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(どうして、ここに悪魔が……なんで、エーデルワイスと……?)
確かに、あの毒を仕込んだのは彼だ。でもそれはコーネリアと示し合わせたものであって、彼女は何も関係がないはずなのに。
「イントリーグ様……! この使用人がコーネリア様に毒を飲ませた犯人であるなら、どうして私が……!!」
「黙れと言っている!」
「ひっ……」
喚き散らすものの、イントリーグに怒鳴りつけられて怯む小さな悲鳴が聞こえる。その会話の様と言ったら、まるで初めの頃のコーネリアと立場が逆転してしまったようで。
「この使用人の部屋に、このような手紙が残されていました」
「『手筈通りに。見習いのシェフからバラのモクテルを受け取って』…………なるほどな」
「これを元に厨房のシェフ達を尋問しました。その結果、1人の見習いがエーデルワイス様からバラのモクテルを作るように頼まれたと」
「う、嘘よ……! 私、そんなことしてません! それにその手紙だって、私が書いたものじゃありません!」
瞼の向こうで繰り広げられている会話の内容をコーネリアが咀嚼しきるまで、かなりの時間を要した。
だってそうじゃないか。ここまでの出来事が、まるでエーデルワイスが仕組んだことのように言われているのだから。しかも、悪魔もそれに関与しているというふうな流れになっているのだから尚更。
(悪魔は、彼女とも契約していたの……?)
それにしては、彼女や悪魔にとって不利な状況になっているような気がするけれど。
「証明が必要か? 少なくとも、この手紙がお前のものであることは説明出来るぞ」
「えっ……?」
進んでいく会話に、やっぱりコーネリアは置いてけぼりだ。
「以前、お前にガラスペンとインクをねだられたことがあったな。あのインク、あれは少々変わったものなんだ。気付かなかったか?」
「か、変わったもの……?」
「ああ。特殊な光を放つアーティファクトにかざすと光るんだ。こういうふうに、な」
「あ…………」
どこかショックを受けたようなエーデルワイスの声が聞こえた。目を開けられないからわからないけれど、その手紙とやらに書かれた文字はイントリーグの言う通り光っているのだろう。
「で、でもそんなインク、他の人も持って……」
「わざわざ遠い国の商人から取り寄せたものだ。この国でそのインクを持っているのは、お前くらいなものだ」
「っ…………」
これは、言い逃れが出来ない状況なのだろうか。エーデルワイスはしばらく押し黙り、やがて口を開いた。
「こ、この男にお願いされました。バラのモクテルを作るよう、シェフに頼んでほしいと……まさか、コーネリア様に危害を与えるなんて……!」
自分は被害者、巻き込まれただけ、関係ない。そんなことを、涙声で訴えている。
「イントリーグ様ぁ……本当なんです、信じてください……」
いつもであれば、それは有効だっただろう。しかし今は、そうではないらしい。
「ハッ……」
イントリーグは、鼻で笑い飛ばした。
「通用すると思ったか?」
「イントリーグ、様……?」
「そのブローチ……誘惑のアーティファクトだったか? 他の連中はどうかしらないが、私には効かんぞ」
(誘惑の、アーティファクト……?)
