【完結】虐げられてきた白百合が、その一途な溺愛に気付くまで

五蕾 明日花

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本編

6.ほんわかしたメイド

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 何をされるのだろう。何が目的なのだろう。
 そう警戒するリリィの不安とは裏腹に、過ぎ行く日々はとても平和だった。

 「お嬢様、御食事をお持ちしましたよ~」

 時計が十二回の鐘を鳴らす頃、ほんわかとしたメイドが食事を乗せたトレイを持ってきた。乗っているのはスープと蒸された鶏の胸肉。味は薄いけれど、あの屋敷で食べさせられたものとは違い〝美味しい〟と素直に感じるもので、しかも温かい。
 それは、いい。しかし問題はそれ以外で。

 「ほら、口を開けろ」
 「そっ……あ……」

 リリィを抱き起こす腕と、スープが満ちたスプーンをリリィの口元へと持ってきている手。それらは二つとも、ジュードのものである。

 あの時出された吸い飲みと、その後日に彼女によって差し出されたスープを怖がってしまったリリィが全ての原因だ。それに、まだスプーンを持てない程に体を動かせないというのもある。

 しかし、いくらなんでもここまでする必要はないのではないか、と思うのだ。いくら彼が自分の主治医とはいえ。

 「今は、あまり食べられそうにないか?」
 「いえ……そういうわけじゃ……」

 そういうわけではない。むしろここに来てから、少しずつ食欲が増してきていた。

 「なら少しでも食べた方がいい。そうでないと、治るものも治らない」

 体力や筋肉の低下、更に言えば視力の低下や荒れた肌、ボサボサになって艶のない髪は栄養失調が原因らしい。心当たりしかないけれど、しかしこんな方法で食べさせなくてもいいじゃないか、恥ずかしい。
 まあリリィ一人の力で食べられるかと言えば、それはまだ不可能に近いけれど。

 「あ……」

 勘弁して、リリィは渋々口を開く。そうすれば、スプーンが口の中へと入ってきた。
 やっぱり、味は薄い。けど、美味しい。
 食べさせるジュードと、なされるがままに食べさせられるリリィ。そんな二人の様子を、食事を運んできたメイドは微笑ましそうに見つめていた。

 専属のメイドだとデイビッドから紹介されたのは、少しずつ起きている時間が長くなってきた二週間程前のことだ。彼女の名前はシンシアというらしい。ほんわかした性格に、ほんわかした体型、ほんわかした雰囲気。やっぱり、あの屋敷にはいないタイプの人間だった。

 「お嬢様の顔色も、少しずつ良くなってきていますね」
 「……そう、ですか?」

 顔色なんて、自分では確かめられないけれど。しかし確かに、食欲が戻ってきたこと以外でも少しずつ調子は良くなってきている気がする。声だって、もう掠れることもなくなっていた。

 それを考えたら、ジュードに食べさせられるのは正解なのかもしれない。恥ずかしくはあるし、早く自分で食べられるようにならないといけないことには変わりないけれど。
 結局は、この時もジュードの手によって完食した。

 「シンシア、包帯の交換と着替えを頼めるか?」
 「勿論です。教えていただいたので、もうバッチリですよ~」

 起きたら包帯が綺麗になって、ネグリジェが変わっている時があったけれど、どうやらリリィが眠っている間に彼女が練習をしていたらしかった。
 それが今は起きている時間の方が長くなってきたから、起きている時にシンシアに着替えを手伝ってもらうようになっていて。

 「ですから、ジュード様もお休みになってください。その後の段取りも、きちんと頭に入ってしますから」
 「……ああ」

 その間と、その後と。ジュードはその時間を使って、ルヴェール邸の客室で仮眠をしているらしかった。彼はとても嫌がっているようだけれど。
 今だってシンシアの言葉に頷いたけれど、とても渋々といった感じで。

