さみしがりやの末っ子アイドルは、仕事ばかりの30才バツイチに愛されたい <dulcisシリーズ>

はなたろう

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#2〈アイドルお宅訪問〉

3.身体の記憶をリプレイス

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食事のあとは、のんびりコーヒータイム。

さっきはレトルト食品で不満に感じたかもしれないけれど、こっちは大丈夫。近所にある専門店で豆を挽いてもらってます。

ニコチンとアルコールと並ぶ大事な要素。カフェインだもの。


「わぁ、いい香りだね」

「ふふん、そうでしょう」


パスタの汚名返上。つい自慢げになってしまう。


「本当にブラックでいいの?」

「うん、なんで?」


砂糖とミルクをたっぷり入れた甘いコーヒーしか飲めなそう、なんて言ったら怒るだろうか。

よく考えたら、飲んでいたお酒も辛口だったから、味覚はお子様ではないらしい。見た目によらずといったところか。


「このお揃いのマグカップは、旦那さんの?」

「その旦那さんっていうの、やめてよ。もう離婚して赤の他人だし」

「じゃあ、田中さん」


それもなんだか変だな。少し前までは自分も田中さんだったわけだ。


「結婚祝いにもらったけど、祐介はコーヒーはあまり飲まなかったから、そのマグカップは使ってないよ」

「へえ。祐介さんね」


面白くないと言いたげな表情。

「まぁ、いいや。この前の映画の評判が良くてね、続編が検討されてるみたい」

「映画の続編?」

「ドラマ化だって。地上波じゃなくて、ネット配信だけど」

「すごいじゃない。主演ドラマは初めてだよね」


dulcis<ドゥルキス>では、コウキが俳優として目立って活躍しているが、他のメンバーもちょこちょとドラマや映画に出演している。

歌って踊って、演技して、テレビにも出て、大変だなぁと感心する。


「さっき、マネージャーさんに断ったよ」

「え、なんで?」


断るとかあるの?仕事なのに?

私の仕事と同列には考えられないのだろうけど、こっちは断るという発想が無いの。


「杏ちゃん、映画見てくれたの?」

「男子高校生の役だったね。制服姿、似合ってたよ」


ケイタは童顔だし、ブレザー姿を見ても違和感はなかった。


「ボクが他の女の子とキスしてても、何とも思わないの?」

「そう、言われましても」


いわゆる学園ラブコメで、映画終盤ではキスシーンはあったけれど。


「ドラマになったら、エッチなシーンもあるかもしれないよ」

「えっと、私は何とお答えすればいいでしょう」

「妬かないの?」


夫が他の女と自宅でセックスしているのを見ても、取り乱さなかったような女ですけど?なんて、心の中で自虐してみる。


「目の前にいる圭太と、画面越しのケイタと同一人物とは思えないからなぁ」

「杏ちゃん、念のため聞いておくけど。杏ちゃんはボクの彼女だよね」


ブッ、コーヒーでむせてしまった。


「そ、そうなの、かな」

「セフレとでも思ってたの?」

「いや、そうじゃないけど」


なんとなく抱かれてしまい、なんとなく何度か繰り返してしまった。相性がいいのか、ケイタが上手なのかは定かじゃないけれど、流されてしまう自分が情けない。


ケイタがまっすぐな愛情を向けていることは理解している。だからこそ、ちゃんと受け止められるか、不安になることがある。


「私、今年で31歳だし」

「知ってるよ、11月3日の文化の日だよね。今から連休でオフ希望出してるから、会えなかった分も含めてお祝いしようよ」


そんなこと考えてくれてたのか。


「バツイチだし」

「そうなるように、仕向けたのはボクだよ。反省はしてるけど、後悔は1ミリもない」


言い切られると、むしろ清々しいか。


「ケイタは芸能人で、私は一般人だし」

「なら、辞めてもいいよ」

「うそでしょ?あんなに人気なのに」


その言葉はあまりに現実離れしている。私への底なしの執着に驚いてしまう。


「杏ちゃんより大切なものはないよ」


マグカップをテーブルに置くと、ケイタは私を抱き寄せた。


「何年待ったと思ってるの?たった3年やったアイドルという仕事は手放せても、杏ちゃんはもう手放せないよ」


彼のふわふわの金髪から、甘いシャンプーの香りがした。私に染み付いたタバコの匂いを、少しずつ塗り替えていくようだった。


「ボクのお嫁さんになるのは、杏ちゃんだけだからね」

「また、それ」

「女性が離婚したあと、すぐ再婚できるようになったんだよ。ボクは今すぐにでも役所に行きたいけど、無理強いはしない。でも、諦めるつもりもない」


このまま波に乗れば、国民的スター街道まっしぐらなのに。そこまで言わせるのは女冥利に尽きるというものか。


「それに、杏ちゃんだって、きっともう、ボクがいないとダメなはずだよ」


耳元で囁かれる。そして、そのまま耳たぶを甘く噛られた。

ゾクっと、背筋が悦ぶように震える。


「離れられない身体にしてあげるよ」
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