聞き慣れない言葉に、何とか状況を理解しようとしていたコーネリアの思考がまた止まる。
「対象を魅了状態にする効果を持っている……そうだろ?」
「な、にを……言って……」
「滑稽だったぞ、魅了が効いているものと思い込んで私に媚び、こちらが欲しい情報をべらべらと喋るその様は」
呆然とするエーデルワイスと、嘲笑うイントリーグ。そんな2人の会話に、流石のコーネリアも彼らが愛し合う関係等ではないとわかって。
(一体、どうして……魅了って、一体……)
そうしてコーネリアの中に生まれたのは、嬉しさよりも更なる困惑だった。どうしてそんなことになっているのかわからない。今までそんなことはなかったのだから、尚更。
「なんで……なんでよ!? なんで効いてないのよ!? 上手くいくって言ったじゃない!!」
また、エーデルワイスの喚く声が聞こえ始めた。付けていた仮面が、完全に剥がれたらしい。
「私はイントリーグ様を! あんたはコーネリアを! そういう手筈だったじゃない! なのにどうしてこんなことになってるのよ!」
そうしてぶちまけたのは、今回の件に関する悪魔との共犯関係だった。
「大人しくしていろ!」
バタバタと騒がしい音に次いでそんな近衛兵の声が聞こえ、すぐに静かになる。案外エーデルワイスは、お転婆な性格だったらしい。
「主犯がどちら等、私にとってはどうでもいいことだ。解毒薬はどこにある?」
対して、イントリーグはひどく冷静だった。まるで、初めから。
「わ、私は知りません……! あれは、この男が……」
ごにょごにょと弁明し始めたのは、不利な立場だと知ったからなのだろう。その言葉を聞いている限りでは、嘘は感じられない。
「お前も、何か言ったらどうだ?」
先程から、あの悪魔は黙ったまま。イントリーグは、苛立たしげに舌打ちをした。
次いでドゴンと大きな音がして。どうやらイントリーグは、苛立ちを抑え切れずに悪魔を蹴ったらしい。
「この状況で言い逃れが出来るとでも思っているのか? 何故、私の婚約者に手を出した? 解毒剤はどこにある?」
冷たい氷のようにも、激しく燃え上がる炎のようにも感じるその殺気が聞こえてくる声からだけでも伝わってくる。
そんな彼の言葉を受けて言葉を失ってしまうのは、エーデルワイスでも周りの人間でもなくコーネリア自身だ。何もかもが、当初の予定と違う。何もかもが、予想していたものと違う。何もかもが、今までの展開と違う。そんな状況の中で、困惑しないわけがないじゃないか。
(何……? どういうことなの……?)
理解が追い付かない。追い付くことを許してくれない。
置いてけぼりの中、更にコーネリアを困惑させる事態が起こる。
「っ……なんだよ、今更……」
その発言元は誰でもない。自分の契約相手であるはずの悪魔、だ。
「今までこの女に構い倒して! コーネリア様に寂しい思いをさせていたのは、アンタだろ!! それを今更、何を婚約者面してんだよ!?」
本当にこの男はあの悪魔なのだろうか、なんて自分の判断を疑ってしまう。本当に別人の可能性もあるけれど、しかし長い間聞いてきたその声を聞き間違えるわけがないじゃないか。
「そんなアンタに! コーネリア様を渡してたまるか!!」
全く、あの悪魔が何を考えているか本当にわからない。そもそも、だ。
(ここから連れ出してくれるんじゃなかったの?)
そういう手筈だったじゃないか。何故、そうイントリーグを焚き付けるようなことをしているのだろう。
そんなことをするから、ほら。
───ダンッ
「ぐぁ……」
再び大きな物がどこかに激突する音と共に、悪魔の呻き声が聞こえてきた。
「私がコレに現を抜かしていると? なんともまあ、ははっ……有り得ないことだ」
イントリーグのそんな嘲笑う声は、以前の人生までコーネリアに向けられていたものと同じもので。
「が、は……あ゛……」
合間合間であの悪魔の呻き声が聞こえてくるから、イントリーグによって首を絞められているか、それに近いことはされているのだろう。
「知っているか? コレを拾った男爵家当主には脱税や国庫の横領、挙句の果てに人身売買の容疑がかけられていた」
(そんな、まさか……)
今まで幾度も同じ人生を繰り返してきたけれど、それは初めて聞いたことだった。同じようなことが今までの人生でもあったのかもしれないけれど、少なくともコーネリアがそれを耳にしたのは初めてのことで。
そしてそれは、養女のエーデルワイスも同じらしい。
「そ、んな、お父様が……きっと何かの間違いです……!!」
驚き震える彼女の声が聞こえた。
「残念だが、証拠は既にあがっている。男爵家の人間は、今まで上手く隠し続けていたようだが……拾ってきた無知な平民の餓鬼に、足元を掬われたな」
「え……?」
「お前には感謝しているよ。ひとつふたつ何かをくれてやるだけで、欲しい情報を全て話してくれたのだからな。お陰で、こちらに紛れ込んだネズミやその他の共謀者ごと一網打尽に出来そうだ」
財務省の人間が、贈り物と称した花瓶の中に国庫から盗んだ金を忍び込ませていたり。本来国に収めるべき税を少なく見積もり、その分の金を使用済みのワイン樽の中へ隠して廃れた牧場まで運んで隠していたり。客人として屋敷を訪れた貴族の、その馬車の荷台に、彼らに売り付けた身寄りのない人間を詰め込んでいたり。
全て、エーデルワイスの話が証拠になったらしい。
コーネリアはふと、イントリーグが彼女と話していた時のことを、また今まで聞いた彼らの仲について噂されていたことを思い出す。
(全て、そのために……?)