 「そんな顔をしてもダメですよ~。旦那様からの御命令なんですから」

 彼女もそれに気付いていたらしい。ほんわかした笑顔で、そう釘を指した。

 「わかっている。何かあったら起こしにきてくれ」

 ジュードは少し心配そうにリリィを見ながらも、やっぱり渋々といった様子で部屋を出ていく。

 「失礼しますね、お嬢様」

 足音が遠ざかったのを確認したシンシアは、手慣れた様子でリリィの服を脱がせていく。ジュードに支えられていなければ、まだ一人で起き上がることさえ難しいのだけれど。しかし彼女は、難なくリリィの服を脱がせる。

 「……ジュード様は、デイビッド様の命令で四六時中私の看病をしてくださるのですか?」

 最初の頃はお互いに無言だったのだけれど、最近はそんな会話を交わすようになっていた。

 「いいえ」

 シンシアはにこやかにリリィの質問に、首を横に振った。

 「でも……私が起きると、いつもいますよ……?」

 今は、客室で休んでいるのは確認出来るけれど。しかしそれでも、リリィが眠りから目を覚ます度にジュードの姿はこの部屋にあった。家に帰っている様子もなければ、王宮の医師だと紹介されたはずなのに職場に行っている様子もない。

 「どうしてでしょうね~。お嬢様にも、いずれわかりますよ」

 基本どんなことにでも親切で優しいシンシアではあるけれど、このことについては明確な答えをくれようとはしなかった。
 ただ、悲しそうに眉を下げて笑うだけで。

 「教えていただけないのは……私に、記憶がないからですか?」 

 リリィは、シンシア含めた彼らのことをよく知らない。しかし彼らは、リリィのことをよく知っているようだった。

 「記憶が戻れば、何かわかりますか?」
 「はい」

 シンシアは、そう断言する。

 「でも焦らないでください。思い出そうとしてくれているだけで、私は嬉しいです」
 「……はい」

 目が覚めてから約一ヶ月。あの屋敷に連れてこられる以前の記憶は、まだ戻っていなかった。彼らは気にしなくていいと言ってくれているけれど、ただ寝たきりの生活に落ち着かなくなってきたのはリリィの方だ。とはいえ、まだ歩くことすら出来ない彼女に何が出来るわけがない。

 (それに私に出来ることなんて、泣くことくらいしか……)

 あの屋敷でも、求められていたのはそれだけだった。

 「だから、早く元気になってくださいね」

 元気になったら、その後はどうすればいいのだろう。それも、記憶が戻ればわかるだろうか。

 「…………ッ」

 ふと、会話が途切れた。自分の体に触れるシンシアの指が震えているのに気が付いてそちらを見れば、彼女は青い顔をして震えている。包帯の下の傷や痣を見ているのだろうというのは、何となく知っていた。包帯を変える時の彼女は、いつもそうだからだ。

 「あの、大丈夫ですか……?」
 「ッ……大丈夫ですよ。ええ、本当に大丈夫です」

 話しかければ、彼女はいつも無理をして笑う。
 最初は付けられた傷や痣を気持ち悪く思っているのかと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。時々その柔らかい指先が傷に触れ、目に涙を溜めていて。

 「痛かったですよね……怖かったですよね……もう、大丈夫ですからね……ここには、お嬢様を傷付ける人達はいません。だから、安心してくださいね」

 そして包帯の交換が終われば毎回、手を握られながらそう言われていた。今日も、例に漏れずそうだった。

 「シンシアさん……」
 「お嬢様、今はそれで構いません。ですがいずれは、さん付けも敬語も取っていただけたら嬉しいですわ。私にそのような気遣いは不要なのですから」

 シンシアは、そう優しく笑う。
 紹介されたばかりの時は彼女にも様を付けて呼んで、慌てて訂正をさせられたけれど。しかしまだ一線を引きたいと思ってしまうのは、やはりあの屋敷でのことがあったからだ。


───あんたが死ぬと、私達にだって迷惑がかかるんだから。


 シンシアもまた、彼らと同じことを思っているのだろうか。到底、そんな風には思えないけれど。そうだとは、思いたくないけれど。

 「……はい」

 リリィは、彼女の柔く温かい手を握り返した。
 そういえばこの屋敷の住人は皆、あの屋敷の住人とは違って温かい手をしている。
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