気がして、反射的に返事をする。しかし彼女の中で、〝マイン〟という単語が自分の名前であるとどこか認識出来ていなかった。それどころか、目の前の男が自分の父であるという認識も出来ていない。
彼女は、この男の実の娘ではないからだ。実の両親には小さい頃に捨てられて、この家に拾われたのだ……と言われ続けていた。彼女には、その時の記憶も小さい頃の記憶もないからわからないけれど。
「お父様? またここにいらっしゃいましたのね」
地下室の扉が開く音がして、鈴を転がしたような声が聞こえた。そこからは、一人の少女が顔を出して。
「ああ、こんなところに来てはダメじゃないかジュスティーヌ」
男はマインからすっかりと興味がなくなり、その体をブラインドにしその姿を隠すように実子であるその少女の前に立つ。その声は、マインへと向けたものよりも甘いものだった。
「大丈夫よ! ねえそれより早く行きましょう? 今日は一緒にお出かけしてくださる約束だったじゃない」
「ああそうだったね。では準備しようか」
まるで、冷たい床に倒れ伏すマインのことなんてすっかりと忘れてしまったかのように、男は彼女の方へは目も向けず実子であるジュスティーヌと共に地下室を出た。
「ふふふっ」
扉が完全に閉まるまでのその隙間で、ジュスティーヌが嘲笑うような顔でマインの方を見ていて。完全に扉が閉まった後で、ガチャリと鍵のかかる音がする。
今までは男が持ってきていたカンテラで部屋が照らされていたけれど、それも持っていかれてしまったから何も見えない暗闇になってしまった。
(終わった……)
すっかりと疲れ果てたマインは、冷たい石の床の上で小さく丸くなり目を閉じる。
一体今はどのくらいの時間なのだろう。窓がなく、太陽がどこにあるかわからないから時間感覚もすっかりなくなってしまった。ジュスティーヌが出かけるだのなんだの言っていたから、昼頃だろうか。
次にあの男が来るのはいつになるだろう。太陽と月の動きすらわからないから、日付や曜日感覚すらすっかりなくなってしまった。
自分がここに閉じ込められてどのくらいになるか。それすらも、マインはわからなかった。
~*~*~*~
バシャリ、と勢いよく水をかけられマインは目を覚ます。混乱の中で目を開ければバケツを持ったメイドと、もう一人箒を持ったメイドがいて。そんな二人の間から、入口の方でこちらを嘲笑いながら見ているジュスティーヌの姿が目に入った。
あの男にはここに来てはいけないと言い付けられているらしいけれど、彼女は時々こうして眠るマインを起こしていた。
「やりなさい」
そんな五文字の冷酷な命令で、メイド達の足や箒がマインに襲いくる。
苦痛で流れる涙は宝石へと変わり、冷たい石の床へと零れ散らばって。その様子にジュスティーヌは笑い声を上げた。
「どうしてこんなことされてるか、マインはわかる?」
「どう、して……」
わからない。何度考えても出せない答えで。
そんなマインを、ジュスティーヌはまた嘲笑う。
「あんたが出来損ないの特異体質者だからよ」
この世にはもっと役に立てる特異体質だってあるのに、欠陥品の宝石しか生み出せない体質を持って生まれたから。
綺麗な宝石を生み出せる力を持ってたら、もっともっと良い待遇を受けられたかもしれないのに。
「全部全部、マインが悪いのよ」
「全部、私が……」
この地下室を訪れる人達は、全員が口を揃えて同じことを言った。
欠陥品の宝石を生み出すしか出来ない役立たず、出来損ない。上等な宝石を生み出せればこんなに苦しまなかったものを、欠陥品の宝石は数がないと大金が手に入らないのだから。だからお前は、泣く以外に誰の役にも立てない。
「そうよ。だからほら、役立たずなんて呼ばれなくなかったらもっと宝石を出しなさいよ」
別に、彼らの役に立ちたいと思っているわけではないはずだ。涙が流れるのも、こうしてジュスティーヌが話している間ににも絶え間なくメイド達から与えられる痛みのせいで。
でも。ジュスティーヌの言葉を聞いていれば、悔しくて涙の量が増える。涙の量が増えれば、それに伴って宝石の数も増えていくわけで。
その様を、ジュスティーヌは嬉しそうに見つめていた。
「そうよ。やれば出来るじゃない」
満足そうに笑って、カンテラの明かりで光る宝石を嬉しそうに眺めて。
「もうやめていいわよ。マインを殺しちゃうと、お父様に怒られるのは私なんだから」
彼女のその言葉と共にメイド達の手も止まる。
床に倒れ伏したマインを心配するものは誰もいない。メイド達は床に散らばった宝石をカンテラの明かりを頼りに拾い集め、袋に入れるとジュスティーヌに差し出した。
「ありがとう。これだけあれば、また新しいドレスが買えるわ」
行きましょうと二人のメイドに声をかけ、マインの方には目もくれずに背を向けて出入口へと歩き出す。
三人が出ていってカンテラの光がなくなったところで、マインはまた真っ暗闇に一人取り残された。
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