イントリーグはエーデルワイスに近付いていたのだろうか。
そうであれば、今までの人生も? とは思ったけれど、しかし思い返してみれば今回の人生と今までの人生とでは、どこか違うようで。
(それならば、何故……)
ふと、イントリーグが先程言っていた言葉を思い出した。
───そのブローチ……誘惑のアーティファクトだったか? 他の連中はどうかしらないが、私には効かんぞ
───滑稽だったぞ、魅了が効いているものと思い込んで私に媚び、こちらが欲しい情報をべらべらと喋るその様は
(誘惑のアーティスト……)
今までも、それが使われていたのだとしたら。
しかしまあもう今となっては、真相はわからない。
それに。もしそうだとして、何故今のイントリーグに効果がなかったのかわからない。
ただ今わかっているのは、今の彼がエーデルワイスに怒りの感情を向けているということだけだ。
「無知な元平民のままでいれば、多少の温情をかけてやろうと思っていたが……まさか、私の婚約者を手にかけようとするとはな」
そんな低く冷たい声は、鋭く刺すような殺気は、激しく燃え上がるような怒りは、今まで全てコーネリアに向けられていたというのに。
「どうする? どうせもうお前達は長く生きられんのだ。手脚の1、2本失ったとしても支障はないだろう?」
「ぁ……待って、待ってください、イントリーグ様ッ……!!」
泣き喚くエーデルワイスの、そのイントリーグを呼ぶ声に、もう今までのような甘ったるさはなくなっていた。
「解毒剤は、知りません……! でも、でも、この男が言っていたのです……!! コーネリア様は、死んでしまうわけではないと……!」
縋る彼女は命惜しさに、捲し立てるように話し始める。
「体を重ね、その体内に精を注ぎ込めば、毒は中和されて目を覚ますと……!!」
「……は?」
(……はぁ?)
イントリーグの低い声が、コーネリアの心の声と重なった。周りのメイドや従者達の驚きざわめく声が聞こえる。
(そんな、まさか……嘘よね……?)
そんなの、信じられるわけがない。だって、あの悪魔だって言っていたじゃないか。
───んで、城を出た後でアンタに解毒薬を飲ませりゃ……その後のアンタは自由の身ってわけだ
解毒薬だって、どこかにあるはずなのだ。それなのに、悪魔は何も言おうとしない。
(もしかして、あれは嘘だったの?)
あるいは、嘘ではなく。解毒薬は存在しているけれど、あえて何も言わないのかもしれない。そんなことをする意図はわからないけれど。
「この男が言ったんです! コーネリア様が死んだと皆に思わせれば、イントリーグ様との婚約は白紙になると……! もし生きていることがバレてしまっても、純潔でなければ再び婚約を結ぶことが出来なくなって……そうなれば、私が、イントリーグ様と婚約出来ると……!!」
エーデルワイスが喚き散らす言葉に、嘘の影は感じ取ることが出来ない。そもそも、こんな状況で嘘を吐くなんて肝が据わっている性格とも思えない。嘘を吐くメリットも、ないだろうに。
「…………その言葉、嘘ではないな?」
イントリーグも半信半疑といったところだろうか。きっと彼も、同じようなことを考えているのかもしれない。
「嘘じゃありません……! 本当に本当なんです……!!」
泣き叫ぶその声に、やっぱり嘘は感じられなくて。
「………………ふん」
しばらく何かを考えていたようなイントリーグは、やがて動き出す。
「そいつらを地下牢にぶち込んでおけ。殺すなよ。もしネルが命を落とすことになれば……そいつらの首をはねる」
「はっ!」
イントリーグの命令の後で、複数人の足音が部屋から出ていくのが聞こえてきた。
