【完結】虐げられてきた白百合が、その一途な溺愛に気付くまで

五蕾 明日花

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余談1.ほんわか専属メイドから見た、二人の顛末と行く末

7(終).専属メイドから見る、幸せになってほしい白百合

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 ジュスティーヌの処刑の日、そしてアルバートがルヴェール邸へ侵入してきた日から約二週間が経った。
 リリィの体調も落ち着き、シンシアもまだ包帯は取れないけれどだいぶん動けるようにはなってきて。ルヴェール邸の方も落ち着きを取り戻してきたからと、三日後には帰ることになった。

 そんな日の昼下がりのことだ。リリィとシンシアは、王宮へと呼び出されたジュードの帰りを待ちながらテラスでお茶を飲んでいた。
 動けるようになったから自分が用意するとクラーク邸の使用人達に伝えるも、「公爵様の言いつけですので、安静にしていてください」なんて笑顔で断られてしまうものだから、大人しくしている他ない。そんな落ち着かない状況の中、リリィと共にクラーク邸の庭園を眺める。

 「シンシアは、もう大丈夫なの……?」
 「はい! 完全とは言いませんが、動けるようになってきましたので大丈夫ですよ~。それよりも私は、お嬢様の方が心配です」

 アルバートに襲われ、一時は生死の境を彷徨ったのだ。外傷は少ないとはいえやっぱりまた心の方が傷付いてしまっただろうし、クラーク邸に来てからも幾度となく苦しんでいるのを知っている。それに、今は首の長いドレスを着ていて見えなくなっているとはいえ、まだ首にアルバートの手の跡が残っていて。
 心配そうなシンシアに、リリィは眉を下げて笑う。

 「確かにまだ少し辛いけど……でも、ジュードがいてくれるから」

 そういうリリィの表情は、どこか嬉しそうでもあった。

 「ジュード様のこと、思い出したようでよかったです」
 「うん、ありがとう。まだ全部思い出したわけじゃないけど……でももう、大丈夫」

 はにかみながら笑うリリィを、シンシアは微笑ましく見つめる。
 実際、二人が仲睦まじく寄り添っている姿をよく見かけていた。ジュードが仕事で王宮へと出てしまったり、執務室にこもってしまったりしていて一緒にいる時間は少なくなってしまったけれど。しかしその空白を埋めるように、そして八年という時間を取り戻すように、二人でいられる時間はほとんど一緒にいるようで。
 あとはもう、平穏な日常が戻ってくることを祈るだけとなった。

 「……お嬢様、お渡ししたいものがございます」
 「渡したいもの……?」
 「はい。正確に言えば、お返ししたいものなのですが……」

 そう言ってシンシアは、ポケットからあのハンカチを取り出してリリィへと差し出す。
 本当はもう少し落ち着いてから返した方がいいのだろう。しかし彼女がジュードのことを思い出したと知って気持ちがはやり、先日彼と共にルヴェール邸へと向かったライマーに取りに行ってもらったのだ。

 「あ……それ……」

 そのハンカチを見たリリィの目が、大きく見開かれる。

 「覚えていらっしゃいますか?」
 「うん……ちゃんと覚えてるよ」

 リリィは嬉しそうに、そして安心したようにふわりと笑いながらハンカチを受け取った。その手は少し震えているようで。

 「ハンカチのこと自体はね、ずっと前に思い出してたんだ。でもどこに置いてきてしまったかは覚えてなくて……なくしちゃったのかもしれないって思って、心配してたんだけど……」

 懐かしそうに、その指が刺繍をなぞる。その目には、薄く涙が溜まっていた。

 「ジュード様より預かっていたんです。いつかお嬢様が帰ってきた時、私から返してほしいと」
 「ああ、そっか……それは、今になるまで返してもらえないわけだ」

 寂しそうに眉を下げて笑うものだから、申し訳なくなってしまう。

 「返すのが遅くなってしまい申し訳ございません……もう少し早くお返し出来たらよかったのですが……」
 「ううん。今でよかったよ。ジュードのことも思い出せてないと、これが自分にとってどれだけ大切だったかわからなかっただろうから。シンシアもそれがわかってたから、今渡してくれたんだよね?」

 リリィの言葉に、シンシアは頷いた。そうだ。きっと何も思い出さないままで渡してしまえば、あの時の彼女はわけもわからないままに受け取っていただろう。それはきっとジュードも、思い出してからのリリィも望んでいなかっただろうから。

 リリィはそっと、大切そうにハンカチを胸へと抱き寄せて。

 「ジュードから貰って、破かれちゃったのをシンシアに直してもらった……うん、全部覚えてるよ。ずっとずっと、大切にしてたから」

 そんな彼女の様子に、シンシアは嬉しいながらも少し気恥ずかしさを覚えてしまう。

 「そこまで大切にしてくださるなんて、思ってもいませんでした……」

 きっとジュードから新しいものを貰ったら捨てられてしまうのだろうと、そんな応急処置のつもりで……泣いているリリィの涙を止めてあげたくて、やったつもりだったのだけれど。

 「支えられてたから……ジュードにもだけど、シンシアにも」
 「そうであったなら嬉しいです。あの時も、今も……そしてこれからも、お嬢様が安心して幸せな日々を送れるようにお支えする所存でしたので」
 「そ、っか……うん、ありがとう」