「イントリーグ様ッ! 命だけは、どうか……! イントリーグ様ぁっ!!」
それと共に、そんなエーデルワイスの叫び声も遠くなっていって。
「お前達も部屋から出ていけ。何かあればベルを鳴らす」
「承知いたしました」
「あ……し、承知いたしました……」
次いでメイド達も部屋を出ていく音がする。
扉が閉まる音がして、部屋に残るのはイントリーグの気配のみ。そんな彼の足音が、コーネリアの横たわるベッドのすぐ傍まで近付いてきた。
確かに、あの毒を仕込んだのは彼だ。でもそれはコーネリアと示し合わせたものであって、彼女は何も関係がないはずなのに。
「イントリーグ様……! この使用人がコーネリア様に毒を飲ませた犯人であるなら、どうして私が……!!」
「黙れと言っている!」
「ひっ……」
喚き散らすものの、イントリーグに怒鳴りつけられて怯む小さな悲鳴が聞こえる。その会話の様と言ったら、まるで初めの頃のコーネリアと立場が逆転してしまったようで。
「この使用人の部屋に、このような手紙が残されていました」
「『手筈通りに。見習いのシェフからバラのモクテルを受け取って』…………なるほどな」
「これを元に厨房のシェフ達を尋問しました。その結果、1人の見習いがエーデルワイス様からバラのモクテルを作るように頼まれたと」
「う、嘘よ……! 私、そんなことしてません! それにその手紙だって、私が書いたものじゃありません!」
瞼の向こうで繰り広げられている会話の内容をコーネリアが咀嚼しきるまで、かなりの時間を要した。
だってそうじゃないか。ここまでの出来事が、まるでエーデルワイスが仕組んだことのように言われているのだから。しかも、悪魔もそれに関与しているというふうな流れになっているのだから尚更。
(悪魔は、彼女とも契約していたの……?)
それにしては、彼女や悪魔にとって不利な状況になっているような気がするけれど。
「証明が必要か? 少なくとも、この手紙がお前のものであることは説明出来るぞ」
「えっ……?」
進んでいく会話に、やっぱりコーネリアは置いてけぼりだ。
「以前、お前にガラスペンとインクをねだられたことがあったな。あのインク、あれは少々変わったものなんだ。気付かなかったか?」
「か、変わったもの……?」
「ああ。特殊な光を放つアーティファクトにかざすと光るんだ。こういうふうに、な」
「あ…………」
どこかショックを受けたようなエーデルワイスの声が聞こえた。目を開けられないからわからないけれど、その手紙とやらに書かれた文字はイントリーグの言う通り光っているのだろう。
「で、でもそんなインク、他の人も持って……」
「わざわざ遠い国の商人から取り寄せたものだ。この国でそのインクを持っているのは、お前くらいなものだ」
「っ…………」
これは、言い逃れが出来ない状況なのだろうか。エーデルワイスはしばらく押し黙り、やがて口を開いた。
「こ、この男にお願いされました。バラのモクテルを作るよう、シェフに頼んでほしいと……まさか、コーネリア様に危害を与えるなんて……!」
自分は被害者、巻き込まれただけ、関係ない。そんなことを、涙声で訴えている。
「イントリーグ様ぁ……本当なんです、信じてください……」
いつもであれば、それは有効だっただろう。しかし今は、そうではないらしい。
「ハッ……」
イントリーグは、鼻で笑い飛ばした。
「通用すると思ったか?」
「イントリーグ、様……?」
「そのブローチ……誘惑のアーティファクトだったか? 他の連中はどうかしらないが、私には効かんぞ」
(誘惑の、アーティファクト……?)
聞き慣れない言葉に、何とか状況を理解しようとしていたコーネリアの思考がまた止まる。
「対象を魅了状態にする効果を持っている……そうだろ?」
「な、にを……言って……」
「滑稽だったぞ、魅了が効いているものと思い込んで私に媚び、こちらが欲しい情報をべらべらと喋るその様は」
呆然とするエーデルワイスと、嘲笑うイントリーグ。そんな2人の会話に、流石のコーネリアも彼らが愛し合う関係等ではないとわかって。
(一体、どうして……魅了って、一体……)
そうしてコーネリアの中に生まれたのは、嬉しさよりも更なる困惑だった。どうしてそんなことになっているのかわからない。今までそんなことはなかったのだから、尚更。
「なんで……なんでよ!? なんで効いてないのよ!? 上手くいくって言ったじゃない!!」
また、エーデルワイスの喚く声が聞こえ始めた。付けていた仮面が、完全に剥がれたらしい。
「私はイントリーグ様を! あんたはコーネリアを! そういう手筈だったじゃない! なのにどうしてこんなことになってるのよ!」
そうしてぶちまけたのは、今回の件に関する悪魔との共犯関係だった。
「大人しくしていろ!」
バタバタと騒がしい音に次いでそんな近衛兵の声が聞こえ、すぐに静かになる。案外エーデルワイスは、お転婆な性格だったらしい。
「主犯がどちら等、私にとってはどうでもいいことだ。解毒薬はどこにある?」
対して、イントリーグはひどく冷静だった。まるで、初めから。
「わ、私は知りません……! あれは、この男が……」
ごにょごにょと弁明し始めたのは、不利な立場だと知ったからなのだろう。その言葉を聞いている限りでは、嘘は感じられない。
「お前も、何か言ったらどうだ?」
先程から、あの悪魔は黙ったまま。イントリーグは、苛立たしげに舌打ちをした。
次いでドゴンと大きな音がして。どうやらイントリーグは、苛立ちを抑え切れずに悪魔を蹴ったらしい。
「この状況で言い逃れが出来るとでも思っているのか? 何故、私の婚約者に手を出した? 解毒剤はどこにある?」
冷たい氷のようにも、激しく燃え上がる炎のようにも感じるその殺気が聞こえてくる声からだけでも伝わってくる。
そんな彼の言葉を受けて言葉を失ってしまうのは、エーデルワイスでも周りの人間でもなくコーネリア自身だ。何もかもが、当初の予定と違う。何もかもが、予想していたものと違う。何もかもが、今までの展開と違う。そんな状況の中で、困惑しないわけがないじゃないか。
(何……? どういうことなの……?)
理解が追い付かない。追い付くことを許してくれない。
置いてけぼりの中、更にコーネリアを困惑させる事態が起こる。
「っ……なんだよ、今更……」
その発言元は誰でもない。自分の契約相手であるはずの悪魔、だ。
「今までこの女に構い倒して! コーネリア様に寂しい思いをさせていたのは、アンタだろ!! それを今更、何を婚約者面してんだよ!?」
本当にこの男はあの悪魔なのだろうか、なんて自分の判断を疑ってしまう。本当に別人の可能性もあるけれど、しかし長い間聞いてきたその声を聞き間違えるわけがないじゃないか。
「そんなアンタに! コーネリア様を渡してたまるか!!」
全く、あの悪魔が何を考えているか本当にわからない。そもそも、だ。
(ここから連れ出してくれるんじゃなかったの?)
そういう手筈だったじゃないか。何故、そうイントリーグを焚き付けるようなことをしているのだろう。
そんなことをするから、ほら。
───ダンッ
「ぐぁ……」
再び大きな物がどこかに激突する音と共に、悪魔の呻き声が聞こえてきた。
「私がコレに現を抜かしていると? なんともまあ、ははっ……有り得ないことだ」
イントリーグのそんな嘲笑う声は、以前の人生までコーネリアに向けられていたものと同じもので。
「が、は……あ゛……」
合間合間であの悪魔の呻き声が聞こえてくるから、イントリーグによって首を絞められているか、それに近いことはされているのだろう。
「知っているか? コレを拾った男爵家当主には脱税や国庫の横領、挙句の果てに人身売買の容疑がかけられていた」
(そんな、まさか……)
今まで幾度も同じ人生を繰り返してきたけれど、それは初めて聞いたことだった。同じようなことが今までの人生でもあったのかもしれないけれど、少なくともコーネリアがそれを耳にしたのは初めてのことで。
そしてそれは、養女のエーデルワイスも同じらしい。
「そ、んな、お父様が……きっと何かの間違いです……!!」
驚き震える彼女の声が聞こえた。
「残念だが、証拠は既にあがっている。男爵家の人間は、今まで上手く隠し続けていたようだが……拾ってきた無知な平民の餓鬼に、足元を掬われたな」
「え……?」
「お前には感謝しているよ。ひとつふたつ何かをくれてやるだけで、欲しい情報を全て話してくれたのだからな。お陰で、こちらに紛れ込んだネズミやその他の共謀者ごと一網打尽に出来そうだ」
財務省の人間が、贈り物と称した花瓶の中に国庫から盗んだ金を忍び込ませていたり。本来国に収めるべき税を少なく見積もり、その分の金を使用済みのワイン樽の中へ隠して廃れた牧場まで運んで隠していたり。客人として屋敷を訪れた貴族の、その馬車の荷台に、彼らに売り付けた身寄りのない人間を詰め込んでいたり。
全て、エーデルワイスの話が証拠になったらしい。
コーネリアはふと、イントリーグが彼女と話していた時のことを、また今まで聞いた彼らの仲について噂されていたことを思い出す。
(全て、そのために……?)