 そうやってふわりと笑うリリィのその表情が、本当に好きなのだ。だからそうして彼女がいつまでも笑顔でいられるように、支えてあげられる存在のひとつでありたいと思って。
 ふと、こちらに向かってくる二つの足音が聞こえ二人してその方を見る。

 「今日は、ここだったか」
 「おう、お嬢サマ。シンシアも。ただいま帰りました、ってなァ」

 こちらに歩いてくるジュードと、その数歩後ろを手を振りながら歩いてくるライマーの二人が目に入り、シンシアは慌てて椅子から立った。

 「お、お帰りなさいませジュード様。ライマーも……」
 「お帰りなさい。早かったね……?」

 夕方頃に帰ってくる予定だと伝えられていたはずなのだけれど、今はまだ随分と太陽が高い位置にある。驚くシンシアとリリィに対して、どうしてだかジュードではなくライマーが得意げに胸を張った。

 「うちの主スゴイんですよォ? なんせ愛する婚約者サマの元へ帰るため、山程積まれた書類や、王宮にいる怪我人病人の処置をあっという間───」
 「……ライマー」

 ライマーのそんな告発は、ジュードに睨まれたことによって途切れてしまう。普通の人間ならそれで怯えきってしまうけれど、彼はケラケラと笑うだけだ。

 「おおっとォ……そう睨むなって」

 そう笑うライマーは、ジュードを追い越してシンシアへと駆け寄りその手を引く。

 「ほら、シンシア。部屋に戻んぞ」
 「えっ……でも……」

 申し訳なさとか、名残惜しさとか。そんな意味を持ってリリィの方へ視線を送れば、彼女は眉を下げて頷いた。

 「まだしばらくはお互い、無理しないようにしよう」
 「う~……はい、わかりました……」

 自分の主にそう言われてしまえば、もう何も言えなくなってしまうわけで。大人しく頷けば、ライマーによって手が引かれる。

 「ほら、行くぞ」
 「あ、ちょっと……! も~……!!」

 なんて。そう頬を膨らませながらも、半ば強引に手を引いてるくせにその力加減や歩調が自分に合わせてくれていることは、シンシアでも気が付いていた。

 (本当に、ライマーは何を考えているんだろう)

 飄々としてて、意地悪で、そうかと思えば優しくて。クラーク邸にお世話になっているここ数日でそれが顕著に出てきていて、なんだか変な気分だ。

 「ひゅ~♪ 見ろよシンシア」
 「えっ……」

 ライマーに声をかけられ我に返る。彼が指差す先を見て、シンシアは思わず「あっ」と声を上げてしまった。

 そこには、仲睦まじく寄り添い合うジュードとリリィの姿があった。
 ジュードにハンカチのことを報告しているのだろう。嬉しそうにそれを見せているリリィと、そんな彼女に優しく笑うジュード。そんな二人の周りを取り巻く空気は、他よりも柔らかく暖かいようで。


 「仲良いねェ、あの二人」
 「そうでしょう? 昔からそうだったのよ」

 幸せそうに寄り添うその姿は、見ているこっちまで幸せになれる気がして。
 しかし、思っているよりも二人の関係があの頃より進展しているらしいと知ったのは、その次の瞬間だ。

 ここからではもう、二人が何を話しているかわからない。だからどんな経緯でそうなったのかはわからないけれど。
 ジュードがリリィへと手を伸ばし、その華奢な体を抱き寄せた。どこか嬉しそうに笑っている彼はそのまま、彼女の頬に手を添え、顔を近付けて───

 「おっと、シンシア。こっから先の覗き見は野暮ってヤツだ」

 その時、視界を遮るようにライマーの手が目へと覆い被さってくる。

 「あの二人も、もうガキじゃねェんだ。やること全部見守ってたら、やりづれェだろうよ」
 「……そうね……そう、よね」

 見せてきたのはライマーの方じゃないかとは思いつつ、しかし彼の言うことも一理あるのは確かだ。これから先、邪魔をしてはいけない彼らの時間が増えるだろう。

 「お嬢様も、ジュード様も……これからは、平和に過ごせるかな」

 出来ることなら、このまま。誰にも邪魔されず、幸せな日々を送ってほしい。

 「さァね。でもまあ、そうなるようにすんのが俺らの役目だろ」
 「……うん。そうね」

 出来るだろうか、自分に。まだわかっていないことや不安なことはたくさんあるけれど、でも迷ってばかりはいられない。

 「なあ、シンシア」
 「……? なぁに?」

 ライマーが、唐突に足を止めてシンシアをじっと見つめてくる。その表情がどうしてか真剣なもので。呼び止めたからには何か言いたいことがあるのだろうに、しかし彼は一向に口を開かない中そんな視線を受け続けるだけだから、妙にドキドキしてしまう。

 「あの、ライマー……?」
 「あー…………いや、なんでもねェ。ほら、行くぞ」
 「へっ……!? ちょっと……!」

 何か言いかけたライマーは、しかしもごもごとした後で口を噤んでシンシアから目を逸らした。誤魔化すように手を引いたものだから、その顔が赤いことに彼女は気が付かない。

 (なんなのよ~……!)

 しかしシンシアも。彼女自身まだ気付いていないけれど、心の奥の方になにかそわりとしたものが生まれ始めているのもまた確かだった。
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