イントリーグはエーデルワイスに近付いていたのだろうか。
そうであれば、今までの人生も? とは思ったけれど、しかし思い返してみれば今回の人生と今までの人生とでは、どこか違うようで。
(それならば、何故……)
ふと、イントリーグが先程言っていた言葉を思い出した。
───そのブローチ……誘惑のアーティファクトだったか? 他の連中はどうかしらないが、私には効かんぞ
───滑稽だったぞ、魅了が効いているものと思い込んで私に媚び、こちらが欲しい情報をべらべらと喋るその様は
(誘惑のアーティスト……)
今までも、それが使われていたのだとしたら。
しかしまあもう今となっては、真相はわからない。
それに。もしそうだとして、何故今のイントリーグに効果がなかったのかわからない。
ただ今わかっているのは、今の彼がエーデルワイスに怒りの感情を向けているということだけだ。
「無知な元平民のままでいれば、多少の温情をかけてやろうと思っていたが……まさか、私の婚約者を手にかけようとするとはな」
そんな低く冷たい声は、鋭く刺すような殺気は、激しく燃え上がるような怒りは、今まで全てコーネリアに向けられていたというのに。
「どうする? どうせもうお前達は長く生きられんのだ。手脚の1、2本失ったとしても支障はないだろう?」
「ぁ……待って、待ってください、イントリーグ様ッ……!!」
泣き喚くエーデルワイスの、そのイントリーグを呼ぶ声に、もう今までのような甘ったるさはなくなっていた。
「解毒剤は、知りません……! でも、でも、この男が言っていたのです……!! コーネリア様は、死んでしまうわけではないと……!」
縋る彼女は命惜しさに、捲し立てるように話し始める。
「体を重ね、その体内に精を注ぎ込めば、毒は中和されて目を覚ますと……!!」
「……は?」
(……はぁ?)
イントリーグの低い声が、コーネリアの心の声と重なった。周りのメイドや従者達の驚きざわめく声が聞こえる。
(そんな、まさか……嘘よね……?)
そんなの、信じられるわけがない。だって、あの悪魔だって言っていたじゃないか。
───んで、城を出た後でアンタに解毒薬を飲ませりゃ……その後のアンタは自由の身ってわけだ
解毒薬だって、どこかにあるはずなのだ。それなのに、悪魔は何も言おうとしない。
(もしかして、あれは嘘だったの?)
あるいは、嘘ではなく。解毒薬は存在しているけれど、あえて何も言わないのかもしれない。そんなことをする意図はわからないけれど。
「この男が言ったんです! コーネリア様が死んだと皆に思わせれば、イントリーグ様との婚約は白紙になると……! もし生きていることがバレてしまっても、純潔でなければ再び婚約を結ぶことが出来なくなって……そうなれば、私が、イントリーグ様と婚約出来ると……!!」
エーデルワイスが喚き散らす言葉に、嘘の影は感じ取ることが出来ない。そもそも、こんな状況で嘘を吐くなんて肝が据わっている性格とも思えない。嘘を吐くメリットも、ないだろうに。
「…………その言葉、嘘ではないな?」
イントリーグも半信半疑といったところだろうか。きっと彼も、同じようなことを考えているのかもしれない。
「嘘じゃありません……! 本当に本当なんです……!!」
泣き叫ぶその声に、やっぱり嘘は感じられなくて。
「………………ふん」
しばらく何かを考えていたようなイントリーグは、やがて動き出す。
「そいつらを地下牢にぶち込んでおけ。殺すなよ。もしネルが命を落とすことになれば……そいつらの首をはねる」
「はっ!」
イントリーグの命令の後で、複数人の足音が部屋から出ていくのが聞こえてきた。
「イントリーグ様ッ! 命だけは、どうか……! イントリーグ様ぁっ!!」
それと共に、そんなエーデルワイスの叫び声も遠くなっていって。
「お前達も部屋から出ていけ。何かあればベルを鳴らす」
「承知いたしました」
「あ……し、承知いたしました……」
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